空契 | ナノ
5.鋼鉄島の昼下がり (5/8)

 
真剣すぎる目に見据えられ、俺はその誘いを断れなかった。あまりにも彼が真剣だったのだ。彼と出会って間もないけど、あんな顔もするとは思わなかった。
寧ろ、怖いぐらい。その、真剣さが。
その真剣さに気圧されたというのもあるが、なにより俺はアイクの実力と、自分はどこまで指示を出せるかを知りたかった事もあり、バトルを受けた。
こうして俺はゲンさん家の外────森の近く、障害物が比較的少ない広い空間に立つこととなった。
ある障害物は木と、岩くらいかな…。森までの距離は、2mちょい…。きちんと辺りの情報収集をする俺の前には、キモリに戻っているアイク。
それに対峙するのはルカリオ。その後ろに立つ悠然と立っているのが、ゲン。
彼は、いつもの黒のタートルネックの上に藍色の上着を着て、帽子を被っている。ゲームでよくみる姿だった。
今日は良く冷えるこの鋼鉄島にある、森に囲まれたフィールド。これをうまい具合に使いこなせれば、ゲンさんに勝てるかもしれないけど、

「はぁ…、
悪ぃなぁ、アイクー…」

初バトルの相手があんな強敵で。
勝算を考えていたが、正直泣きたい。ゲンさんが相手って…絶対強いでしょ。
なぁなぁゲンさんなんでそんなに目がマジなんですかゲンさぁあんー…。
それを分かっているのかいないのか……アイクは相変わらずの仏頂面。
俺の謝罪に対し、彼は余裕そうに『別に』と吐き捨てた。いわく、

『相手が誰であっても全力で木っ端微塵に潰す』

容赦のないお言葉を頂戴いたしましたー。
────その言葉は、どこか強い思念をもっているように感じた。自信とは少し違う気がする。だとしたら、なんだろう。これは。
……俺には、よく分からないな……。

『…お前こそ、大丈夫なのかよ』

碧い綺麗な眼が俺に向かった。ああ、やっぱりアイクの碧眼を見てると落ち着ける。……という事は、と俺ははっとする。もしかして、自分は緊張していたのだろうか。
ほっと息を吐いてから俺は首を傾げた。大丈夫かって…、

「なにが?」
『………初バトルなんだろ』
「あー……だなぁ。
でも、初は初だけど…知識はあるし」

あっけらかんと笑う。なんせポケモンマニア、そしてオタクなのだから。廃人一歩手前だよコノヤロー。
バトルはゲンさん相手も大丈夫。きっと。多分。おそらく。……つまりは、自信があまりないのだ。理由としては、育成をちゃんとしてないアイクを使うこととなるからだ。強そうだけど、どこまでいけるか。そして、どこまで俺の知識、予想、予感、思考がついていくかが問題。
多分、冷静さを失わなければ大丈夫だとは思う。
………てゆーか、ゲンさんだって普通、手を抜くよな。抜いてくれるよな。俺、一応初心者だし、新米だし……。

「作戦会議は終わったかい?」

そんなゲンさんを見ると、彼は余裕そうな表情。俺の脳内にある、わずかな焦り、緊張とは全く無縁そうな顔だ。
その灰色の瞳は揺るぎない意志を持っていて………絶対負けるはずがない、という自信が滲め出ている。
そして時折、彼はなにかを思案するような仕草を見せる。俺や、アイクの顔を見て。
普通のひとなら気付く事がないだろう、小さな変化。それに俺は気付きながらも、アイクとアイコンタクトを取ると、拳を握りながら力強く頷いた。

「おーけーッス」

使えそうな作戦は無数に用意しておいた。作戦、というにはひとつひとつがバラバラで、確信なんてないまま作った手段のようなものだ。
これが、どこまで通用するかは分からない。そんなあやふやな俺はともかく、アイクなら……どうにかできないかなぁ。希望的観測である。
しかし、バトルを受けてしまった以上、俺は勝つしかないなと思う。俺等が構え戦闘体制に入ると、ゲンさんはやはり笑う。にこ、といういつもの笑顔ではない。ふっという、不敵な笑み。
背筋にうっすら寒いものを感じた。

