空契 | ナノ
49.麗しき誓いを立てる弱虫は (4/5)

     
     

カウントは、1になって、
それから………………止まった。

しん、と静まり返る。音もない。
メリッサは反応できなかったらしい。俺は知らず知らずの内に手に汗を握り締めていて、観客席に移動していた、アイク、ユウ、サヨリ、シキ、みんな、息を潜めてフィールドを見下ろして、
多分、窓の外の彼女も、


───シャドーパンチを放った筈のヨノワールは、
“逆に”“シャドーパンチを”“くらって”、
ぐらりと傾いて、


“シャドーパンチを放った”───イルが、自力で、震える脚で、どうにか、立ち上がって、



「───wonderful.」


気の抜けた声が、全てを物語った。

『〜〜…はぁ…っ』

息を深く吐いたイルは、なんとか立ち上がっていた。
ヨノワールは今のシャドーパンチで延びきっている。
つまる所、


「ヨノワール戦闘不能!」
「………」

よかったと口だけで呟く。構わず審判は声高々に宣言するのだ。


「よって勝者、
トクサネシティのレオ!」


ああ、そういえばそんな設定つけたな、とかどうでもいいことを思いながら、俺はほっと息をついた。
勝てたこと。そして、───勝たせれたこと、
カウントダウンが、一で止まったこと、

イルが諦めてなかったこと、
全てに、安堵して。



「ふっふふふー!」

バトルを終えて、ジムバッジを受け取ったのは以前通りだけど、何故かその重さが幾分か増していた気がしたのは何故だろう。
メリッサから受け取った、レリックバッジを固く握りしめながら、俺はその重さをゆっくりと噛み締めていたのだが、そのジムリーダーが意味深げににんまりと笑っていてこちらに顔を近付けていて、思わずぎょっとした。
負けたはずなのに何だか嬉しそうに「ふふふ、アタシ、わかりますヨー?」と言って、先程のバトルの展開について口を開いた。

「ほろびの歌、アレ、アタシ達、焦らす為でしょう?」

流石、ジムリーダーだ。


イルに命じた、ほろびの歌。
あれは、ヨノワールの耐久力の高さを懸念して、うった布石だ。

ヨノワールはまず一番始めに、高速移動を仕掛けた。その瞬間に悟った。
まず、高速移動で回避率を上げて、ヨノワールの素早さの低さを補い、それでも避けきれないものは、きっと覚えているだろう………“守る”の技で、で防ぐのだろうと。

そんなコンボ決められてしまえば、イルは手を出せなくなる。
ヨノワールの特性は、プレッシャーでもあるのだ。技の消費が激しくなるのは目に見えてるし、バトルポイントが尽きて手も足も出なくなる展開は、バトルが始まる前から理解していた。だから、渋ったのだけど。

イルは出たいと自ら前に出た。
だから、俺は試したのだ。
ほろびの歌という、自分も危機に陥る変わりに、相手を戦闘不能に陥らせる技。


それを使って“技を積んでる暇なんてない”と相手に思わせて、焦らす。
残りの手持ちはヨノワールだけのメリッサが勝つには、三分以内に俺側のポケモンを全員倒すということ。イル、ユウ、ナミ、を全員を倒すのだ。
メリッサは、微塵も諦めを見せていなかった。あれがジムリーダーという強さなのだろう。

折れず、勝ちだけを見据えて、数秒でイルを倒すために指示を飛ばし、ヨノワールも信じたのだ。


そういう、自らが戦わねばならない状況に追い込んで“高速移動”や“守る”の積み技を、結果的に抑え込んだのだ。


そして、そのほろびの歌はもうひとつ、役目がある。
それは───イルが諦めないか、という、確認だ。



『このほろびの歌さえ決まれば、レオちゃんの勝利は確実。
例え、俺が負けても、ユウちゃん、ナミちゃんなら確実に決められる。

…って、俺が諦めないか、どうか、てこと?』


「……」


ご名答、と肩をひょいとあげて答えると、『うっわあっぶねー』とへたれこんで彼は冷や汗をかいていた。心なしか、やべぇこの子供マジ怖い、みたいな眼を向けられている。性格悪くてゴメンナサイネ。

