空契 | ナノ
49.麗しき誓いを立てる弱虫は (3/5)

  


何故、リゼも、この青年、イルは、
何故、俺を守りたがるんだろう。




夕刻、俺らはポケモンジムに訪れた。

ヨスガジム、ジムリーダー───前髪を大きく分けて、後ろ髪が四方向に突出した紫の髪をもつ女性───メリッサさん。
彼女に挑むことになったのだ。

紫の派手なドレスをひるがえしてくるくる回りながらの、第一声、「オーホッホッホ!」の高笑いは一生忘れられないものになりそうだ。
「お待ちして、ました!」とまず言われた。どうやら、ヒョウタ、ナタネから話を聞いていてうずうずして待っていたんだとか。

「アタシ、勝ってみせます!
それがジムリーダー!」

そう誇り高く言って繰り出されたのは、フワライドだった。対するはユウ。
バトルはこうしてはじまった。三対三のシングルバトル。

「フワライド、あやしい風デース!」
「ユウ、電磁波でとめて!」

『りょっ、かい!』

ユウに、指示を出しながら、思った。


なんで戦うんだろう。

ユウは一度逃げた。逃げることができたんだ、俺から。
そのまま逃げてしまっては駄目なのだろうか。
多分、俺から逃げれば、傷付かすにすんで、死にかける事もなくて、


『レオ!』
「っ、───十万ボルト!」

大丈夫、大丈夫、迷いがあるわけではないんだ。
ただ、不思議で、もっと、他の、道も君達にあったんじゃないかって、思っていた。

───目の前を、閃光が駆け抜ける。
強烈な電撃が、フワライドに命中すると、フワライドはぷしゅうと音をたてて吹き飛んで倒れた。
本当は、最初の一手の「あやしい風」であちらは優勢に持ち込もうとしたのだろう。耐久力のない、ユウ、ピカチュウではあやしい風ひとつで、大ダメージを負う。更にあやしい風を連発して、運が良ければ“使った自身の攻撃力や防御力などの全能力が上がる”のだ。
ユウを倒してしまい、運良けば、そのまま第二ラウンド。または“バトンタッチ”で他のポケモンに能力を受け継がせたままの交代が可能。───という企みは既に読めた。その出端を挫く為の“電磁波”での“麻痺”。

麻痺で動きづらくなったフワライドに、幾度かの十万ボルト。───ユウの勝利だ。

「あららら……、やはり強い、デスネ!」
「…ね、ユウ」

ユウは、強い。生き生きと帰ってきた彼に、そう言えば、彼は嬉しそうに満面の笑みで頷く。
───彼は、この道に後悔はしていないのだろうか。

『とーぜん!』




第二ラウンドは、ゲンガーが繰り出された。
ユウは『僕まだやれるけど』とやる気だったが、ユウ以外にもやる気満々な者はいるのだ。ごめん、また今度出番をあげるから、とあっさりフワライドに勝ってしまった彼に言えば、むぅと唇を尖らせててから戻ってきた。ふて腐れるようなふりをしているが、納得はしているらしくて、清々しい顔で俺の横に来る。
士気は十二分に高い。ユウの一番槍で、更に高まったのか、傍らにいる擬人化姿でも溢れ出すナミの覇気。

瞬きひとつで、ポッタイシの姿になると、ナミは躊躇なく飛び出した。


「ナミ! 渦潮!」
「ゲンガー! 避けてあやしい光ー!」


ナミの咆哮がびりびりと空気を揺るがし、それにゲンガーが僅かに怯んだ。殺気にも似た覇気が突き刺さるのだ。びりぃ、肌裂けるような感覚。瞬間、水の渦が出現。
避けようと素早い動きを見せるゲンガーだが、逃がさないと咆哮で宣言したようだ。そして作り出した水の渦の強大さ。フィールド全てを飲み込んでしまいそうな、嵐の塊のような渦潮。

「捕まえろ!」『捕らえる!』

ばしゃん、と風船が破裂するような音が響いた。そして逃げ回っていたゲンガーを取り捕まえたのは同時。
逃げ場も無いくらいの巨大な水の檻。一瞬でフィールドの半分を覆ってしまえばもう逃げられない。潮水が辺り一面に降りかかった。潮臭さが辺りに充満する。
ゲンガーは捕らえた。逃げ出そうとシャドーボールが放たれるも、冷静に水の波動で相殺すると、ナミは冷気をまとい始めた。
そして放つのは、冷凍ビーム。


強さって何なんだろうと、ふと、思った。


何度も何度も繰り返し放たれる冷気を纏う光線。何度も何度も何度も逃げ場のないゲンガーを貫く。
噴水のように咲いていた水の檻が、パキン、と凍り付いていく。
そして、幾度かのそれの後、水───否、氷の檻は、粉々に砕けて空中に霧散した。

