小説 | ナノ
何を言ってもふざけたような切り返しを怖いと思ったのはいつのことだっただろうか。
ラグナはわたしがどんなに理不尽なことを言っても笑っていた。「痛いとこつくなあ」それでおしまい。あの人はその先を言わない。本当はその胸の内に、表だけとは別の感情を隠し持っている気がしてならなかった。少し遠くで笑い声がして顔をあげると、ヴァンとラグナがじゃれるように笑いあっていた。というよりは一方的にラグナがヴァンに絡んでいるようにも見えたけど。彼はわたしに比べれば随分年上だというのに、行動や仕種は相応ではない。そう見せているだけだったなら、それこそ恐ろしいと身震いした。

「どうかしたのか?」
さっきまで離れたところにいたと思っていたラグナの顔がわたしを覗きこんでいて、びっくりして思わず後ずさる。
「いや、べつに…」
なんでも。正面から目を合わせるのは慣れなくて足元に視線を落とすと、ラグナは笑って前を行くライトたちを指差した。
「ぼおーっとしてっと、ライトニングさんに置いていかれるぞ〜?」


それは雪だった。
風に攫われてごうごうと流れるそれはわたしを通すまいと視界を妨げようとしているのかもしれない。そんなことを考えながらわたしは前を行く青い背中だけを捉えていた。ラグナはぶれることすらなく真っ直ぐ進む。いつも先陣切って進むライト達の後ろでおまけみたいにひっついているわたしとは違う。その背に散らばる黒髪は雪交じりの風にひらひら靡いていた。
「あ、やべえ」
「わ」
突然ラグナが立ち止まった。碌に前を見ていなかったせいでラグナの背中に顔をぶつけた。「わりい」わたしを振り返るとラグナは頭をカシカシと掻いて、きりっとした眉を落としながらそれでも笑う。
「はぐれちった」
「え?」
「ライトニング達、見失った」
言われて辺りを見回すと、なるほどそこらには誰もいなかった。吹雪く風のせいで白いフィルターがかかった視界は狭く、こうしてわたしたちは共にいたはずの仲間と逸れてしまったのだ。鬱陶しく顔にはり付くつめたい結晶が痛くてわたしを嘲笑っているみたいだった。
「ははっ。こりゃあやっちまったなー」
「っていう割には、深刻そうな顔してないですね」
「お。中々スルドイな」
ここを抜ければ幾分ましにはなるだろう。段々風が強くなったような気がする。少し歩くだけで吹き付ける雪が体を叩いて痛かった。視界も頗る悪い。こんなところ早く抜け出してしまいたい。風除け代わりのラグナの後ろでわたしはひたすら足を動かしていた。
「ね」
「んん?どーしたぁ?」
「ここさっきも通ったような気が」
さっきから同じ道をぐるぐるしている…気がする。ラグナはきょろきょろ辺りを窺ってから「あ」と口を開けた。
「いやぁー視界が悪くてさ!まいったなあ」
そんなに複雑な道なりじゃないのに。頼りきりだったわたしが文句を言うこともできないのでそれには何も返さなかったけど。所謂遭難まがいなことになっている状況で、ラグナはわたしに向き直るといつものように笑う。わたしはじいっとラグナを見つめた。まいったな、とは言うけれど参っているようには見えなかった。ほら、また。
「ラグナって…何考えてるかわかんないよ」
口走った言葉は吹雪の音が掻き消してくれればいいと思ったけれど、それはかなわなかった。ラグナの翡翠の眼はわたしを見下ろしている。こんな時ばっかり聞いているなんて狡い。
「俺が?」
ラグナが自分の顔を指差したのでこくんと頷く。「何考えてるの?笑って、誤魔化してない?」わたしがそう言うとラグナはバツが悪そうに口元だけ笑みを浮かべた。
「お前はそう言うけどなぁ、そうやってただ俺を見てるだけじゃあ、俺のことなんか判んないだろうさ」
「だって…」
「正面から俺のこと見て何が判った?」
「ラグナはわかんないってこと」
ありゃ。ラグナは肩透かしをくらったようにしたかと思うと、わたしの額にデコピンしてきた。
「あだっ」
「まだまだ甘いなぁお嬢さん」
寒さに麻痺した額がじいんと揺れる。うわ、痛い。地味に痛い。きっといまわたし、涙目なんだろうな。
「向き合っちまったら、俺もお前もお互いしか見えない。それじゃいつまでたっても立ち止まったまま、だろ?」
「……」
俯いて黙っていると、ラグナはわたしの両肩に手を置いてぐるんと身体の向きを変えてしまった。
途端にラグナで埋めつくされていた視界が開ける。まだ吹雪いている思っていたそれはもう激しさを無くしていて、ひらひらと舞っていた。わたしはいつだってみんなの後ろに引っ付いていた。みんなはそれぞれに前を見ていても、わたしは誰かの背中しか見なかった。そうやって何とか自分を護っていたけど、だからこそ読めないラグナは恐かった。ラグナは笑うけど、わたしは背中しか見えないから。みんなの笑い声だけ、聞いていたから。


ひらひら。きらきら。
一面は白銀で、舞い落ちるそれは宝石みたいだと思った。痛いと感じた氷まじりの結晶は変わらず冷たかったけど、
「キレイだな〜」
「うん。ほんとに………」
この世界は決して心休まる場所ではないけれど。広がる景色は、美しい。彼の見る景色は、眩しい。
背中にラグナの体温があった。とくとく、心音が背中に伝わっていた。
「俺の世界にもこんなとこあったな。さっむくてさぁ〜。思わず仲間にくっついたもんだ」
「今みたいに?」
「その通り」
振り返るとラグナは笑っていた。翡翠の目が三日月の形に細められる。
「あったかいだろ。なんたって心があったかいからなぁ」
ラグナはいつもみたいに笑ったけど、わたしはそんなに恐いと思わなかった。ラグナがどうして笑っているか、いま彼と同じ景色を見ているわたしにはわかるから。わたしの頭をくしゃくしゃに掻き乱すラグナの隣に並んだ。
氷解する。
少し遠いところにライトたちの姿が見えた。やっと追い付いたみたい。それからティファにはちょっとだけ叱られた。ちゃんと前見て歩きなさい。着いていく人は選びなさい。言われてラグナが首を竦めていた。「またお得意の方向音痴かよ?」その隣でヴァンがけらけら笑っていた。…方向音痴。あ、道理で。
「な?少しは俺のこと、わかったろ?」




110417



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