「……んー……本当にいない……」

グランホエール内をキョロキョロと見回しながらトキオは呟く。すれ違う仲間たちの挨拶をそこそこに足を止めたのはノーマルルーム前だった。

「ここじゃなかったら外か、もしくは入れ違い? ……そうだったらトキ★ランディに聞くしかないよなぁ」

ため息を吐きつつひとりごちって扉を開けた。そこで「あっ」と嬉しそうな声をあげる。すぐに誰かいるのに気がつけたのは、大きな朱い帽子が見えたからだ。

「カイト!」
「ん……あぁ、トキオ」

ソファーに座ったまま顔だけ振り向かせ答えた朱色の双剣士に駆け寄ると「うげっ」と先ほどとは全く真逆のように思える声がもれた。背もたれで見えなかったが誰かがカイトの膝を使って寝そべっていたのだ。

「うげってなにさ、失礼だな」
「……クビアこんなとこいたのかよ」

そこにいたのはイレギュラーな鎌闘士・クビア。ぶすっと唇を尖らせるトキオを一別するとあくびひとつ返して「僕がどこにいようと僕の勝手だろ、オマケ」と答える。

「呼び出してもこないし、勝手すぎるだろ!」
「きゃんきゃん吠えないでよ。こう見えて忙しいんだからあっちいってくれる?」
「っ、ど、どう見たってカイトに膝枕してもらってるようにしか見えねぇよ! なにが忙しいんだっての!!」
「うるさいなぁ……今、虫の居所悪いんだ。オマケの相手してらんないんだよ」

オマケはオマケらしくすっこんでてくれる?、といつもなら笑顔で吐くような毒舌を今日は無表情のまま。確かに目に見えて不機嫌なのは誰でも伺えた。そんな彼と同じように『いつもだったら』弱気に引き下がるトキオだったが、プッツンと何かが頭に中で切れたようで腹から響く大声を部屋に轟かせた。

「オレのことオマケ言うなってのォォー!!」

もういい! 知らねぇ!! とそのまま怒りをぶつけるようにドアをこじ開けて、出て行ってしまった。

「……」

クビアはそんな彼を見向きもしない。そんなやりとりをただ見守っていたカイトは、この場の静寂を数秒味わうとようやく口を開いた。

「クビア」
「んー?」
「いい加減、イジメるのやめれば?」
「……」
「トキオ、きみをたぶん探してたんだよ」
「知ってる」
「グランホエール内探し回って、あれはヒドいと思うな」

今までトキオはクビアを探してこの広い黄昏の騎士団の拠点を歩き回っていたのだ。それにすぐさま気づいたカイトはやんわり注意する。クビアは無表情のままだった。

「オマケがいると、僕が崩れるんだ」
「え?」
「自分のペースが乱れる。僕が僕じゃないみたいだ。気持ち悪い」

寝返りを打ち、顔を見られないようにか身体ごと横向きにしてぼそりと囁く。
カイトは次の言葉を慎重に選んでいるのかゆっくりと間を取った。

「……それは悪い感情かな」
「そんなもの<感情>なんて知りたくない」

「知りたくないなんて無理だ」カイトはぴしゃりと言い切った。そこでようやく、視線を落としてクビアをしっかりと見つめる。

「もう知ってるんだろ。じゃなきゃ、そんな表情できないよ」

横顔からでも伺えるその顔を指摘する。今にも泣き出しそうに眉をひそめ、切なげな瞳は涙こそ浮かんでいないが苦痛の陰が垣間見える色を宿していた。
胸の内を悟られ居心地悪いのか起きあがると背もたれに寄りかかって足を持ち上げてそのまま抱えるように座る。ソファーで体育座りは些か行儀悪いがカイトはなにも言わない。

「……そんなの認めて、どうすんのさ」

ただオマケも僕もツラいだけだ、そう小さくこぼし顔を伏せたクビアは幼子のようにか細い雰囲気を醸し出していた。彼の言いたいことがわからない訳じゃないのか、カイトは視線をあげて困ったように遠くを見据える。

「……玩具菓子ってわかる?」

それは唐突な質問だったが「……情報としては」とかろうじてクビアは答えた。

「お菓子のオマケにおもちゃがついてるアレね。……オマケはおもちゃなのに、お菓子を目当てで買う人ってなかなかいないんだよね」

顔をあげて剣呑な眼差しで「なにが言いたいの?」とでも訴えるように、説明をするカイトを睨みつけた。答えは彼のなかでも明白であった。

「オマケ、オマケって言ってもそれが一番、重要なんだよね」

カイトは追い打ちをかけるように通るその声でハッキリと、認めさせるように強い視線を向ける。

「……」
「そんな言い方しても好きなんだよね、オマケが」
「カイト。いくら君でも怒るよ」

遮るように、イラつきを抑えきれないように、そしてやはりどこか悲しそうに、吐き捨てる。カイトは「ごめん」と素直に謝った。しかしその目は真摯な熱を持っていて、言っていることについての取り下げをする気はない、と物語っていることが見て取れた。クビアはそれを見て、飽きれたように苦い顔。

「……今日のカイトは少し意地悪だ」
「今日のクビアは弱ってるからね。ぼくたちは反存在だから、そうなってるんだよ」

なんてね、とおどけてみせる彼を見てようやく少しだけ呆れを含んだ笑みをクビアはこぼした。


おもちゃ>菓子
(この気持ちを認めて、味わったらきっと、もう)(戻れない)





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感想

続『白の挑戦状』
 (時呉にバトンタッチ)