小説 | ナノ


遠い矮星しか灯りのない夜。まるく瞬くいくつかの光。私の言った陳腐な言葉。それにひどくたのしく、嬉しそうに笑った、なによりきれいでうつくしい彼女。彼女とは誰か。顔の半分 笑っている口元だけが認識できて、それだけで、泣きたくなってしまう。



そんな夢をみる。



朝。秩序がある地には朝と夜がきちんとあるようで、私は夢によって現れた汗をふき、鏡の前で服装を整え、腕につけられたリボンよりひとつ手前の肌に口をおとす。それは私が義務的に、朝に行うもので、特に、最後にやる行動は無意識だ。ただそれをやる度に、目はぶくぶくと泣いたように、寝ぼけた頭は懐かしむように、体はぎいぎいと悲鳴をあげるようになにかを感じる。毎朝毎晩。起きたときと寝る前に、どう思うかわかっているのに これをやるのはどうしてか。しかししなかったら、私はその一日中変な気持ちを持つだろうし、そうなったらイミテーションにも負けるかもしれない。ジェクトさんのように逞しくも、ライトニングさんのように勇ましくもない私は、いつも気を張って、一戦一戦力を込めて、ほとんどを逃げるなどをしないと、この戦いで生き残れない。そんな戦士。どうして召還されたのか、したのかなんて考えちゃいけない。「大丈夫」そう言ってくれる言葉に、反発しちゃいけない。私はただ怠惰を貪るように生きて、生き延びて、元の世界に帰る。それが目標であり、目的。けれどカオスを倒そうとなんて思えないし、倒せない。力量の差だ。他人任せ。それが私。
「そんなんじゃあ戦士失格だよねえ?」
ピエロの言葉が、ふっと横を通る。ぐいっと顔を近づけて、まるで食いつぶすかのように私に言ってきた、あのカオス。突然現れて、逃げた私を粘着質に追いかけて、そう言ってきた。わけがわからない。そんなの、今更知ったの?なんて、言ってやりたい。どうして召還されたのか。どうして呼ばれたのか。どうして戦士なんかになっているのか。私は知らない。ただ、次の戦いがあったら、私はもういないんだろう。そう思う。願ってるみたいに、思う。戦士失格。だから、それがどうしたの。仕方ないじゃない。弱いんだから。強くなんてなりたくないんだから。



「変な夢?」



ライトニングさんは怪訝そうに眉を寄せて、すこしだけ首を傾げた。言い訳のような、聞き流していい言葉を拾われてしまって、私はすこしバツが悪い。けれど、フリオニールやジタンならともかく、ライトニングさん相手に言い逃れはできないとわかっているので、私は頷いて、あの夢を説明する。

「女の子が、いるんです。私と一緒に、暗い夜の崖に座ってるんです。その人が作ったまるい、魔力のたまが目の前に浮かんでいて、花火みたいに、きれいなんです。私がただきれいだって言うと、その人は嬉しそうに笑って、私はそれがすごく 嬉しくて、泣きそうになるんです」

唸るように腕を組んで、ライトニングさんは思案する。目をどこか、私の胸辺りにむけて考えている。私は怒られて萎んだ子供のようにすこしうつむいて、それでもライトニングさんを見て、その口が動くのを止めることも出来ず、ただ怖がるように 怯えるように、見る。

「それが、あいつと距離を置く理由か?」

核心をつかれて、私はうっと詰まる。喉に言いたいことがつまって、それは所詮言い訳で、すべて飲み込んで 頷く。どろりと溶ける感覚も、なにもしない。ただ熱いなにかが目尻に溜まって、こぼれそうになる。こわかった。優しいこわさだった。母のような、姉のような、そんなこわさ。あいつとは、彼女のことで、きっと夢のなかに出てくるのも彼女だ。茶色い髪に大きなリボンをつけている彼女。やさしい人。怒るととても怖いという噂。それでも優しいんだと、わかる。すこし目を離すと、彼女が見える。ティファと話している。笑っている。彼女の笑顔を見ると、私は変になる。ぽろりと涙がこぼれそうになる。

「無理に交流を持てとは言わない、けど、お前とあいつは同じテントなんだ」
「はい」
「自分がなにかしたのかと、あいつが気にしていた」
「彼女はなにもしてません」
「ああ、夢のせいだろう、それはどうしようもない。夢だからな。けど、執拗に避けようとするな」
「…」
「すこし、話してみるのもいいかもしれないぞ」
「…はい」
「…そんな顔をするな。怒ってるわけじゃないんだ」

苦笑をして、私のほっぺたを両手でむにっと包む。ぐにりとかさばるような軍手に、その行動に吃驚して、私は目をまるくする。ライトニングさんはひとつ笑みを残して、頭をぽんぽんと撫でて、行ってしまった。

(気をつかわれた)

そんなのは 当たり前だ。彼女をぼうっと見ているときに声を掛けてくれたのだから、けれど、そんなに私は 様子が変だっただろうか。そう考えて、それも当たり前だと思った。ピエロに言われたことが堪えているのかもしれない。よくぼうっとしていると言われるし、あんな 変な夢はみるし。変な夢。そう心で呟いて、ぶるりと身震いが体を襲う。おもむろに足を動かして、岩陰で止まって、蹲る。変な夢。なにもひとつだけとは限らないけれど、あのきれいな夢だけがよかった。


