空契 | ナノ
41.With you forever (4/4)

         
   

熱い、熱い、吐息、
熱い、熱い、指先、
熱が、紅から伝染する。
熱に浮かされたようにぼんやりする頭で──────ちろりと、唇───の、真横、を、滑る熱を認識していた。
していた、けど、それが何なのか、なんでこんなに、紅が近いのか、なんで、こんな、に、吐息が、あつくて、かかって、こんな、えっと、あれ、なん、

…………え?
え?
え、
え…………、

「…」
「ん……ついてたよ?」

ケーキのクリーム。
────と、そのクリームをつけた舌を出しながら、紅は離れてにひるに笑う。
そしてぽかんと固まっていた俺はようやく気付いた。
俺は紅に、舐められたのだ。
文字通り、舌で、唇に触れそうな頬についた、クリームを、いや、頬を、
舐め、とられ、た。
ぬるり、とした、感覚。
それが頬(と言っていいのか唇と言っていいのか)(その、中間)を、なぞるように、這っ───、

「………っ……てん、めぇーーーー!? 急になに、なっ、なぁーーーーっ!?」
「わっ、女の子がてめぇ、はないよレオちゃん?」
「うるせぇえええええてめえどういうつもりじゃゴラァアアア」

握られっぱなしだった手でぐわしっと胸ぐらを掴み上げ、ぐらぐらと揺らしまくる。
顔はきっと真っ青で鬼の形相だろうな、なんて思ってる暇なんてなくぐらぐらぐらぐらぐらガシガシ。ふざけんなチクショー!

「ちょ、落ち着いて落ち着いて、クリームついてたんだってば」
「ふざけんな言えよ自分で取れたわばぁあかぁああ」
「もー照れなくてもいいのにー」
「はっ!? 誰が照れて、」

照れるどころか意味がわからなすぎて混乱してんだよこの変態がぁぁぁぁ…!

「…そんな真っ赤な顔で言われてもなぁ……」
「あぁ!?」
「あー、ごめんって、カレシなんだからイイかなって思ったの思ったの」
「カレ……いや、店員に言われたセリフ覚えてるか!?」

“ご兄妹で仲が宜しいのですね”だぞ?
顔も髪色も似てないのに兄妹扱いだというのに。

「それはおんぶしてたからでしょーって。
……今、周りは兄妹なんて微塵も思ってないみたいだけどねぇ〜」
「…!」

機嫌良く語尾を上げ、ちらりと背後に視線を流す彼に誘導されるようにして俺はやっと気付いた。ざわざわと人の声である。
「いやぁん、あついカップルー!」「バカップルね…」「あの男の人イケメンだわぁ…」「おい、あんまガン見すんなよ」「いいじゃない」「いちゃいちゃして」「堂々と」「キスしたぞ」「舐めたわ」「照れてるわね」「デート」…汗が流れてきた。じわじわと汗が流れてきた。だらだらと滝のように汗が流れてきた。やばい。これは、やばい。今まで噂なんてなんとも思ってこなかった、が、こんな、予想外すぎるものに対しての、は、その、うわ、うわ、うわぁぁ……っ、

顔を抑えて縮こまる。
ちょっと、本当に勘弁してくれ

「〜〜出るぞ! 今すぐ! ここ!」
「え〜…まだケーキ残ってるよ〜?」
「うっさい確信犯!」
「えー、なんのことー?」
「…………っ」
「わぁあごめんごめんウソウソだから椅子投げようとするのはやめよーね!」

やっぱり確信犯じゃねぇか!
だぁんっと一度は持ち上げた椅子を叩き付け(紅にと言いたいところだが、床に)て、俺は紅に宥められつつ店を出た。余ったケーキ達……には、とりあえず※よいこはマネしないでください、のプレートを立て掛けとけば………持っている筈もなくてですね。
タッパーがあれば入れて…………持っている筈もなくてですね。

後ろ髪を引かれる思いはありつつも、あの生暖かい眼(まなこ)突き刺さる空間で、のんびり食事をするのは無理である。絶対。

店を慌てて飛び出せば、既に陽が傾いていて夜空が少し足を踏み入れかけれている午後四時過ぎ。
ひゅるりと冷たい風を、火照ったみたいな頬に馴染ませながら早歩きで大通りを歩いた。へらりと笑う、紅は長くすらりとした脚で隣りを歩く。

「ねっ、つーぎはどこいく?」

腰に手を伸ばしてきながらそっと耳元で「ホテルで休憩、とか?」と囁く姿からして…………なるほどこいつまだ反省してないな。
それともお遊びなのか、確信犯なのか……ともかく、ぐっと肘鉄を横腹にめり込ませながら、念のため伝えておく。俺は12歳だからなゴラ。「え、詐欺?」…もう一発殴ってみたら受け止められ、指を絡ませられ握られる。
恋人繋ぎなんだろう。これは。このまま、彼はどこかへ更に繰り出そうとしているらしく、はぁ、と溜め息を俺はつく。

「…別に、
………あんたのオススメの場所で」

勿論やましい所は無しである。普通に考えて普通に。そして本当に俺は12歳の子供だ!と訴えれば、紅は少し肩を下げて残念そうな「えぇ、詐欺だ……17歳くらいかと思ったのに…」という呟きが聞こえた。誰も詐欺ってはいない。
でも、また直ぐに彼は立て直すようにへにゃりと笑う。

「んじゃ、俺の知り合いに会わせてあげよーかなー」
「知り合い……?」
「そっ、チビちゃんたち」
「チビ…?」
「かぁーわいーからきっとレオちゃんも気に入るよ?」

だから、さぁ、行こう。遊びに。
くいっと手を引かれ、誘われる。
ぐらり、よろけた瞬間、またあのブレスレットが、それと、ペンダントが、音を立てた。

どこか遠くに聞きながら、俺は紅に、誘われるがまま…………歩き続けた。

───デートはまだまだ終わらないらしい。






With you forever





(そう信じて目を逸らす)
(だから、いつも気付けない)(運命の、歪みに)

(今日も、また、)


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