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「カイン!」
「…どうした?」


自分なりに精一杯の怒気を孕ませた声に目の前を歩いていた竜騎士の肩がびくりと揺れた。すぐに平静を取り戻して振り返った彼を力一杯睨みつける。いつだったかバッツにお前に睨まれても怖くないと馬鹿にされたことがあったけれど、カインにとってはそうではなかったらしい。いつもは憎たらしいくらいに冷静な彼がほんの少しだけ狼狽えた。…といっても、それも長くは続かなかったけれど。


わたしが怒っている理由に心当たりがあるのかはわからないが、何故怒ってるんだ?と問いかけてきた声はわずかに震えていた。当たり前だ。これで心当たりがなかったらこいつはただの大馬鹿野郎だ。…いや、自覚があったとしても大馬鹿野郎であることに変わりはないけど。


「右腕、」
「…右腕がどうしたんだ?」
「右腕出して」
「なぜ「いいから出しなさいバカ!」…っ、」


「……怪我、してるんでしょ?」


眉根を寄せてカインを見上げると(彼はわたしのこの表情に弱い)、カインはしばらくためらう様子を見せた後諦めたように溜め息を吐いた。大人しく鎧を脱ぎ始めたカインをよそに、コスモスに貸してもらった救急箱から薬と包帯を取り出す。兜をなかなか外そうとしないカインになんとなく腹が立って、没収!と一言告げてから奪い取ってやった。普段は兜の中に押し込められているカインの綺麗な金糸がはらりと風に舞う。最初は兜を取り戻そうと手を伸ばしていたカインも、抵抗したところでわたしが諦めるはずがないと悟ったのか大人しくその手を下ろした。


「利き腕じゃないからバレないと思った?
それとも、右腕を怪我してたって槍は握れるからまだ闘えるとでも?」
「………すまん」
「すまんで済むわけないでしょ!」


瞳を伏せたカインに再び腹が立って、傷口に消毒液をぶっかける。傷口に染みたらしく、カインが微かに眉をひそめた。…ああもう、気に喰わない。せめて文句の一つや二つ言ってくれればいいのに。なんてことを思うのは自分勝手なことなんだろうか。彼が一人で背負い込もうとしている痛みをほんの少しでいいから分かち合いたいと、共有したいと思うことは悪いことなんだろうか。


「痛いなら、痛いって言ってよ!どうして何もかも一人で背負い込もうとするの?!」
「すまん、でも俺は…」
「っ、巻き込みたくないなんて言わないで!」
「…っ!」
「カインと一緒に居れるなら、わたしは別に怪我したっていい。どんなに辛い目に遭ったって構わない。でも、わたしが知らないところでカインが傷付くのだけは、絶対にいや!」


いつの間にか馬鹿みたいに頬を伝っていた涙を、カインの大きな左の手のひらが拭う。逞しい腕でわたしを抱き寄せたカインがわたしの耳元で掠れた声で何度も何度もわたしの名前を呼ぶ。その度にしゃくりあげながら返事を返すわたしをあやすようにカインが瞼に優しくキスを落としてくれて、涙が枯れるまでカインはずっとわたしの頭を撫でてくれていた。


俺たちはこの戦いに負ける、だから次の戦いに勝つためにもみんなを安全な場所に保護しなければならない。裏切り者の汚名を背負ってもそれをやり遂げる、とカインは言った。そのために一人で戦い続けると。そこまでの強い決意を覆すことはわたしには出来ない。カインの親友のセシルにだってきっと無理だ。そんなのわかってる。それならばせめてわたしも彼と最期を共にしたい。そう願ったのに、カインは困ったように笑うだけだった。お前を危険な目に遭わせたくないんだ、と哀しそうな顔で言われてしまってはそれ以上懇願出来ない。カインの居ない次の戦いでカオスに勝利するよりも、カインと一緒に戦ってイミテーションに倒されて消滅した方がわたしにとってはとてもしあわせなことなのに。この男はこんな簡単なことすらわかってくれないらしい。一人で生きられないわたしよりもずっと強いくせに何かを失うことには酷く臆病で。そんな彼の弱さが好きなのに、彼は他人の前ではいつも強く在ろうと要らない見栄を張るのだ。だから、わたしは彼の気持ちを汲んでいつも彼はわたしよりほんの少し強い人間であると信じているように振る舞うのだ。だから今は、そんな彼へ精一杯の皮肉と愛情を。


「ねえカイン、約束しよう」
「約束?」
「次の戦いでは、絶対一緒に戦おう。そして、一緒にカオスを倒そう。」
「…俺、は、」
「約束してくれないと、わたし絶対カインから離れない。着いてくるなって言われたってどこまででも着いてってやるんだから」
「………………わかった、」



すこしだけ強いあなたに
(叶わない約束を押し付けた)






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