小説 | ナノ




 何故、大した力も持たない彼女が此処にいる。僕の知りうる神は皆、無意味なお遊びが相当に好きらしい。
 死んだように眠る姿に芽生えた苛立ちのような感情。踏めばその痛みで目を覚ますだろうか。片足を軽く持ち上げた所で、ぱちりと瞼が開き、視線が絡み合った。

「うわぁ……。」

 第一声は露出過多な服装に対して。ローアングルなら尚更。

「おはよう。やはり君は僕にとって不愉快極まりない存在のようだ。」

 辛辣な言葉を浴びせられても、お構い無しといった様子で上体だけを起こし、きょろきょろと辺りを見回す。きっと何も情報が入っていないすっからかんの頭で状況を把握しようとしているのだ。記憶を持たないはずなのに、反応はまるで同じ。どこまでも滑稽で単細胞な女だ。

「何も思い出せない!」

「君、よく馬鹿にされなかったかい?」

「……確かに、そんな気も、」

 それよりも貴方誰、って君をよく馬鹿にしていた張本人だよと心の中で呟く。この調子では、すぐにでもイミテーションに抹消されそうだ。仕方がないので憐れみの目を向けたまま、この世界の仕組みについて猿でも解るくらい丁寧に教えてやった。後は面倒見のよいジタンにでも任せておけば問題ないだろう。

「ご親切にどうも、黒パンツさん。」

「どう致しまして、今の説明で君の頭脳が理解してくれたのなら光栄だよ。」

 敢えて彼女の気に障る様に仰々しく芝居がかった身振り手振りで応えてやる。表情から感情なんてものは幾らでも読み取れた。今は、本当に嫌味な変態だ。水に映った自分の姿を眺め続けて餓死しろと思っているに違いない。

「私に恨みでもあるわけ。」

「まさか!記憶を持たない君が、突然何を言い出すのやら。」

「何となくです……!そういえば自己紹介が、」

「必要ないさ。僕は既に君の名前を知っているからね。」

「……悪いけど、貴方の名前は?」

 免罪符を得たいが為の同情なんてまっぴら御免だ。名前の機嫌を損なわせるだけの申し訳なさそうな顔は、十八番の見下した顔で嗤ってやる。

「記憶が戻ってから、出直してきなよ。」

 なにひとつとして飲み込めてはいない癖に、彼女はあの日と変わらない笑顔で頷いてみせたけれど、カオスの奴等を陥れるつもりが逆に追い詰められ消えようとしている今、交わした約束は意味を成さなくなってしまった。奴達が蘇った反逆者をそのままにしておくはずがない。

(やれやれ、詰めが甘かったか……。)

 忘れてしまいたい記憶なんてものは数えきれない程にある。きっとそれだけ残して利用して、相手を本気で叩き潰しにかかれるよう仕向けるのだ。本当、あの道化師いい趣味してるよね。なんにせよだ。これじゃあ君が僕を思い出しても、今度は僕がなけなしの幸福を君を忘れてしまうわけで、せめて君の名だけは留めて置きたいと願ってしまっただなんて認めやしないし、そんなの僕じゃない。


次の約束
20110330



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