「なに してるの?」



びくっと体を飛び上がらせて、わあ と声が出そうになった口を両手で塞ぐ。いまは夜で、ライトニングさんもテントにはいっている。彼女だって寝ているはずなのに、どうしていま ひょこりと顔を覗かせてかわいらしく首をかしげているのだろう。ふたつの手を背中に組んでいて、かわいらしい。「エ、アリ ス」と拙く名前を口にしてみれば、彼女はちらっと見せるように小さく 笑った。

「やっと名前、呼んでくれた」
「な、名前?」
「うん、呼ばれたこと無かったなって」

私が、あなたを? なんて、聞かなくてもわかる。いま、ここには私と、彼女しかいない。問えば、彼女は怪訝な顔ひとつせず うん というだろう。普通に避けられていた と言わないところが優しいのか、どちらにしよ、私は気まずい。「ごめんなさい」避けていたのは、夢のせいなの。ただそれだけなの。そう言えればよかったけれど、下手な口はなにも声に出してくれない。「なにが?」なんて彼女が言ったけど、なにもいえない。立てた膝に顎をうずめて、気まずさに耐える。

「隣、いい?」

このまま帰るのだと、そう思っていた。話すような素振りがないのだから、けれど、彼女はこちらをみていて、それはとてもきれいな目で、私は驚いて、肩の力がひゅうるひゅうるとぬていくのを感じながら、頷いた。

「星がきれい だね」
「うん」
「元の世界で 星、見たことあった?」
「…わからない、エアリス は?」
「私も…わからない」

でも、無かったと思う。最後に付け足して、彼女は空を見上げる。私も同じように首を曲げて、ぱちぱちと輝くきれいな星を見た。ぽちぽちと光る星が散らばる。きれいだ。だけど、地上を照らすには役不足なもの。彼女は見たことがないと言った。それはおそらく、私もだ。懐かしさとか、そういうのを全く感じない。あるのは初めて知ったようなそれだけ。

「ね、私、ちょっとすごいことできるよ」
「すごいこと?」
「うん、ちょっとだけ、ね」

彼女はにこっと笑ってロッドを手にした。それは夢のなかに出てくるような光景だった。「私、ちょっとすごいこと できるよ」そう言って、彼女はロッドを手にするのだ。その様子はどこかうきうきとしたもので、私はそれを若干ひやひやと見ている。まさしく、それだった。彼女は目をつむって、ロッドの先に光があつまり始めた。ぽうっと煌めくそれは、やがて彼女の意志であるかのようにロッドから離れ、宙に浮かぶ。私たちの目の前で漂う。それが何個も何個もでき、きらきらと輝く。小さいもの、大きいもの、数個のそれが光り、私を照らす。きれいだ。きれいだった。夢と、おなじ。

「きれい」

と、私はつぶやく。夢をみてて思った通り、陳腐な言葉だった。それでも、彼女をみてみると、笑っていた。嬉しそうに笑って、声を出していた。私はとたんに、ぶくぶくと目があふれてきて、たまらない。たまらなくなって、すこしうつむき加減にそれをみていた。きれいなまるをみるなかで、正夢ではないと、悟った。そんな気はしなかった。あるのはただ、もう一度繰り返した、という気持ち。もう一度、彼女とこうできた、と、そんな気持ち。そんな感情。変なもの。それでも彼女は笑ってるから、よかったと、これでよかったと思う。

「エア リス」
「なあに?」
「ひとりでいちゃ、だめだよ」
「え?」
「ひとりでいないで、誰かと一緒にいて」
「どうして?」

どうしてか、わからなかった。ただ口が勝手に動いた。あの、もうひとつの 変な夢のせいか。わからない。ただ、一緒にいてほしいと、笑ってほしいと、たまらなく思った。けれど、どうしてかわからないのに、どういえばいいか解るはずもなく、私は茶化すように 言った。

「エアリス かわいいから、だれかに浚われちゃうと、いけないから」
「それなら、あなたもだよ」
「わたし?」
「あなたも、かわいいから」

ぽかんとしている私を余所に 彼女は笑って、かわいらしく笑い声をあげていた。かわいいのは、エアリスだよ。そう言いたかったけれど、彼女が笑ってくれたのが嬉しくて、私もつられたように、笑った。





き み の 夢 を 見 る 。





きみが死んでしまう夢。きみが長い長い剣に貫かれて、まぶたを閉じる夢。私はそれをただ呆然として、きみの名前をただただ叫んで、なにもできない。金髪のだれかがきみを抱きしめて、それでもかわいいきみは目を覚まさない。強くなっても、弱くても、それはかわらない。もう守れない。なら、弱くていい。強くあって 助けられないより、弱くあって助けられないほうがいい。弱くあって、身を挺してきみを守りたい。それだけのために生きたい。ああ、でも、そう思うには遅すぎた。





き み が も う い な い





彼女は笑って、私も笑って、けれどもどうしてか かなしくて仕方なかった。



(110325)

小さな力で守りたかった








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