そして、先に仕掛けたのは────ゲンだった。

「ルカリオ!!
しんそくッ!」

「っは…!?」

一瞬唖然として思考回路が凍りついた。
まさか、いきなり『しんそく』からくるとは。あれは先制技である。つまり、手なんて全く抜いていない。どーゆーこっちゃ!?
目にも止まらぬ速さでルカリオが移動する。瞬間移動みたい。だが、俺の目はその一瞬を捕らえた。意図が読む。背後を…狙って来る!
……ていうか、しんそくって覚えるの結構レベルが高くないと無理だったような…。何レベだ、あのルカリオ。まぁいいや。

「高速移動で横に飛べ!」

咄嗟の指示の直後、アイクの背後をルカリオに取られ攻撃を仕掛けられる。が、瞬間、指示通りに、身を素早く横に投げたのが幸をそうした。
よしよし、アイクは俺の指示に従ってくれた。ならば、

「そのまま、一旦間合いをあけろ!
そんで最大限の嫌な音!!」

「ぶっかませ!!」そう叫べば、素早くルカリオから離れたアイクが、その名の通り、嫌な音を辺りに響かせた。金属を爪かなんかで引っ掻いたような、滅茶苦茶な音。不快音。
俺の所にも容赦なくその音は響いてきて、頭の中を何かが暴れ回るような感覚を味わった。うわぁあお前も容赦ねぇなアイク!
それは耳を抑えるルカリオとゲンにも効果があると言う訳で、行けるか、と思った時、アイクに飛んで来たのは波動弾。
あ、やば。てゆーか貴方も本当に容赦ないですね。
直ぐに反応できなかったのは、ゲンのルカリオに対して出した指示が、嫌な音に掻き消され、俺とアイクには聞こえなかったからだ。くっそ、油断した。けど、まだ間に合うはず。

「エナジーボールで威力弱めてから、
電光石灰でかわせるか!?」
『っ…無茶苦茶だ、な!』

苦しげに放ったエナジーボールは、ぎりぎりの所で波動弾とぶつかった。けど、咄嗟に放ったのとレベルの差のせいで、相殺とはいかない。
まぁ、軌道は少し逸らせたからいいさ。波動弾は絶対必中だが追尾してくるとかではないので、アイクは何とかぎりぎりでかわしてくれた。少し掠っていたが。
まさか避けられるとは思っていなかったらしいルカリオに、アイクは勢いついたまま突っ込む。
流石アイクだ。俺の考えてる事は読めてるらしい。既に彼は次の技を出そうとしていて、俺は笑い叫んだ。

「そのまま突っ込んで、宿り木の種!!」

待ってましたとばかりに放たれた無数の種、種、種。じわじわと体力を吸い取っていく、種。当たったらボールに戻すまで、その効果は続く。
まぁ、それは当たったらの話なのだが。

「ボーンラッシュで弾け!!」

いっ!? と俺は固まった。なんと、ルカリオはボーンラッシュで襲い掛かってくる宿り木の種を叩き落としていったのだ。
つまり、彼は攻撃技を防御技に使ったのである。
そしてボーンラッシュの矛先がアイクに向かって来たもんだから、慌ててはたくを指示。ボーンラッシュとアイクの尾がぶつかり合う。
鈍い音が響いた。見えない力の波紋が広がり、俺の藍の髪がざわりと揺れ、ゲンさんの帽子が吹き飛んだ。力と力のぶつかり合い。思念と思念のぶつかり合い。
そのぶつかり合いに負けたのは、ア、

「引けっ!! アイク!!」

結果が出る前に叫んだ。

『は……っ?』

意味が分からないとアイクがこちらを一瞥。って…違う違う違う!
そうじゃなくて!!

瞬間、
アイクは弾き飛ばされた。


「アイク!!!」

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