45.Dawn (6/6)
そして、また、レオには彼等の事は知らない。
此処までの思考回路は、ほぼ同じだ。シュウに名を与えたあの時と。
それもそうだ。
ディアルガと、パルキア。その赤眼に、哀傷と呼ぶべきそれを負っていたのが、シュウと、同じ。ならばきっと、今成すべき事も、同じだと思ったのだ。
ねぇ、
「剛牙」
ディアルガの、金剛のように美しい髪を撫で、眼を覗き込んで、名を呼ぶ。
「真牙」
パルキアの、真珠のようにきらびやかな髪をすき、眼を覗き込んで、名を呼ぶ。
贖罪?
後悔?
懺悔?
同情?
そのふたつの名を呼ぶレオの声の色は、まるで「そんなものはいらないよ」と優しく囁きかけているようだった。
息を止めて、
静かに、溢れた、金剛のような雫。真珠のような雫。
静かに、泣き崩れる彼等の姿を見て、もう一度名を呼んだ。
「剛牙、真牙」
ディアルガを、剛牙。パルキアを、真牙。と。
「………、あぁ、レオさ、ま、………っ」こく、こくと何度も頷いて、ディアルガ、剛牙は強くレオにすがりつく。抱き締める。懺悔の気持ちが、消えたわけではないけれど、
嗚呼、成る程、
真牙という名を受け取ったパルキアは、腑に落ちたように少女の髪を撫でた。
名は、この世で最も短い呪だ。
その者を定義付けるものであり、その者のもうひとつの命でもある。そして鎖。呪い(のろい)でもあり、呪い(まじない)。
「(あー、
………俺らは、これを望んでた、のか)」名を呼ばれ、すとんと、歯車が嵌まった、この感覚。───“あの恐ろしい主”から、解放された感覚だ。
そして、この無力で弱き少女に、下ったという───満悦。
誇り高き神が、こんな、少女に。それに対して、“あの恐ろしい主”を彷彿とする何かがあったものの、心地よく感じたのだ。パルキアは。
「………レオ、」勝手だろうか。
少なくとも自分は、この少女の幸せを望んでいる。きっと、自身の片割れの、美しく、きっとこれから大切にしていくだろう宝になると思われる、剛牙、と名を貰った男も、………きっと、銀髪とマフラーで顔を隠している、彼も。
そう口にすれば、彼女は良い顔をしない。そこまで歪ませた、奪った、そのきっかけを、見逃したのは、自分達。
この場に居る全員が全員、酷くもどかしいほど、不器用だった。
すまない。ごめん。ごめんなさい。何度も繰り返して腕を回す力を強めれば、レオは薄く微笑んだ。
「俺は、大丈夫」
根拠もないその台詞をもう一度言って、微笑む。安心などできやしないで、寧ろそれは剛牙と真牙、シュウまでもの心に荒い波を立てる。
それでも構わず、少女は言う。立ち上がる。腕を彼等から離して。
「俺は………あいつの為なら、なんでもできるんだ」
もとの世界に居る、親友───レイの為ならばと言った彼女を見上げる。大空をバックに、掠れそうな消えそうな笑みで見下ろすのだ。
レオは、親友の為に、歩もうとしている。
「変わらなくちゃ」
進まねばならない。
その契機が、アース。
アースを、
止める為、帰る為、強くならなければならない。歩まなければならない。その為には前だけではなく、後ろも確認しなければならないのだと解している。
「ねぇ、
だから、教えて」
進むために、知らなければならないこと。
これだけは、まず、知らなければ、
「アースは、誰……?」
どくん、
どちらともなく、誰かともなく、緊迫で目の前が揺らぐ。唾を飲む音が空の下で小さく落ちる。
確信に近いものを抱いた問いは、震えていたかもしれない。
しかし、しっかりと、裸足で危ういながらも立って、寒空の下、風に晒されながら───答えを待った。
真実がどれだけ残酷なのか。
受け止める事は出来ないかもしれない。
怖い。
だけど、───脳裏をよぎるのが、あの優しい少女の笑顔で、
「エンは、………アース、は、」
あの少女の為ならば、
きっと自分は───エンすらも、
「───、
エン、は───、」───、
──────、
きっと、
エン、すら、
ひゅぅ、ひゅぅ、と冷たい風が、凪いていた。
「っ………ほんと、に、
よかった、のか、ぁ………?
これで、ほんと、ぅ、に……」「……望んだのだから、………良いんだろ」「知らない方が、きっと、あいつは………っ、
思い出さない方が、あいつ、は………!」「………だから、
……あんた達は、まだ、黙ってる事がある、だろ」「…ダーク、………いや、シュウ、だったか」「………」「まさか、貴様がレオ様に下っているとはな。
…裏切ったのか。“主”を」「……お互い様だ」「下ったとしても、
………俺も、てめぇも、………あいつを救えないんだろぉ」「…運命、か」「……いっそ、
殺してやった方が、あいつの為なんじゃねぇのかぁ」「………パルキア」「“真牙”だぁ。
………分かってる。…………んなこと、できるか」レオという少女が消えた、屋上で、
さんにんの男たちは願う。
どうか、無知であれと。
そして恨む。
歪みを、
自分達の無力さを、
ひゅぅ、ひゅぅ、と冷たい風が、凪いていた。
「───── 、…」
冷たい風が、窓をノックしていた。それで、気が付けば眼を醒ましたらしい。
親友の名を、呟きながら、ゆるゆると瞼を開ければ、まだほの暗く灰色のような天井が眼に入る。
夢から目覚めたようだ。あの─────悪夢と呼べる、夢から。
風音に導かれるように視線を向けると、かたかたと風で揺れる窓。まだ、暗い。けれど夜ほどの闇の重さは感じられず、レオは重い身体を、被っていた布団から引っ張り出してベットから這い出た。ひやりと裸足でフローリングに着地する。
重い、重い、想い、頭が、様々な感情で、埋め尽くされている。だからかぼんやりする脳のまま、無闇に窓に触れ鍵を開くとぶわりと強い風が一気に隙間から吹き込んできた。
夢とは違う、当然刺すように冷たい風がキャミソールのみの身体を冷やしていく。藍色の、所詮作り物の髪を乱す。それでも構わない。構わずに、レオはその窓を一気に外へと開け放った。
激しい音を立てて風が、風が、吹き抜け、吹き抜け、吹き抜け、室内を荒らしていく。寝具が、時計が、吹かれ揺れる。
レオの右眼は、ただ真っ直ぐ、空な色を宿して、見詰める。
──────暗がりの空を、照らし出す、東からの光。
暁に照らされ、微かに煌めく───テンガン山。
「……… 」
かすれた声で、呼んだ。
親友の名を。
あの少女の名ではなく──────レオに世界を教えてくれた、あの、男の、名。
朝焼けの空を、見詰めていた。
ぼんやりと、ひとりで、
見詰めていた。
胸元で、朝焼けの光を反射させながら、風で激しく揺らされる笛のペンダント。
これを与えてくてた、彼は、
エンは、
────
エンと、アースは───、夜が、明けた。
さぁ、
Dawn────
エンと、アースは───、──────
同一の存在です。進まなければならない。
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