小説 | ナノ



はぁと深い溜息が、無意識に口から零れ出す。終わる事のない闘争を繰り返していた、カオスとコスモス。私は早々に、カオス勢に居る自らの好敵手たる存在…兄を、倒してしまった。けれど、何故かクリスタルは手に入れられない。コスモスに聞く事も出来ない状態で、私は途方にくれていた。自分の闇を集めたような兄を倒せば、クリスタルも手に入ると思ったのに。だから、誰よりも無我夢中にイミテーションを倒して、単独行動で一番早い成果を上げたのに。踵を鳴らしながら、腕をぶらぶらさせる。―――私は、この世界での生きる意味を失い掛けていた。クリスタルは手に入らない、兄は倒してしまった、今更コスモス勢の人間と仲良くするのだって、プライドの高い私には難しい事だ。喋った事があるのは、ウォーリアオブライトとセシル・ハーヴィくらいしか居ない。後のメンバーは遠巻きに見た事はあるが、話しかけられる前に逃げてしまった。その時の自分の滑稽さを思い出し、顔を顰め溜息を吐きだす。…好敵手たる兄を倒してから、ずっとこうだ。何に対しても生きる感覚が生まれない。元の世界の事は覚えていないのに、兄を見ているだけで憎しみが私を支配した。ただただ復讐の念に駆られ、ついに倒してしまえば残るのは空虚。私は生きているのに、生きていないようなものだった。見た目は人なのに、中は伽藍。ぱきっと最後に会った時にセシル・ハーヴィがくれた食べ物を齧る。特に美味しいとは、思わなかった。


「…コスモスの、うそつき」


クリスタルなんて、どこにもないじゃないか。近くに落ちていた小石に、今の虚しさをぶつけるように、思い切り蹴り上げた。けど、すかっと空振り妙に恥ずかしくなる。慌てて周囲を見渡すが、仲間と共に来ている訳ではない私の周囲に人は存在せず、ただ無音が世界を支配していて、何故か胸がちくりと痛んだ。きっと、皆は今頃協力しあって、クリスタルへと確実に近付いているのだろう。現に、小さな男の子…オニオンナイトだっただろうか。彼は手に入れたらしい。これはウォーリアオブライトの情報だが。あんな小さな男の子でさえ手に入れられているのに、恐らく年長者組に入る私は、どうだ。―――考えたくない。考えれば考えるほどに、自分の存在が希薄になっていくようで。何も考えず歩き続けて来たが、不意にその足も止まる。歩くたびに、重い足枷が増えていくかのように、足どりが重くなる。俯き、水面に映る自分の情けない顔を見つめる。どうしたらいい。どうしたらいい。今すぐ叫んで、何処かに逃げてしまいたくなった。声が嗄れるまで、叫んで叫んで。そんな事はしないけど、そうしたい気分なのだ。


