小説 | ナノ
「ケガ、してない?」
後ろから少女が駆けてくる。白い髪が靡く。
「ああ」
「そう、よかった」
顔立ちは良く似ているのに、笑顔はセシルのそれとは違う様だ。幼い頃とも異なって映る。
「父様は大丈夫かな」
名前はセシルを父と呼んだ。セシルも俺も心当たりがなかった。記憶がないせいだとしても、これ程の大きな子を持つ年齢でもない。ただ、その外見からは否定する理由は見当たらなかった。
「心配ならセシルに付いていけば良かっただろう」
「…カインが冷たい」
子どもらしく、頬を膨らます。大人びた態度を取るかと思えばこれだ。
「私のカインはもっと優しかったのに。甘やかしすぎて父様に怒られるくらいだったのに」
「悪いが記憶にない」
低い位置にある頭が精一杯俺を向く。
「暗いし、後ろ向きだし、めそめそして!」
「笑っていられる状況か」
「どうして?」
「周りを見てみろ」
名前は素直に首を回した。差し当たり影はない。
「怖がりなのね」
「…そうだ」
「肯定しないの!王の騎士が臆病者なんて許さないわ!」
「敵が多すぎる」
「だから?」
真実理解出来ないでいる瞳が、純粋に疑問を浮かべている。俺はこれが苦手だった。彼女の事は邪険に扱えない。
「向かってくるのは、全部倒しちゃえばいいのよ。違う?」
「簡単に言うな。良く考えろ」
「なにを?敵がいっぱいいて、なに?カインは負けたいの?こんなところで、終わりたいの?」
「…そうではない」
名前が眉を下げる。泣くのではないかと怖くなる。語調が意識的に緩やかに
なり、自嘲する。
「負けちゃうって思ってるのね」
小さく首を振る。白と髪飾りが揺れた。
「あのね、わたしが生まれたんだから、カインも父様も元の世界に帰れるんだわ。わたしたちは勝てるの。わかる?」
「暴論だ」
「そんなことない。絶対よ。でも、いいわ」
意志の強い瞳だ。これには見覚えがある。
「あなたが怖いなら、わたしが守ってあげる」
屈んで、と髪を引っ張られた。痛くはない。素直に膝を着くと、彼女を見上げる形になった。小さく温かい手が俺の頬を包む。
「必ずよ」
呟いて、額に口付けを落とした。至近距離で見た彼女は覇気と恐怖が混ざっていた。見抜けなかった。もっと早く気付くべきだった。
「だからね、わたしのことも守って」
首に腕を回してきた彼女は、震えてこそいなかった。それでも感情は隠しきれるものではない。
「ほら、こういうとき、なんて言うの?」
「…御意」
触れている体が揺れて、彼女が笑ったと知る。どんな手段を使っても元の世界に帰ろう。この笑顔を守り、もう一度出会う為に。