小説 | ナノ
再びわたしの前に姿を現したあなたは、以前とは明らかに異なっていた。いつも何か考えてるようだった。全然、笑わなくなった。

わたしは黙っていた。

変わってしまったあなたが、怖かったから。







「待って」


わたしを横たえ去ろうとするあなた。わたしは半身起き上がり、目の前を離れていく彼の手首を掴んだ。すぐに彼は足を止めて振り返り、わたしを見下ろす。

驚いているようだった。表情が窺えなくたって、そのくらいはわかる。だって、ずっと一緒にいたんだもの。

「お前……どうして、」
「やるならちゃんとやってくれなきゃ。途中で目、覚めちゃったよ」

いつも通りを装うわたしの声が、この場所では酷く浮いたものに聞こえた。周りの仲間たちは、みんな死んだように眠っている。動いているのは、わたしとカインだけ。

……いつも通りなんて、どこにもない。


「……ねえ」

次に自分が発した声色は、このうえなく真面目なものだった。震えそうになる身体を、彼の手首をぎゅっと掴むことで必死に抑える。

わたしは、向き合わなければならない。変わってしまった彼と。

「全部、話して」

意を決して、わたしは彼に説明を求めた。それは、今まで心の奥底に追いやってきた現実と、向き合うということ。きっと、途方もない残酷な現実、なんだろう。それでもわたしは、受け入れようと……今更ではあるが、彼と共に歩んでもいいと、覚悟を決めた。


けれども彼は、優しすぎた。


「……すまない」


彼は、哀しそうに笑った。

その瞬間、わたしは悟った。今まで追いやってきた現実が、仮定ではなく本物であるということを。わたしを連れていくつもりなんて、ないことを。彼が、消滅を覚悟している、ということを。

わたしは、彼の手首にしがみついた。この手が、このぬくもりが、彼が、カインが、消えてしまう。一人で、行ってしまう。

嫌だ。

いやだいやだいやだ!


「行かない、で」


堰を切ったように、感情の波がわたしを呑み込んだ。ぼろぼろと、涙が次から次へと流れてくる。気づけばわたしは立ち上がって、彼の胸元で支離滅裂な言葉を叫んでいた。


「一人で消えるつもりなんでしょ!?そんなの、そんなの絶対許さない!カインだけに全部押しつけるなんて、そんなのしたくない!わたしも戦う……あなたと、一緒に最期まで戦う!教えてよ!あなたの知ってること、ちゃんと知りたい!ねえ、おねが―――


い、という言葉は、彼の口づけによって遮られた。わたしを抱き寄せる腕は強引なのに、触れる唇は、とても優しくて。

……ばか。そんなふうにされたら、もう何も言えないじゃない。

急速に引いてゆく感情の波。それでも、涙はいつまでも止まらないまま。様々な言葉が、わたしの中で浮かんでは消える。それを拾い上げることは、無に等しい。彼にはもう、わたしの声は届かないのだから。

わたしはただ何も考えず、彼の腕の中で泣いた。そうして彼を惜しむことが、わたしが今できる唯一のことだった。


彼はただ、黙ってわたしの頭を撫でた。彼は、わたしに甘すぎた。


「……わたしに、できることは?」


やっとの思いで絞り出した言葉は、やっぱり掠れて震えて心底頼りないものだった。わたしは、彼の胸に顔を埋めたまま。彼の顔を見たら、きっとまた、泣いてしまう。


「みんなを……世界を、救ってくれ。それと、             」


ストン。後頭部に、衝撃が走る。わたしの意識は、ぷっつりとそこで途切れた。そしてそのまま、長い間目覚めることはなかった―――










彼女だけは、巻き込む訳にはいかなかった。彼女だけは、共に戦う訳にはいかなかった。彼女だけは―――


「お前だけは、死なないでくれ」


それまで共に道を歩んできたことも、最期に告げた言葉も、温もりも、口づけも、何もかも彼女は忘れてしまうのだろう。そう、それでいい。思い出が彼女を苦しめるくらいなら。事実を知って、無茶をするくらいなら。


いっそ、跡形もなく消えてしまおう。



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