「あ、名前!久しぶりだね」


不意に無音の世界に、甘い声が響く。その声にどくりと心臓が嫌な音をたてる。ゆっくり振り向くと、そこにはセシル・ハーヴィが変わらずそこに居た。今は暗黒騎士という姿のようだが、ふっと白を基調とした聖騎士の姿になる。隠れていた容姿が一気に解放され、私は思わず顔を背ける。以前に会った彼は、もう少し憂いを帯びたような、退廃的なイメージがあったのに。今は凛として、意思の強そうな面持ちだった。その明確な変化で分かる。彼は、セシル・ハーヴィはクリスタルを、手に入れたんだ。私は胸が締め付けられるような想いだった。私が一番最初に敵を倒したのに、他の人がどんどん最終的目標を達成している。私が一番だったはずなのに、どうして?まるで私だけ目隠しをされ、何も見えない状態でクリスタルを探せ、と言われているようで。―――分かっている、これがただの嫉妬だと。自分が手に入れられないから、僻んでいるんだと分かっている。それでも悔しかった。いつまで経っても、手に入らない事を。息が詰まる。目から何かがぽたぽたと零れたような気がした。目の前のセシル・ハーヴィがぎょっと目を見開き、すぐに私の元へと駆け寄って来る。一瞬彼が肩を掴みかけたが、その手は止まる。…彼は、元の世界の記憶が比較的安定して保持されている。だから、以前言っていた言葉を私は覚えている。「僕は、元の世界では陛下という地位で、結婚もしてたんだ。吃驚だよね」と言っていたのを。だから、彼が伸ばしてきた手をおもむろに弾いた。無意識だった。奥さんに、失礼だと思ったのだ。彼は少し顔を顰め、ゆっくり弾かれた手を降ろす。そうして、すぐに心配そうな顔で私を見つめるのだ。今度は、止める事が出来ないくらい早く手を伸ばされ、目尻に溜まった涙を拭われた。その優しい手付きに、更に息が詰まる。駄目だ、甘えちゃ。私は早くクリスタルを手に入れなきゃいけないのだから。なのに、その優しさを甘受するかのように涙は零れて、嗚咽を零す。
「…、いや、なの…自分だけ、クリスタル手に入れられなくて…!」
「まだ手に入れてない人だって居る。それに、絶対いつか手に入るよ」
「いつ!?ずっと、…探してるのに…!」


セシル・ハーヴィに当たっても意味がないのに。けど、この感情をどこにぶつけたらいいのか、私には皆目見当もつかなかった。私は、プライドが人より高い上に、不器用という面倒くさい女なのだ。もう頭がごちゃごちゃだ。これなら、何も考える事がなさそうな動物とかになりたかった。たとえば、この水で泳ぐ魚とかに。そうすれば、こんな惨めな思いだってしなかったのに。ひくっと息がまた詰まる。嗚呼、こんなに息が苦しいだなんて、私は知らない。だんだん呼吸するのが苦しくなり、流石に首を傾げる。おかしい、私は魚なんかじゃないのに。すると、耳元にセシル・ハーヴィが顔を寄せてきた。その予想外の出来事に、いつもの私ならすぐ離れたり出来たのに、息が苦しくて出来る事すら出来なかった。「―――ごめんね」と甘くでも悲しそうに囁かれたその言葉を、私は頭の中で復唱する事しか出来なくて。次いで唇に広がった感触に、私は目を見開く。何故、私とセシル・ハーヴィの唇が衝突しているんだ。だんだん朧げだった意識が覚醒し、今自分がしている行為に、眩暈がした。セシル・ハーヴィが既婚者で、奥さんだって居るのに、これじゃ浮気だ…!がりっと無意識に唇を噛み、その痛みで彼が咄嗟に私から距離を取る。彼はついっと白い指で、唇から零れる赤い血を掬い、舐め取る。妙に色香が漂い、困惑する。彼はふっと笑い、私にまた近付く。そうして額と額をこつんとぶつけ合わされる。


「生きるのが嫌って顔してるね。さっきは息をするのも苦しそうだった」
「―――そんな事、ない」
「見てれば分かるよ。だから、名前が息出来ない時は、僕が呼吸器になってあげる。さ、クリスタルを探しに行こう?」


そうして、触れるだけの接吻を落とされ、私は驚愕する。彼の笑顔はただただ無垢で、私は怖くなる。セシル・ハーヴィは、私の考えている事を理解して、私にキスをしたんだ。なんて、なんて奴なんだ。けど、その手を振り払えないのは何故だろう。そのキスが優しかったから?私が喉から手が出るほど欲しがっていたクリスタルを手に入れ、私に協力してくれるから?―――よく、分からない。けど、息が詰まりそうになった時、また彼は助けてくれるのだろうか。そうして、彼は歩き出す。私は踵を鳴らし、薄らと出来た彼の影をぱしゃりと水音と共に踏みつぶした。今は、息をするのも苦しくないのに、違う感情が私の胸を満たし、また息が詰まりそうだった。ごめんなさいと、誰にも届かない懺悔を捧げる。ただ、ごめんなさいと。













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