空契 | ナノ
45.Dawn (4/6)

       
    

顔も見たくはないと思っていたのだ。エンという男の。
エンという男が、レオは嫌いだと言った。実際そんな感情があった。
確かに、あったのだ。

───そして、一生、その顔を見ることも、声を聞くことも、ないと思っていたのに、

「笛だって、」

あの、緑の笛だって、
二度と見ることはないと思っていたのに、


何故、姿を見せたのだ何故現れたのだ何故声を響かせ何故何故何故、

何故、
なんで、いまさら。小さな声が、地面に落ちた。

「レオ………、………」
「…そうですね」

小刻みに震えた肩を見詰めたパルキアが耐え兼ね声を上げる。それをディアルガが遮り、眼を閉じた。


「我等は、貴女様を騙しました」
「っ………!」


はっと眼を見開いてディアルガを見た。パルキアが焦ったように声を上げる。それはあまりにも赤裸々すぎると。しかし構わずディアルガは続けた。「こう言えば、貴女様は満足ですか」と。

「…なに………、」
「貴女様は、何が知りたいんですか。
我等が、貴女様を騙したという事実ですか。
………ああ、そうだ。

我等は、貴女様の過去を知った上で、この世界を救ってくれと、
あのアースを止めてくれと、言いました。
騙していたと言う事と何も相違無い」


そこまでパルキアの上がっていた制止の声も、止まった。全て事実である。このディアルガの言葉の数々は。
だから、何だと、唸るように言ったディアルガに、レオはびくりと肩を跳ねさせた。

「貴女様は、どうするというのだ。
今まで“そんな存在”を突き放し、自ら捨て、記憶からをも抹消し、前のみしか見続けて来なかった“貴様”が、
どうするというんですか」

「───、」

「我等が黙っていても、話していたとしても、以前の貴様は聞く耳を持たない。
聞きたくないと喚くだろう。赤子のように」


誰も否定の声を挙げない、庇えきれぬ、正論、的確な言葉にレオは息を止める。凍り付いたように固まり揺らぐ。風が吹く。風が吹く。

「そうだろう、レオサマ」

風が吹く。
冷えきった声が吹き付ける。

「“この世界の事”など“知らない”んだろう」
「………」
「何も知らずに生きようとしている貴様は、真実を受け入れられるのか」

───アースが、誰なのか。

───アースが、エンだとして、
───エンが、アースだとして、
───お前はどうするつもりなのか。

投げ付けられ刺さった言葉は、レオの頭を揺さぶる。
その指摘通りなのだ。ディアルガの、通りでしかない。

アースが誰なのか。
その答えを知って、レオはどうすべきなのか。
全てを棄てた少女は、何がしたいのか。何を成すのか。
───レオは答えれない。

「………、………おれ………は………」

「…例え、どんな真実でも、貴女様は成さなければならないんですよ」

言い淀む少女に、一息吐くとディアルガは声を僅かに潜める。
赤目がレオを写す。顔を強張らせたレオを。そしてその顔は更に歪む。

「言いましたよね。
“元の世界に帰れるとしたら”と」

「…!」
「貴女様は、何がなんでも、
何を犠牲にしても、帰らなければならない理由がありますよね?」

「………っ、つまり、」

先程のような追い詰める、追い上げるような荒々しい感情は淡々となっていた。それでも寧ろレオの顔色は悪くなる一方で、
パルキアが声をかける。その前に、ディアルガが行動に移した。───青い、金剛のような煌めきを見せる髪をふわりと浮かせた。
膝を、ついた。


「───レオ様、
どうか、この世界を救ってください」



跪いて、頭を垂れたディアルガは、言う。レオを追い詰める言葉を。

「アースを止めてください。
成すのならば、
我等が貴女様を帰しましょう」


元の世界へと。
少女を待つ、あの小さな親友の元へと。
どくん、と、震えが走った。

「………っ……勝手に人を呼んどいて、それか。それは割りに合わない」
「それでも、貴女様はやるしかない」

切り返しに対しての冷静な言葉に、何も反論の言葉は出てこなかった。そう、レオはやるしかない。親友のため。
どんなに無茶な取り引きだとしても、どんな不可能な事でも、レオはやるだろう。その親友の少女の為ならば。それを本人も、ディアルガも、傍観へと立ち竦むふたりの男も知っていた。

元の世界へ。
それは、この世界にやってきてからずっと願い続けていた事だ。
希望の光にすら感じる。

けれども──────レオは知っている。そこにとんでもないリスクがあると。

「(この世界を救うということは、)」

アースを止める、ということ。
そこにある、とある“リスク”を、レオは知っていた。
きっと、この場にいる………全員が。

それでも尚、ディアルガは続ける。同情、そのみっともないような感情は押し殺され、続けるのだ。
「貴女様は選ぶ権利などない」と。
「逃げてばかりいた貴女様にはその権利などない」と。
無慈悲な、理不尽な言い分。なんでと叫びたい怒鳴りたい。レオは口を開いて、だが白い息が漏れるだけだ。
返す言葉など、あるわけがない。

「…成してください。
この世界を、救ってください」


それが、違う世界で待つ、親友の為にと、
結果的に繋がるのなら、

「アースを、
止めてください」


───成さなければ、ならない、の、だろう、か。

今度こそ、レオは否定も拒絶も出来ずに、長い沈黙を守ると、
小さく、頷いた。



レオの残された道は、それしかない、の、だろうか。




   
   

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