空契 | ナノ
5.鋼鉄島の昼下がり (7/8)

  

「そっから逃がすなよ!」

そう言った俺も、森に飛び込んだ。それに続き、ゲンさんも飛び込む。
アイクは木に張り付き、地面に膝をつくルカリオと対峙している。その睨みつける碧眼が、ぎらぎらと輝いていて彼は深呼吸を始めた。
小さくてもそこは、かなり神秘的な森だった。
俺の住んでいた世界の空気とは大分違う。まるで、森が“生きている”ような感覚。
否……“生きている”のか。森が呼吸するように、風が吹く。生きている。俺達を包むような、その優しい空気が落ち着けるのだろう。俺も同じだ。
冷たい空気がすっと肺に入り込んできて、頭が、スッキリするんだ。そんな中でやるバトル。
自然破壊はしないように心がけながらも、俺等は不敵に笑い合う。指示を、出し合う。


「────気合い弾!!」
「木を利用してかわせ!!」

ゲンさんは森から出ようとは考えなかったらしい。一方、ルカリオは宿り木の種に体力をじわじわと削られていく。一気にバトルを終わらするため、ゲンは威力の高い気合い弾を指示したのだ。手加減のての字も知らないような、容赦のない攻撃。それを、アイクは驚異的なスピードで木から木へと飛び移りながら避けていく。その素早さに、思わず感嘆の声が零れた。

「おー!
流石、蜥蜴!」

そもそもキモリは深い森に生息している。だから、森林の中のバトルはおてのもの。
俺に向かって『蜥蜴言うな』なんて言う余裕まであるんだ。宿り木の種で体力を奪いながら、木を飛び移り回るアイクの動きは衰える事を知らない。

「エナジーボール!!」

今まで、種マシンガンなどの威力の低い技ばかりを使っていたのは、どうしても宿り木の種を使いたかったからだ。それが成功したのなら、次はこちらも容赦はしない。エナジーボールとか、使わせてもらうよ。
地の利はこちらにあるのだから。

『く、そ……!!』
「、ルカリオ!
いったん、みきりで防御!!
体制を立て直せ!」

『っち…』

アイクの放った、威力の高いエナジーボールは分が悪いと読んだルカリオがガード。守られたか、と舌打ちをするアイクに、振り下ろされる漆黒の爪。

「シャドークロー!!」
『ぐあ・・・っ』

虚を突いた反撃だった。鋭く切り裂かれたアイクは、木から地へと引きずり落とされる。

「っアイク・・・!」
『る…せぇ……っ』

レベルがまだ低く、耐久性のないキモリのアイクにはきつい反撃。アイクは俺の呼びかけに対し、弱々しくも戦意を失っていない声で反応した。立てるのは、宿り木の種で体力を奪っているからだろうか。
ルカリオも、体力が殆どないらしい。宿り木の種のおかげだ。そのルカリオの体力が尽きるまで逃げ続ける……は、今のアイクの力では無理だろう。逃げる前に、ルカリオにやられる。影分身を出す暇は、今はない。
ルカリオも、また同様。今すぐにアイクを倒さなければ、こちらが宿り木の種に体力を根こそぎ奪い取られる───。 

ざわりと、“生きた森”が、震え、た。
───出すべき答えは両者、一瞬で理解した。

「次で決めるよ!!」

先に声を挙げたのは、ゲン。
 
「ルカリオっ!!」

先に動いたのは、ルカリオだった。

「波動弾!!!」

放ったのは必中技。避けれないし、相殺ももうできない。
飛んできた波動弾を、どうする? 俺、は、


なにもしなかった。




刹那、アイクの小さな身体に波動弾が、もろに当たった。
瞬きを忘れた俺の目の前で、アイクは吹き飛ぶ。
勝ったと、確信する。

確信したのは、ゲン。

と、ほくそ笑む、
俺。



その表情を見て、次にゲンは、見た。
空に投げ出されたアイクが、
すっと消えて行くのを。

既に視界がぼやけている、ルカリオは、そして捕らえる。
気配が、己が倒したはずの気配が動いた事に。
ゲンが、ルカリオが、気付いたときは既に遅かった。
ルカリオの背後で、笑う、碧眼。

「今だ!!」

問答無用でぶっ放せ。
─────アイク!!


フルパワーで、
エナジーボールッッ!!


