49.麗しき誓いを立てる弱虫は (5/5)
ひとつ、ひとつ、
強く。
「………………か」
空を見上げてとぼとぼ歩く俺は、勝ったのに、逆に体が重くなっていた。………あ、もう夕方。日、短い。
ひとつ、ひとつ、強く。…無理に、強くなろうとはしなくていい、ってことかな。相変わらず分からないけど。
ナミはどう思う?と隣を、青年の姿の歩く彼を見上げる。すると、ナミはにこりと微笑んで頷くのみ。その微笑みが、大人びて見えたのは何故だろう。
思わずその反対側を歩くユウを見る。ユウは分からないと首をふる。強さも、ナミも分からないと。
ナミは怪訝だという顔をする俺のことも、ユウの事も放っておいて軽い足取りで歩いていく。
首を傾げてその背中を見ていると、肩をイルに叩かれた。
「ん、」
「ね、レオちゃん」「ん」
「俺は、合格?」不合格とは言わせないからな。
………とまでは言ってはいないけど、にこりと浮かんだ笑顔が物語っていた。何も見なかった事にして前を向くと
「おい」と低い声で肩を掴まれた。
…そんなに凄まなくても、決まってるじゃないか。
「合格、なんて偉そうには言わないけど……」
うん、こくりと頷くイルに小さな沈黙を返して、小さく息を吸った。
「…………これから、よろしく」
これから、一緒に進もう。
呟くと、肩に置いた手を、俺の手に絡ませると、顔を寄せてきた。ぎょっとして避けようとする。デート、とやらでカフェにて顔を近付けられたあの時を思い出したのだ。
けれど触れたのは、舌とかではなくて、こつん、と額と額。
身を屈めて、額を合わせたイルに立ち止まる。彼は、ふわりと微笑む。……浅葱色の眼は、美しい硝子細工のように輝いていて、
優しく緩まった頬で、
「よろしく、………レオ」………てだけで留めるならまだしも、
「ちゃんと答えを出して、」「っ、」
「君を守れるようになるね」ふ、と耳元で囁くもんだから、びくりと肩が震えてしまって、
ユウが
「なぁぁぁにしてるんだああああ」とユウらしくもない低い声と怒鳴り声をあげて、イルに掴みかかって、
アイクが
「変態増えやがった…」と無表情のサヨリを見ながら呟いて、
シキとナミがユウを止めつつ、
イルはユウに
「あれ、ユウちゃんって、」「ちゃん付けすんな!」なんて口喧嘩をはじめて、
笑いそうになった俺、に、
「レオさん………っ!」「、」
声がかかった。子供の、高い声。覚えしかなくて、………にしては、何故か嫌だな、なんて思いはなくて。
ゆっくりと振り替える。ぎゃいぎゃい騒いでたユウ達も、ぴたりと声を止めて、一歩下がった。
道路の真ん中、かつかつ、と赤いバレーシューズのような靴を履いた足で走ってきたらしい──────リゼ。
リゼがそこに立っていた。
「……」
踵を返して、俺もそちらに向き合う。
俺よりかなり視線が低い位置にある瞳は、身長差なんて気にしないように、ぶれずにこちらを見据えていた。
「───あなたのバトルを、
…見ました」見ていました。
「………美しいと、思いました」「………」
ずっと窓の外から覗いていたのだ、彼女は。その感想に眼を見張る。
美しい、とは言われると思わなかった。
「…なんででしょうね」分からないまま、ただ抱いた感情を口にしたらしい。
…でも、ちょっと、わかる。
俺も、………イルなんかが、フィールドに踏み込んだ瞬間、美しいと、見とれてしまった。
白銀が迷わず、踏み込んだ姿が、
眩しくて、
「意思、……が、強かったから、かな」
意思の強さの、せいかな。
なぁ、リゼ。俺も………ぶれそうになるこの右眼を、揺らさず、逃さず、向けながら、足を向ける。
自ら近付いて、幾分か低いその顔を覗き込んで言った。
なぁ、リゼ。
「きみも、美しいよ」
その美しさ、強さになりうる。
「………でも、
わたしは、あなたの力になれない」「……そうだね」
美しい、リゼの意思。
俺はそれを扱うのが怖い。
イルの戦いを見て、リゼは
「わたしには、できない」と静かに、しかしそこに悔しさを滲ませて呟いた。
わたしは、どうにかしてレオを勝たせたいとおもって、だから、ほろびの歌を使ったとしたら、
その力に頼ってしまうと。
確実な道を選んでしまう、と。
ああ、
これが、弱さ。
なんとなく、俺もたぶん、リゼも、イルも、………アイクも、ユウも、みんなそれを、リゼを見て、理解をしたのかもしれない。
「……わたしは、………自分を盾にすることしか、できない」それが藁の盾だとしても、そう、選択してしまうかもしれないんだと語った上で、自分は弱いんだと。彼女の顔に、影がかかる。
…リゼがなんでわざわざ、俺らのジム戦を見に来たのかは分からないが、そこでなにか答えを見たらしい。真理とも呼べるそれ。
泣き張らしたのか、目元は赤い。俯いて、伏せた睫毛に影が含まれるのが、こわい。
傷を、負わせてしまった。
弱さと言う、現実を突き付けてしまって。
フォロー? できるほど俺は器用ではない。だけど、気休め程度なら、と、口八丁が得意だと豪語していたはずの俺が言葉を探していたのだ。
けれど、沈黙に被せたのはリゼが先で、
「だから、」桃色の瞳まで陰っていると思っていたのに、
それは眩しくて、
「強くなりますね」「………え、?」
「わたし、強くなります」面を正面から、食らった。
爽快に、思いきり振りかぶられた、刀で、
「父よりも強くなって、
それから! ───あなたを迎えに行きますね」すぱんと、はっきりと、斬られて。
「………………………………え?」
ぽかんと口を開けっぱにして、眩しすぎる光に眼が真っ白に焼け焦げたみたいだった。
「どこにいても、あなたを見つけます!」「………」
「かならず、
かならずです!」「………」
迎えに行きますね。
かならず。
見つけて、
かならず。
「………………」
それ、俺のせりふじゃないか、ふつうは………?
