55.鬼さんこちら、手の鳴る方へ、 (5/5)
「……アクア………」「シュウ、だ」目の色で呼ぶサヨリに、間髪入れずにシュウは強い口調で主張した。
レオから頂戴した名だ。柊、と書いて、シュウだ、と律儀に空気に字を指で描いて見せる彼の、名に対する想いは強いと感じつつ、続きを問う。
「………なんで、いるの……」サヨリ達は、シュウと面識はある。
───テンガン山で、彼に救われたのだ。シュウはアースを、相性で勝っていたと言え、退け、敵の手に渡りそうになったレオを救出、手持ちも含め、ポケモンセンターに運んだと言う。
情けない事に気を失っていて、瀕死状態だったサヨリ達に、その記憶は無いものの、ポケモンセンターで目を覚ました際、この青年とは顔を合わせていた。
しかし、特に会話は交わさなかった。
聞きたい事は山程あったのだが、この青年は
「……まぁまぁ」と微妙な答えしか返さなかったのだ。
そして、今回もサヨリの問いに対して返す言葉は、
「……まぁまぁ」「……………」サヨリは早々に会話を諦めた。
無気力に肩を落とした彼に、シュウは目を細め肩を揺らした。笑っているらしかった。見えないが。
「え………いや、あの……」この場で唯一、イルはシュウと面識が無く(アイク、ユウ、サヨリ、シキも然程無いが)突然の不審人物とも言える彼の登場、しかもマイペースな空気感に戸惑い声を上げると、アクアの隻眼がこちらを向く。自分の浅葱色と少し似ていて、髪の色も一部除き似ているから、少し親近感が湧いたが、如何せん………表情が、読みづらい。
「……何だ?」いや、何だと言われても。イルはぐ、とその言葉を飲み込んで、言った。
「…君が誰で、」「シュウだ」「(そうじゃなくてね)………何者で、何なのか、激しく興味あるし突っ込みたい事もあるんだけどね。
……この状況について、もしかして、理解ある?」───表情は、読みづらい、が、
イルの眼から見た、そのアクアの隻眼は、全てを悟っているかのような色があった。
勘であった。外れてはいないと、アイクやユウ等も思った。
この青年、シュウという彼は、ポケモンであるらしいが種族を明かしていない。
レオを助けた目的も分からない。助けられた本人であるレオにも、何度か聞いたことがあるが、彼女も口を濁した。というより、彼女自体も詳しくシュウを知らないらしかった。
謎の多い、青年。
けれど、自分達より───レオを理解しているらしい。
そして、この現状にも。
シュウは、皆をくるりと見渡し、それから御霊の塔を見詰め、頷いた。
口を、マフラーの下でおもむろに開いた。
「───レオと、その仲間は、封印を解いた“ミカルゲ”に、
“ミカルゲが創った”“世界”に引き摺り込まれたようだな」やはり、と息を飲んだ面々を、もう一度見て、続ける。
「……こちらから、入る事は、出来ない。
……俺もな」淡々と、続ける。
「……ただ、俺は“道があれば”“入れる”」影の道を通ってな。と、尚も、続ける。
「……その、道を
“お前達が創れ”」「……簡単な事だ」「“縁”があれば」───意志を、
───心を、繋げるのさ。
さぁ、名を呼べと、彼の言葉に、残された者達はきょとりと顔を見合わせた。
そう、そこは、ナミらも考察した通り、ミカルゲの創った世界だった。
数百年間、独りで眠りながら生きた、孤独なミカルゲが創った世界だった。
寂しさのあまり、創った世界だった。
───憎しみのあまり、創った世界だった。
───怒りのあまり、創った世界だった。
それすらもシュウは知っている。
許さない、許さない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、
そう言って、今日も───、“今も”、憎しみ怒り悲しみ叫び、世界を創っているのも。
「な、んだ……これは、」その世界では、ナミが呼吸を忘れる程の惨劇───、
五百年前、ミカルゲが起こした、
村人をポケモンを、大量虐殺したという、
惨劇の世界を、創っていると。
「─────……」
……レオも“理解していた”ように、眼を細めた。
───今、レオとナミは、
炎と血に包まれた、町の中に、居た。
鬼さんこちら、
手の鳴る方へ、(───それと、もう“ひとり”)
(それを、理解していた)
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