……けど、イルは本当によくやってくれた。

ほろびの歌を、という突然の指示に対して、彼は全く躊躇しなかったのだ。俺を信じきっていたのか、動揺もせず。
更に、彼は全く諦める気配を見せなかった。
妥協もしなかった。


自己犠牲で、俺を勝たす、なんて事、しなかった


おどろかす、からの連続攻撃を食らって耐久力のないアブソルの体は、もう殆ど体力がないはずだったのに、
レオ、と俺の名を呼んで、指示をと、求めて。


「最後の、
相手の出そうとしてる、技、
自分、先に出すという………、

“さきどり”デスネ!」


威力をあげて、相手が出そうとする技を先に出す、という、技。
難点と言えば、その技は素早さが高い方が出さねば不発する、ということだが───イルよりもヨノワールは遅く、しかも確実に仕留めるために、タイプ一致のゴーストタイプの技、シャドーパンチを放ってくるとは予想出来ていた。
そのシャドーパンチを、確実に当てるため、引き付けて、放って、
ゴーストにゴースト、
効果は抜群で、イルは勝った。のだ。


「アナタも、アナタのポケモンも!
とてもつよーい!」


負けたのにばっと両手を広げたメリッサは、とても楽しそうに舞っていた。
ヒョウタ、ナタネに聞いた通りだ、いや、それ以上だと興奮した様子で言うと「あ、」と小さく呟いて足を止めた。
そして、じぃとこちらを見ると、不思議そうな顔をして聞いてきた言葉に、俺は思わずおかしな顔をしてしまった。

「話には聞いてました、けど、
………怪我、デスカ?」

と、見詰める先は、………俺の、左眼。
俺の左眼を隠す、この、眼帯だ。

「………」
「………」
「……」
『………………』

「え、あ、………スミマセン」

俺をはじめとして、アイク、ユウ、イルが微妙な顔で沈黙した。他の者達もそうだけど“それを今聞くか”みたいな空気が漂い、ユウなんかは落ち着かない様子で俺の顔をちらちら見ている。
何とも言えぬ空気に、メリッサはいち早く自分の失言に気付くと慌てて謝ってきたが、俺は首を横に振った。悪戯に聞いてきた訳ではないだろう。

「(怪我っていう、ハンデだったら………て、気にしてるのかな)」

だとしたら、とんでもなくお節介な人だ、と思ったら笑みが少し溢れた。
別に、こんな気まずいような空気になる意味も、ないのだけどね。

「……昔」
「ハイ、」
「………昔、………ちょっと、事故に、あって」

気まずいような空気に、なる意味も、ない。
筈なのだけど、いざそう口にするのも、少し躊躇したのは───脳裏にあの光景が焼き付いていたからだろうか。

──────ぎぃ、とブレーキの音が、耳の奥にこびりついて───、
左眼が、ぎょろりと疼いた。

眼帯を抑えて短く説明したらメリッサがまた申し訳なさげに頭を下げてきて、痛むのかと聞いてきた。痛むというか、熱くなる、というのか。そんな感覚があると返すと触れようとしてきて、本当にこの人はお節介だなぁと思いつつやんわりと断った。大丈夫大丈夫。

更に、………ユウと、シキと、擬人化の姿をとって───ちょっとボロボロのイルが並んで、聞いてはいけなかったものを聞いてしまった、みたいな顔で眉を寄せていて、ナミは心配なのかそわそわしていたので、またちょっと笑った。きみ達も大分なお節介だ。
アイクとサヨリなんかとっくに背を向けて、どうでも良さげだというのに。

どんな顔をしているのか、とまでは分からなかったけど。



メリッサは、俺のこと、あとユウ、ナミ、イルの事を気に入ったらしく、このあとコンテストはどうだ、とか、どこでバトルの知識は、とか様々聞かれたが、先を急いでる、また今度、と諦めさせた。
残念な顔をされたけど、また、今度。そう念を押すと、渋々頷いた。


「まだまだ、強いトレーナーが、
たくさん、いること、忘れないで」


と言って、くるりと回って、にっこりと笑ったメリッサ。



「ひとつ、ひとつ、
強くなっていくと、いいよ」



ゲームで聞いたのと同じ台詞なのに、妙に胸に響いた。
………耳の中に残し、頭を下げて、俺らはヨスガジムを後にした。


    
   

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