空契 | ナノ
55.鬼さんこちら、手の鳴る方へ、 (3/5)




町を探索していて、ナミに分かったのはこの町はかなり古い構造をしていることだった。
直接中に入った訳でもないので、何とも言えないが、ある程度効いてきた目で見た限り、この町自体の雰囲気が古いのだ。
ナミの記憶では、エンジュなどが近いだろか。

「ますます、此処は何処なんだ…」

何度も言うように、自分はヨスガシティからズイタウンに向かう途中の道路、209番道路にいたし、御霊の塔にいたのだ。だのに、だのに、気付けば、古い町並み。

しかし、触れた所で、これらの家が何でできているか分からなかったのだ。感触もない。冷たいとか、熱いとか、木で出来ているとか、土だとか、鉄だとか、感触がなにもない。
夜空らしい上も、雲も見えず、星もない。月もない。
風も吹かず、暖かくもなく寒くもない。

生き物の気配が、あたり一面、どこにもない。

まるで、夢の中のようだったが、それにしては先程、自分を叩いた痛みはヒリヒリと続いている。ナミの頬は未だ手形で真っ赤である。

自分自身は紛れも無く現実に生きていて、しかし、此処は夢の中のよう。

……奇妙だ。ナミはひとつ嘆息した。
あれからいくらか歩いた筈だったが、ナミは未だに何も見付けられずにいた。そして、何の気配も感じずにいた。
ひとつでも、人間か、ポケモンの気配があればそちらを頼りに進んだというのに、今のナミはヒントも無しに迷路をひたすら歩かされているだけだ。
歩いていれば、何かしら得られると思ったのだが、一行にその気配が無かった───のだった。が、

曲がり角に差し掛かった時だ。ドンッ、と衝撃が横からやって来たのだ。

「っ!?」

不意打ちのそれに、ナミはかわしきれず、僅かによろめいた。だからといって転ぶ事は無かったが、反射的に身を引こうとして、

「うわ、っ」
「──!」

確実に聞き覚えのある声。そして、暗闇の中でも確かに見えた、空色の眼、それと藍色の髪───。
目を見開いた。
それだけで、ナミは誰なのかを理解して、待ちわびたように素早く手を伸ばした。

がしりと掴んだ腕は、相変わらず細い。そして、息をのむほどに冷たかった。

「……レオ!」

その細い木の枝のような手首を引き寄せ、倒れ掛かったレオを抱き起こすと、彼女は目を丸めたようだった。

「………ナミ…?」

自分を呼ぶアルトの声の音に、ナミはほっと息を吐いた。ずっと、行方も、その気配も掴めなかったのだ。
頬を打って目を覚ましたとは言え、自分は無意識に焦っていたらしい。ナミは、レオを強く抱きしめながら微笑んだ。

「よかった、無事だったか…」
「う、ん、」

彼女は狼狽えながら、ぽんぽんと頭を撫でる。そして、整っている少女らしい顔をナミの顔へと寄せた。夜目にまだ慣れていないのだろう。そうして、やっと彼女はナミの、安堵の表情を見る事が叶ったらしく、同じ様に頬を緩めていた。

「ナミも、無事みたいでよかったよ…」

ナミに出会えたからか、レオは落ち着いた顔でいた。呼吸も落ち着いていて、身体も至って通常なようだ。
それにしては、とナミは首を傾げる。

「レオ……何かあったのではないか?」

ナミが受けた襲撃は、それなりに大きい物だったのだ。勢い良く、この小さな、細い少女がぶつかってきた………つまり、走ってきたのだろうと想像出来た。
ナミと会えた事で気が緩んでいたとでも言うのだろうか。───レオは、問い掛けられて暫し沈黙すると「あっ」と小さく悲鳴を上げた。
そして、慌てた様子で髪を翻しながら振り返った。彼女がやってきた方向だ。ナミも習ってそちらを、闇を見る。
何も無い。只の黒が、続くだけだ。得体の知れぬ、闇が続くだけだ。

ナミはすっかり、この闇に慣れてしまったのか。それとも、レオがそこにいたからか。落ち着き払って、闇にじっと目を凝らすが、やはり不気味な程に静かな闇が広がっているのみだ。

もう一度、ナミはレオを一瞥する。彼女は、じっと闇を睨んでいた。おそらく、厳しい眼で。

「………レオ?」
「……さっき、」

乾いてもいない、湿ってもいない。
酸素も二酸化炭素もないような、空気すらもないような、そんな気持ち悪さがあるこの場で、
不意に風が凪いた気がした。

「──影に、おそわれた」

ぼそりと呟いたレオの言葉を聞きながら、ナミはどろりとした気持ち悪さを胸に感じ、
僅かに目を眇めた。



空気が変わった気がする。───嫌なものに。それを感じたナミが、レオの手を引いて歩き出す。
どうしたと顔を見上げてくるレオに「一箇所に留まるのは不味い、………気がする」と答える。本能だ。彼女も、少し考え込んでから頷いた。

「それがいいかも。
…ここは、嫌な場所だから」
「……嫌な場所、というのは?」

足音は、二つに増えた、闇の中。
手を繋いで、互いに存在を確かめるように会話を交わす。

「…此処は、現実の世界と何処か、かけ離れている気がする。
夢の中にいるような気分だ」


「………夢じゃないよね?」
「夢、ではないだろう」

先程、頬を叩いたら痛かった。と言えば、だからそんなに頬が真っ赤なんだ、とレオが笑った声が聞こえた。見えたのだろうか。

「……私達は、ついさっきまで“御霊の搭”にいた」
「……うん」
「そこで、黒い影に、襲われた」

という所で、記憶がない。

「……ミカルゲが封印されていた、のだったか」
「うん」
「だったら、
この世界も、ミカルゲに関係しているのだろう」


独りで歩いていた際に、あれこれ考えを纏めていたが、こうとしか考えられなかった。

此処は、ミカルゲによって作られた世界なのではないか?
別の世界など、ナミからしたら本の中のみの話だが、ポケモンの関しては未知数だ。こういった事も有り得るのだろうと、頭を硬くせず考える。
レオの知識は、ナミよりも多い筈だ。───たまに、偏るのが不思議だが───レオも同じ見解らしい。

「ここは、ミカルゲが作った、
影の世界だ」

「影の……」

それを聞いてナミはすとんと納得した。なるほど、此処にある全て、影だ。黒一色で、闇しかない。道理だ。光など無いはずである。
今も、変らず、影ばかり。


ならば、此処からどう、脱出するのか。


レオとナミの唸り声が、数秒。


「………」

「………レオの能力が、使えないか?」
「……?」

「レオが、心を繋げるのだ」


此処を作ったと思われる、その主の心を。




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