空契 | ナノ
55.鬼さんこちら、手の鳴る方へ、 (4/5)



心を繋げる。
その現象についても、ナミはまだ理解しきれていない。
しかし、その確かにあるレオの能力のおかげで、我々はロストタワーに、御霊の搭にたどり着けたのだ。

ならば、きっと、此処でも。

「ミカルゲを見付ける、ていう事だよな」
「そうだ」
「そして………どうにか、出してもらう」

ぴくり、眉が動く。
ナミはその眉を上げながら、少し笑った。

「………、そういう事だな」


───歩く、歩く、歩く、
一向に状況は変わらない。これ以上は無駄だろうと判断して、ナミと少女は顔を見合わせた。
そして、無言で少女は頷くと、ゆっくりと、眼を閉じる。
それから、彼女は呼び掛けているのだろうか。
祈りにも似たような面持ちで、彼女は、何を思っているのだろうか。


何秒か、数分か、

暫し静かな無音が続いた。
それをナミは見守り続け───、


変化は起きた。


ふ、と闇しかないこの空間に、何処からか火が灯った。
ゆらりと照らし出される風景は、やはりエンジュシティのような、低い建物ばかりが並ぶ町。

───そして、
人の群れ。

「───なっ、」

悲鳴が聞こえる。悲鳴が溢れる。
無数の老若男女。
和服を着た人々が、足早に駆けていた。
まるで何かに怯えるように、叫んで、走り、
それを手助けするポケモンは、時折後ろを振り返って技を放つ。

しかし、黒い───影は、それを脆ともせず、技ごと人々をポケモン達を、払い飛ばした。


突如として、感情が渦巻く。







「くそ……!」

冷たい風が吹く、夜に鈍い音と呻き声が零れた。
重い、夜の帳───、その中に石でできた小さな塔が存在した。
その目の前で、項垂れる者達───、イルは膝と拳を地に沈め、唇を噛んだ。

目の前で、数十分前までは、当たり前に、普通に会話を交わしていた、触れられる距離にいた、ふたりの男女、
レオとナミが消えたのだ。
その衝撃は大きい。思わず力が抜けた様に、地面に座り込むサヨリは呆然と、塔を見詰めていた。

塔は、影を解き放った───そんな気配を一寸も残さず消え去っていて、静かにそびえ立っている。その塔を触れても探っても、うんともすんとも言わぬ。

成すすべが、ない。
イルは拳を地面に叩きつけ、シキは真っ青になったまま唇を震わせていた。
成すすべがない、というのは、どうすれば良いのか分からないということだった。

分からないのだ。
レオが“ミカルゲ”を探して、“御霊の塔”を完成させた所で、
塔の隙間という隙間から、真っ黒な何か、影のようなものが溢れ出て、レオを背後から襲った。
それに、いち早く気付いたナミが、レオを庇おうとして、共々、飲み込まれた。

それから、姿を消した。

レオとナミは、一体何処へ消えた───?

分からない。その事実にユウが歯軋りした。

「いっそ、壊せば…!」
「………いえ、いえ、
此処が出口となる可能性もあるのですから…」


シキの言葉に、かっとなったユウは「じゃあどうすんだよ!」と怒鳴った。それに返す言葉はシキにも、イルにも思い浮かぶ事はなく、沈黙が走った。
ならば、やはり、これしかないと、ユウは塔を睨み付け、手を掲げた。手にバチバチと雷を纏わせ、壊そうと睨みつける。
しかし、ぐいっ、と後ろから頭を引っ張られ、蓄えた電撃は不発に終えた。

「止めろ馬鹿が」
「うわぁっ!? な、なんだよっ」

アイクが、ユウのバンダナの余り布を引っ張ったのだ。仰け反りながら振り払い、睨むと、アイクは鬱陶しげに直ぐにその手を離す。視線は、ユウの事など気にしていられないとすり抜け、塔を向く。

文句の一つを言おうとしたが、ユウは言葉を飲み込んで口を閉ざした。
───彼は、───レオの相棒という立ち位置にいる彼は、苛立った様子で眉を潜めてはいるものの、
怒りで支配されていると思われていた、その鋭い眼は、やけに冷静な色を映していた。

今日の、夜空を反映させたようだ。
最も、自分達の頭上にある夜空は、雲に隠され、今は星も月もないが───静かである。
アイクの眼も、静かである。

心配じゃ、ないのか、とイルは訝しむように呟いた言葉に、アイクは鼻で笑い答えた。

「別に」

「っ、貴方ね……!」
「ちょ、シキさ、落ち着いて!」

冷静、それが冷徹に聞こえシキが珍しい事に声を張り上げた。ぎょっとイルとサヨリと共に狼狽えつつ、ユウがシキとアイクの間に入る。イルとサヨリからすれば、それも意外だ。
真っ先に怒りそうなのは、いつも相棒という座にあるアイクに、劣等感や嫉妬を抱いているユウでありそうなのだ。