唖然として言うと、ぶはっと誰かが吹き出した。後ろで大笑いしてるのは誰だ。
「やだーーーっもうーーーっ! リゼちゃん俺よりいっけめぇんーーーっ!」「まじ、まじ、なの、これは、………っ」………イルと、まさかのサヨリか。ちょっと黙れ、と振り替えって文句のひとつでも言いたいところなんだけど、
ごめん、すごい同感。
えっ、え、え?と自分はなにかおかしいことを言ってしまったかと、きょろきょろするリゼの頭を、かたく撫でた。
「………きみ、」
「えっ、えっ? はい?」「………………すげーよ」
「え?」正直俺は彼女をなめていたと、今とても思う。
───いつか、
───いつかあなたに、おいつきます。
───強くなって、
───おいかけます。
───迎えにいきます。
───共に、歩みます。
───だから、
俺は本当に、彼女を、なめていたんだ。
「………リゼ」
「は、はい!」「…ありがと」
明らかに俺の負けで、こんなのらしくなくて、でも、どうしようもなく……泣きそうになったのを堪えようとして、
俺は強く、リゼを、抱き締める。
「…」
待ってる、とは言わなかったけれど、
逞しく、気高く、美しい彼女に敬意を評して、
麗誓。
きっときみは、繋がりを辿って、たどり着くのだろうか。
あの時、あの瞬間だけていいと、
───……今だけ、
───今だけ、で、いいから。
───俺に縛られて。
あの時の、希薄な繋がりだけでよかったものを、
繋げて、
きみはいつかやって来るんだろうなって、
きゅ、と俺の服を握り締めて、から、ゆっくりと離したその少女を見ながら、
背を向けて、
歩きながら、思った。
視えるはずもない、
視ようともしなかった、未来を思いながら、
思っていた。
麗しき誓いを立てる弱虫は強かで、俺は一生勝てないひとだ。
だからどうしても、苦手なんだなって。
「………ユウ、泣いてる?」
「…………いけめんすぎてないた」…サヨリが
「……きも……」と引いていたけど、そういうきみも何か思うことがあったんだろうと、俺は思うのだけど。
これからどうしよう。
苦笑しながら問えば、次の町にいくことは決定する。当然だ。
どの町に、行こう。
このヨスガシティからは、ズイタウン、それとノモセタウンに迎える道がそれぞれある。
「…ジムは、積極的に………したいよね」
ナミが真っ先に頷く。
ユウも、イルもそうで、驚いたことに、シキまでも首を縦に振った。
「………シキ、………いいの?」
何がだと、首を傾げるシキに、本欄の彼の目的を思い出しながら問う。
「…この街には、………ミズキ、さん?
いなかった、んでしょ?」
「………はい」シキの本欄の目的は、自身の主、ミズキ、というトレーナーの元への帰還だ。
ゲームでは、そのミズキというポケモンおあずかりシステムの管理人をしている彼女は、このヨスガシティに住んでいる筈だったのだが………、
先程その家に、シキの案内のもと、行っても誰もいなかったのだ。シキ曰く、実家では、と。
けど、ジム巡りなんてしていたら、時間がかかってしまうと危惧して問えば、シキはにっこり微笑んで首を振る。
「良いのですよ」「…なにが」
「良いのです。
……強くなってから、私も、………迎えに参りますから」「………?」
誰を、迎えに行くのだろうか。
主、を?
それにしては、何か、シキの見詰める………沈みかけている太陽。その眼は、苦し気だ。
なにを、孕んでる? 決意? …なにの?
更に言い募ろうとしたが、にっこり、微笑みに押し黙るあたり、こういうタイプも、俺は苦手だ。
「ここから近いジムってー…、」「………ノモセ、かな」
南下すれば、すぐそこ。
水タイプの使い手の、ジムリーダーがいるはずだし、
………ゲームの原作と、シナリオは若干狂うけど、これも致し方ないと思って、俺らの目的はそれで決定したのだった。
したのだ。
「───あら?」
見知らぬ、
………いや、
…知らぬはずの、声で、言葉で、
それらは狂わされるのだけど。
「あなたたち、
いえ、あなた」
ええ、そこの藍髪が綺麗で、空色も綺麗な、ブルーガールよ。
「あぁ、ごめんなさい、驚かせた?」
───あたしはね、
真っ黒なコート、ファーをつけて、雫のような装飾をつけて、
金髪の美女に声をかけられた、瞬間、
運命とはなんと皮肉なものか。
心のそこから毒づきたくなったのも、無理はないだろう。
───あたしはね、
───シ───
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