キラキラ輝く光のつぶての中で、とどめの冷凍ビームを放つナミ、辛うじて脱出をしたゲンガーのシャドーボール、


氷のつぶてが舞う中で、思った。
みんなの求める強さは、何なのだろうと。


──────均等な力と力の応酬に、光は溶かされ濁った煙が爆発と共に、ふたりのポケモンを包み込んだ。

「ナミ!」「ゲンガー!?」

激しい爆発に空気が揺れて、対峙する俺らもよろめきながらそれぞれのポケモンを叫ぶ。と、傍らをそれぞれ転がってきたのだ。
メリッサの傍らには、眼を回し地面に伸びるゲンガーが。俺の傍らには、こてん、とひっくり返って呻くナミが。

「わ、ナミ、」
『〜〜………っ』

大丈夫かと呼び掛けにナミは起き上がって、頭を上下に激しく振って答えた。頭を仕切りに押さえていることから、打ったのだろうが驚くほどに彼はけろりとしている。
対してゲンガーは、渦潮で毎ターン体力を削られ続けた上での、連続の冷凍ビームに、ついに倒れてしまっていた。審判が声をあげるのと同時に、ナミは小さく拳を握った。
ゲンガー、戦闘不能。ナミの勝利だ。

『………よし、っ』




相手の最後の、ポケモンは─────ヨノワールだった。
俺らの話を、ヒョウタ、ナタネから聞いているとだけあって、メリッサは一切油断も隙も見せない構えらしい。それは今の今までのバトルでよく理解したが………ここに来て、ヨノワールとは。一切予想していなかった訳ではないが、俺は眼を細める。

ヨノワールはよく鍛えられているようだ。………反射的にアイクを出したくなったのは、ダンジョンファンとしては仕方無い。流石に相性が悪いし、何と無くの手を読んでみれば、更に分も悪い。
……本人もバトルには出たがっているらしく、威圧を感じたが、今回ばかりは押さえてもらった。

………出てもらおうとは、思ってた、けど。
苦い顔を………これから俺が繰り出そうとしていた彼は、見たらしい。

『………』

けれども彼は何も言わず、彼が俺の後ろから出ていく。かつん、かつん、と足音をたてる度に白銀の艶やかな毛が揺れていた。
たった今、自ら人の姿を脱げ捨てて、その獣になった彼は悠然とフィールドに向かう。

「beautiful…」

ほぅ、とため息が向こうから聞こえた。
あかいろの───アブソルが、フィールドに降り立とうとしていた。
俺も似た感想を抱きながら、その後ろ姿に尋ねる。「行けるか」沈黙がまず返ってきた。
フィールドに降り立とうとした。しかしその一歩手前で彼は足を止める。

───レオという俺と、メリッサのバトル。見守る者は、審判と、あとはアイク達。
そして、多分、このジムの施設の───窓から、顔を覗かせている、あの子供。

全ての者の視線を浴びながら、彼は、天井を仰ぐと呟く。
どうだろうね、と。

『───強くなれば、なにか、見えてくるのかな』

さぁな。
弱い俺が答える。
あかいろは、ちょっと笑った。

『ナミだっけ、
君はなにか、見えた?』


ああ。
弱かったはずのナミが頷く。
あかいろは、苦笑して、呟いた。

『強さって、なんだろう 』


誰も、答えなかった。
あかいろは、くつくつと肩を振るわせた。だよね、と。


『まぁ、いいや』


今は、まず、君の力になろう。
目の前の壁を、乗り越えてみよう。

そう、呟いた彼はどんな顔をしたのか。
背を向けたらまま、一歩、踏み出した。



第三ラウンドは、ヨノワール───そして、あかいろの彼、の、戦い。



「ヨノワール、影分身デース!」


その時、俺はえも言われぬ重圧感を感じた。
今まで責任とか、そういうのを感じていなかった訳ではないが、重力をふと思い出したような錯覚。
ヨノワールの特性“プレッシャー”のせいだろうか。
否、そんなものが安っぽく思えるような───。つぅ、と汗が頬を伝った。
喉が途端に乾いた。かさかさな唇を開くのが、やたらスローに感じた。


「……イル」


たった、二文字の、
自分でつけたはずのその名を、呼ぶだけで。




「───ほろびの歌」





指示を出しながら、思ったんだ。



ぱん、と弾けたような気がした。空気がだ。誰しもの顔に緊迫が浮かんだ。窓の外から、あの子の気配が揺れていた。メリッサが息を飲む。誰しもが耳を疑う。
なんて、空気の中で、
イル、は、───美しく、歌った。唱った。詠った。唄った。謳った。───謡った。