これで終わりだと、
特性、新緑を発動したアイクが言い放った。

────衝撃音が響いてから、時が止まったようだった。俺とゲンは、ぼんやりと、エナジーボールがルカリオにぶつかったそこを、見つめる。
砂埃が未だに巻き上がるその中の状況を、認識。息をついた。死闘。うん、死闘だったな、マジで。

「つっ・・・・かれたぁー・・・」

バトルが終わった。そう認識した瞬間、一気に力が抜け落ちた。ずるずるとその場に座り込む俺。に、なんかエナジーボールが飛んできた。ぅおおおおおお?!咄嗟に避けたが、うん、今エナボー顔すれすれで飛んできたからね。あれ、俺じゃなかったら当たってたぞ。
俺はすかさず、飛ばしてきた相手に怒鳴り返した。

「おいこらいきなり何すんだぁあー!?」

お相手は、間違えなく、

『うるせぇ・・・・。
疲れたのは俺の方だ』


『ったく、無茶な指示ばっかり出しやがって・・・』と吐きながら、倒れるルカリオの前に座る、アイクだ。確かに、アイクはボロボロだし、良く頑張ってたけど……、

「俺に向かってエナボー打てるぐれぇ元気じゃねぇかオイコラ」
『うるせぇ騒ぐな怪我に響く馬鹿』
「馬鹿とはなんだおいいいぃぃいぃぃいぃ」

……そう叫ぶ俺もかなり元気だと思う。ぶっちゃけ。ゲンはしばらく、茫然と、俺とアイクを見比べると力尽きたルカリオに歩み寄った。眼を回して倒れているが、まぁ仕方がない。
あんな少ない体力で、しかも、あんな近距離で、
ルカリオは、新緑を発動したアイクのエナジーボールを喰らったのだから。そりゃあ、な。逆に倒れてくれていなきゃ、俺らは負けてた。
そっとゲンは息をつくと、モンスターボールに手をかけた。

「―――ありがとう、ルカリオ」

「お疲れ様」と言い、瀕死状態のルカリオをボールに戻した。その動作をする彼は、少し、悔しそうで、少し、嬉しそうだった。
俺は立ち上がり、そこに落ちていた、ゲンさんの帽子を手にする。うーん、ちょっと汚れてる。帽子の汚れを払いながら、俺はゲンの元へ歩いた。

「ルカリオ、大丈夫か?」
「うん、まぁ。
すぐに治療すれば大丈夫だ」
「おー、良かった」
「うん」

……何故だろう。さっきからゲンさんの微笑が痛いほど突き刺さる。
なんだか、懐かしいものを見るような、優しい顔だった。……なんだ、あれ。
「それより」と、ゲンの眼が俺からアイクに向いた。あの表情は変わり、楽しげな顔へと変わった。いつも以上に楽しそうだ。

「さっきの…、
アイク君が、波動弾を喰らって……消えたよね。
あれって、身代わりかな」

身代わり。自分の体力を1/4削って、自分の分身を作りあげる技。影分身と違い、身代わりには体力がありそれが0にならないかぎり、攻撃を受けても消えないし、攻撃もできる。俺はにっこり笑う。

「当たり」
「因みに……どの辺から?」

「アイクがシャドークローを喰らう前……、
だな」

木から木へと飛び移って、ルカリオとゲンから死角になる所で、身代わりを作ったのだ。よかったー、ゲンさんにも、ばれなかったらしい。
────破動ポケモンで感知型のルカリオにも、ばれなかったのは、この森が“生きている”から。否、島全体が“生きている”のだ。

「バトル前にさ。てゆーか、さっき、
ゲンさんに朝、言われた事を思い出してさ・・・」

昼最中に「この島は生きてるんだ」と言われたこと。

そもそも、自然のものには必ず、波動、がある。それを見る事ができるのは、波動使い。
その波動を操り、見る事ができるはずのルカリオが、アイクが身代わりへと変わったのに気付けなかったのは、この島の強い波動に邪魔をされているからである。
「この鋼鉄島から伝わる波動もとても強くて、修行にはもってこい」そう、ルカリオは言った。

「だから、身代わりをしても波動で悟られないかなーと思いまして」

まぁ、自信はなかったんだけどな。

「宿り木の種もうまい具合に、ルカリオの注意を引いてくれたし」

だから、
アイクはそこに居る。

アイクを(無理やり)抱き上げ、どやぁっと笑う俺を見つめて───不意に、ゲンさんも笑う。両手をおどけたように挙げて見せた。
けど、ふざけているようには見えないのは……多分、あの真剣すぎる眼、のせいだ。


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