何が不幸で

何が不幸じゃないかなんて

他人が決めれるものではない……





「葉」

夜空を見上げている葉のところへ、アンナが来ていた。葉はそれに気付き、夜空からアンナへと視線を移した。
アンナは葉の隣に座る。

「アンナも星を見に来たんか?」
「さあね。葉が居るから…なんて言ったらどうなるのかしら?」

空を仰いだまま、しれっと口走ったアンナの言葉に、葉は目を丸くし、そのあと照れ笑いをした。

「…ねぇ葉、
“人は見かけに寄らない”って、誰が作ったのかしらね」

ポツリと呟いた言葉。
葉はアンナに柔らかく微笑み、問う。

「どうしたんよ?いきなり」

アンナは星を仰いだまま返した。

「人の過去は、話さない限り知ることはできないわ。
…ハオみたいな能力がなければね」

霊視。
過去というのは表現が正しくないが、人の“心”を視てしまう能力。

葉は無言で先を促す。

「知ることのできない過去…
それを呪って生きるものたちもいれば、それを隠して生きるものたちも居る

でも、やっぱり見えないわ」

心にかけられた、複雑な感情。それは、月の裏側を見ることができないように。

「でも
葉、あなたはハオをしっかり見据えている…」

自分の過去も
自分の本当の意図も
全て闇に包んだままの彼を。

「見かけはやさしそうで本当は恐ろしい
…その表の後ろを見据えてる」

彼の歩んできた道を。

葉は目を閉じ、応えた。

「一目で人を断定できる奴なんて居ねぇ。話をして、喧嘩しあって、笑いあって…やっとわかるものだかんな」

自分の感情と相手の感情をぶつけ合って
やっとわかるもの

「オイラはハオのこと、少ししか知らねえ。
人を殺したのも、あいつの一面に過ぎねえ…」

何を思って殺したのか。
何故殺したのか。

「みんなはそれをハオの全てとして、レッテルを貼ってる」

だからわからないんだ

ラキストみたいな、神父がハオ側についた理由を。

「噂を簡単に信じて、それが人を傷つける行為と変わらねえ…」

いじめも同じ原理だった。

「ハオが押し込めてる感情がわからないことには、解決しないと思うんよ」

うえっへっへ、と笑う葉。


押し込めている感情…

彼が付けている笑顔という仮面
その仮面の下の彼は
どんな表情なのか……

「…それが、最後の希望までも…無くしてしまっても?」

仮面の下の彼は

もう心が砕けているかもしれない

狂った笑みをしていたなら

もう、残るのは絶望だけ。

「…マタムネが言ってた。“ハオ様はお優しい”って」

優しさは悲しみを包み込み

また、闇に飲まれる。

どんなに力を持っていても

いや

力があればある程

「だったら、どんなに心が歪んでしまっても…
心は本当の意味での死を求める」

止まらないなら

消してしまって

「それはあんたの望むこと?」
「オイラが望むのは心の安寧だかんな。ハオが救われるなら…」

…殺さねばならない。

「ま、そうならんことを願うがな」

そう言いつつ、葉は立ち上がる。

「悪いほうへ考えると悪くしかならねえだろ?」

そう、笑いながら微笑む葉。

「なんとかなるって」

その言葉は決然としていた。



「…そうね」

葉が去ったあとの一人の空間で、アンナは呟いた。

「アタシ達はハオの過去を知らない…」

知っていても、彼の気持ちはわからない。

「諦めるのはまだ早いわね」

自分に降り注ぐ不幸に、感情を押し込めていたあの頃のアタシに

手をさしのべてくれた彼もまた
傷だらけだった。

アタシの心の闇を見出してくれた葉なら

「なんとかなる…そうよね?」

信じてるわよ

葉…




誰にでも暗い過去はあるもの

アタシにも

あんたにも

あんたの嫌いな人にも。

決めつけることはできない

心の表現は

ひとつではないのだから……





製作 2005.10.19
移動 2006.07.22
再録 2011.01.23