小説 | ナノ
私は悩んでいた。それもかなり深刻な悩みだ。これ程までに悩むなんて久しぶりだ。私の悩みの種は視線の先にいる茶色い髪の毛の青年。彼の名前はバッツ・クラウザー。二十歳の青年、私が倒さなくちゃいけないとエクスデスに教えられた青年。問題は、私がそのバッツに恋をしてしまった事だ。私はエクスデスに生み出されたけど、イミテーションとは違う、ちゃんと自我を持って『名前』と言う名前も持っている。こんな苦しいなら、イミテーションのほうがよかった、と少し後悔する。
バッツは私の存在を知らない、知られたくもない。知られるときは、私が彼を葬る時。だから気がつかれないように影からじーっと見つめる。ストーカーだと言われても仕方がない。バッツの姿をじーっと見つめていると後ろからつんつんと叩かれる。ふと振り向けば、無表情のクジャがいた。

「君はつくづく役立たずな奴だね」
「なにしに来たの?」
「君の始末だよ」
「…!」

そう言ってクジャは私にゼロ距離で魔法を放った、ガード出来ずにもろに攻撃を食らう。焼けただれるように体が熱くてたまらない。よほどすごい悲鳴をあげたのだろうか、誰かが私に向かって飛んでくる。「大丈夫か!」この声は、ああ…彼だ。バッツはクジャを見つけると攻撃体制をとる。クジャは興醒めだと呟いて消えた。早くこの場を離れないと、そう思うのに体は動かない。バッツが私の体を抱えた。見ず知らずの女を抱えるなんて馬鹿な人。私は貴方を滅ぼすための人形なのに。バッツは私の思いを知らずに歩く。今すぐユウナの所に連れていくから、と笑顔を見せて。ユウナ、ああ、あの召喚士の女の子か。…コスモス側に助けられるなんてまっぴらごめんだ。私は動かない体を無理矢理動かしてじたばたする。嫌だ、と小さく口にしながら。

「なんでそんなに嫌がるんだ?死んじゃうぞ、お前」
「コスモス側に助けられるぐらいなら…死んだほうがマシ」
「お前、カオスの戦士か…」
「殺すなら殺せばいいよ」

バッツは、にかっと私が惚れたあの人懐っこい柔和な笑みを浮かべて言う。「殺すわけないだろ、ぜってー助けてやる!」本当に餓鬼みたいな男だ。卑屈な私が馬鹿みたいじゃないか。死にそうになってこんな事考えるのもどうかと思うけど、これって憧れのシチュエーションじゃないか、好きな人に抱っこされてるなんて。全世界の恋する乙女が羨むようなシチュエーション、ああ…恥ずかしくなってきた。さきに羞恥で死んでしまうかもしれない。

「俺はバッツ・クラウザー、お前の名前は?」
「名前」
「へー、いい名前だなっ」
「ど、どうも…」

そんな眩しい笑顔で見つめないで。大好きな笑顔だけど自分に向けられるには少しばかり眩しすぎる。その笑顔は私じゃなくてコスモス側にいるからこそ、綺麗なのよ。少し寂しくなって、ふい、と横を向く。「…あ」綺麗な薔薇が一輪咲いていた。バッツも気がついたらしく私をちらりと見て薔薇がある方向に向かった。薔薇なんて初めて見た、内心おおはしゃぎするが、手を伸ばすこともままならない私には薔薇を触ることなんて出来ない。だから、私はそれを見ることは出来ても触れることなんて出来ないのだ。

「綺麗だな」
「うん…綺麗」
「この薔薇、フリオニールが育ててる魔法の薔薇なんだぜ!回復効果が…ああっそうだ!」
「…ぁ」

きらり、空の上で何かが光る。光ったそれは凄いスピードで私達を目掛けて落ちてきた。バッツは薔薇に夢中で気がついていない。このままじゃ、バッツは死ぬ。私は作られた似非オリジナルだけれどバッツはオリジナルだから、死んだらそこでお仕舞い。私は最後の力を振り絞ってバッツの腕の中から抜け出して彼を押す。骨が悲鳴をあげて、全身が痛みで痙攣していたけど、私は…私の大好きな太陽みたいな笑顔を守りたかった。例え、彼は私なんて知らなくて、どう思ってなくても、守りたかった。私に押されたバッツはその場にどさっと倒れる。倒れ込んだ瞬間、私の体を刃が貫いた。ぐさり、とか、どさりなんて可愛い効果音じゃない、どちゃり、そんな感じ。血まみれで死ぬの、嫌だな。ぼんやりと考える。不思議と痛みは感じなかった。寧ろ、さっきよりも楽、な気がする。

「お前…っ!」
「…気に、しないで…どうせ…さっき、死ぬ…運命だった…から」
「助けるって、俺…」
「私を助け、たら、貴方、は…私に…殺され、てた…んだよ…これ、で…い、い…」

目を丸くするバッツ、そう失望してよ、私なんか…助けなければって、そう思って立ち去ってくれればいい。そのほうが楽だから。人形の片思いの結末は悲恋でいい。バッツに私はつりあわない事なんて知っていた。だから、潔くふってくれたほうが、いいの。きっと、私はバッツを殺せずにエクスデスに消される運命だった。それか、あの時死ぬ運命だった。ひとりで、寂しく死ぬ運命だったんだから。

「そんな事お前はしない…!」
「…お人好し、め」
「もうしゃべるな!誰か呼んでくるから!」

無理だよ、無駄だよ。そんな事しても私は助からない。知ってるし分かってる。そうだ、とバッツは呟いて、さっきの回復効果があると言っていた薔薇に手を伸ばす。駄目だよ、それは…

「駄目、それは…」
「名前?」

それは、私のための物じゃない。コスモスの戦士のためのものだ。もうだめだ、意識を保っていられない。段々バッツの顔が見えなくなる、暗くなる。思考もなにもかもが闇に溶けていく。私は所詮は半オリジナルの人形、イミテーションに自我とオリジナルの姿を与えただけにすぎないから、きっと形は残らない。意識を失ったらもう、『私』という形は消える。だから、消える前に伝えなくちゃ。悲恋でいい、ただ伝えたい。きっと、神様が私を哀れんでくれたチャンスだったんだ、伝えておかなくちゃ。

「ば、っつ…」
「なんだ…?」
「わ、たし…は…あ、なたの…えがお、が」

薔薇をとろうと手を伸ばすバッツの手に自分の力のない手を重ね最期の言葉を口にだす。

「           」








は咲かない


「だ い す き で し た」そう言って名前は、静かに目を閉じた。俺は彼女を失ったらショックと守れなかった絶望からその場に立ち尽くすしかなかった。ふと、手に持った薔薇の花を見ると、魔法の薔薇は枯れていた。まるで彼女の死を悲しむかのように。その瞬間俺の目から温かい物が頬を伝う、俺はひとりの女の子も守れないちっぽけな存在だと言う事を思い知らされた瞬間だった。


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テーマ「人外ファンタジー」
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