まるで昔話を語るよう。詠み聞かせるよう。美しい声がホールを包む。

「───突然、ほろびの、うた、!?」
「……」
「っ、ヨノワール!」

死───ほろびのの歌を聞いた相手は、三ターン後に、瀕死状態になる。戦闘不能だ。それがゲームでの効果。この世界では───タイムリミットは、三分。

死の歌を聞いてしまったヨノワールは、シャドーパンチで襲いかかった。最初に仕掛けた影分身は不発になったらしいが、それでも構わないというようにヨノワールは勢いよく拳を振り上げた。

奏でた張本人も、瀕死状態に陥る技───。
しかし歌いあげた彼は、とても落ち着いていた、
迫る拳を前にして、彼は動かない。いや、待っているのだ。俺の指示を。声を。

「───イル!」

す、と静かに吸い込んだ空気は冷たい。

「辻斬り!」

そんな空気ごと、彼はヨノワールを、その紅色の角で迷わず斬り裂いた。



───イル。
紅を捨てようとした、イル。


彼は迷わず、ナミの「ジムバトルをしたい」という発言に賛成して、俺もと言った。強くなりたいと言った。
守りたいと言った。

何故だと問う。

何故だ。
リゼも、そうだ。何故、俺を守りたいと言うのだろう。
俺が弱いからだろうか。




───カウントが、3になった。



「イル!」
「ヨノワール! しっぺ返し!」
「もう一度、辻斬り!」
『っはあ、あああ…!』

時間に追われるように一瞬の休む間もなく、斬り合い、ぶつかり合いが展開される。「辻斬り!」俺は単純に何度も叫ぶ。攻めて攻めて攻めまくれ!と。
どくどくどくどく、急スピードの流れを表すように心臓が煩い。どくどくどくどく。皆が皆が焦った顔をする。それをまずい、と感じたようだ、メリッサは。流石と言うべきだろう。彼女はこのハイペースに事が進むこの状況に気付いたのだ。
おそらく、俺の狙いも。

「ふふふ、っ………ヨノワール! ガンバリマショ!
おどろかす!」
「!」

心底楽しそうにメリッサが叫ぶと同時に、虚をついたようにヨノワールがイルに攻撃を仕掛けた。それを、辻斬りで迎え撃とうとしたものの、先に向こうの攻撃が食らう。更に追撃を加えようとしたイルだったが、その足が止まった。───怯んだか。
追い討ちのように、ヨノワールは“かげうち”を仕掛けた。



───カウントが、2になった。



『ぐ、っ……!』
「っイル! つじぎ、っ」

「かなしばり!」
「!」

まずい、と頬がひきつる。俺の指示は読まれていたのだ。金縛りで、イルの体は凍り付いたように停止する。辻斬りも使えなくされたようで、ならばとイルは意地でなのか、ぐありと歯を剥くとヨノワールに噛み付いた。
深く突き刺さった牙。悲鳴をあげながらヨノワールはイルの頭を鷲掴むと、そのまま彼を放り投げた。
どっ、と壁に吸い込まれるように叩き付けられたイルが地面に倒れ伏した。幸い意識はあるようで、立ち上がろうと手足を動かす。だが、それだけだ。

「イルっ!」

立てないのか? イルは、震える前足でどうにか体を持ち上げようとするのみだ。
心臓が、どっど、っど、と早鐘を打つ。カウントは、2を指したまま。このままでは道連れすらも出来ない?
───違う、本当はそれにすら意味はない。

「(これは、勝たなければならない……!)」

イルを勝たせなければ、意味はないんだ。


「ヨノワール、終わらせまショ」


メリッサは、───この状況でも一切に、余裕を見せる事はしなかった。緊迫した顔で、油断もせずにこちらを見据える。強者の顔をしていた。
そしてヨノワールも、全く気を緩める事はない。隙もなく、イルに近付くと、腕を、振り上げた。



───イル、
………君は何故、俺の力になりたいと言うのだろう。
…紅から、逃げるためだろうか。

何故、支えたいとか、言ったんだろうね。


───俺は、……俺も、
───あんたの助けになりたいんだよ。


なんで、そう言ったのだろう。
俺はそれほどにまで頼りなかったのかな。弱かったからかな。
そう言った、彼も、弱虫で、こっちも怖くなる。
だからか、



『───レオっ!』



───諦めきれていないらしい、君の怒鳴り声が響いた。じんわりと、胸に突き刺さる。一瞬だけ。そう、その刹那だけ。浅葱色が俺を視た。硝子玉のように美しい。けれど───揺らがぬ意志を携えたその眼。

だからか、
俺まで、支えたいとか、思ってしまったじゃないか。




「───イル」




あぁ、
見ているかい? ───リゼ。
窓から覗いてるキミへ。


「───先取り」


キミも、これほどの覚悟があったら、………向き合えたのかなって思った俺は、


イルが、───シャドーパンチ、を、ヨノワールに放ったそれを、見ていた。





カチッ、


───カウントが、1になっ、て、


    
   

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