その疑問を皆から感じたユウは、苦笑を浮かべた。

「………ちょっと、アイクの言いたい事、分かった気がするからね」

悔しいけど、と付け加えてアイクをじろりと見るが、アイクは知らぬ存ぜぬの顔で塔を見ている。
アイクとユウの、心が通じた訳では無い。

───ただ、アイクとユウは、共に、とある出来事を経験していた。
それだけ。
それだけだが、
だけれども、


「───ナミがいる」


その言葉は、しっかりとした根拠として吐かれた。
サヨリ、シキ、イルは、上がったその意図が分からなかった。
ナミは、確かに頼りになる存在である。
しっかり者であるし、先程も見せた、“恰好いい”面。
けれど、アイクとユウは、それ以上の、ナミの意志の強さを知っている。

「……ナミはね、強いんだ。
元は、弱虫だった、みたいなんだけどね」


すっかり冷静になったユウは、しゃがむと、彼女達が消えていった塔を撫でた。
──焦りが無い訳ではないが、そんな自分を落ち着かせるように続ける。脳裏に、はじめてナミに出会った日を思い浮かべながら。

「あの子の、“強くなりたい”ていう、気持ちは………誰にも負けないよ」

強くなりたい。そういう理由で、ひとりで研究所から飛び出し、レオを求めた事を、ユウは知っている。

その覚悟を、アイクとユウは、レオと共に目の当たりにしたのだ。
───それを知らない、サヨリ、シキ、イルには、やはりナミのみでは心配なのだろう。「……本当なの…」と、普段は何もかも無表情で無関心のような顔をしていたサヨリも、眉を寄せ、アイクを見上げた。

アイクは、眼を細め、眉間の皺を深めたまま、無言で小さく頷いた。

「………」

「………けど、」

強くなりたい、という意志のみでは、何も成さないんだよ。
そう、サヨリの目は物語っていた。


「…理解してるよ」

ぽつりと、ユウは、サヨリに言う訳もなく、零す。
理解している。そんなに甘いほど、この世界は出来ていないと。
強くなりたい。その想いだけで、強くなれるのならば何も苦労しない。理解、している。

でも、でもね、

「ナミは……自分で状況を打破しようって、
そういう力が、あると思う」


時にそれが無鉄砲さとして、現れるが、

「…アースってやつに、この前負けちゃったじゃない。僕ら。

……ナミは、それも糧にして、変えようとするよ」


現状をね。


ナミはそういう子だ。
───否、そうであるといいと、ユウは、アイクは、思う。

「……貴方達なりの、……根拠が、あるのですね」

「……」「……」

「ちょっと、本当に大丈夫なの……?」

アイクは無言で、ユウは苦笑して肩を竦め、シキに答えた。はっきりと言い切りはしないふたりに、イルは心労が重なった。
それに対しても、ふたりは特に言葉をかけることも出来なかったのが、締まらない。


───特別、ナミを信用している、という信頼関係は、まだ築けていないのが現実である。

特別な信頼関係はない。
絶対とは言い切れないのだ。

何せ、あの影に飲み込まれたレオとナミが、今どういった状況にあるのか分からないのだから。そこまで、無根拠に言葉を使える程、アイクとユウにも余裕はない。

アイクも苛立ちを抱えているのだ。
何も出来ないという、歯痒さがある。

それでも、それでも、
“強くなる為に”“独り”で“ムクバードの群れに立ち向かった”

彼の“頑是無き勇姿”が忘れられない。





「……良い、心構えだ」

──不意に、影が───レオとナミを飲み込んだものとは違う、静かな影が───アイクの背後から聞こえた。

「──!?」
「!?」
「ヒィッ!?」
「うわ!?」
「!」

突然の気配と声に、上から、アイク、サヨリ、ユウ、イル、シキと肩をびくつかせ跳ね上がった。
咄嗟に振り返りそれぞれ身を低くしたり、武器を持つ者達を、じっと観察していたその男は、夜にもキラキラ輝く銀の髪を揺らしながら首を捻った。

「……幽霊でも、見たような反応だな」

「……いや、見た、というより聞いて驚いたんだけど…?」

声と気配の正体は、赤く長いマフラーを首から口元まで巻き、銀髪で無い右眼を隠した男──────シュウ、だった。
顔の三分の一のみしか晒されていないため、表情は乏しく、またマイペースな感想を零すシュウに、ユウは困惑しながら突っ込んだ。
いや、それ所ではないし、他に突っ込みたい事はあるのだけれど。




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