空契 | ナノ
41.With you forever (3/4)

    
    


最初から分かっていたのだろう。

“絶対”なんて約束を信じていても、叶わないと。




口の中に甘い味が広がる。どうでも良さげに味わう。
紅が進めてきた苺のショートケーキと苺のタルト。
どうやら彼は苺が好きなようで、何だかとても似合うなと笑えば、紅も「でしょー?」と嬉しそうに笑った。

レオちゃんは何が好き?と聞かれて少し思案する。俺の好きなもの。フルーツは全般的に好きだ。ドラゴンフルーツ、あれ、一度食べた事あるけどおいしいよ。そう答えれば───どうやらこの世界にもドラゴンフルーツはあるらしく「あーヤタピの実みたいなやつだっけ? けど無味じゃないあれ」と怪訝そうな顔。
あー、黄色のドラゴンフルーツ、あれは美味しいんだ。多分、紅が食べたのはそうじゃない方かな。「へぇ、詳しいんだ」いや……友人が。「ああ、エン?さん?ユカリさん?」…ユカリの方。「ふーん。でもドラゴンフルーツなんてマイナーだねぇ。ヤタピの実も中々珍しいけど」
……きのみかぁ。ゲンさんがくれたきのみがおいしかったな。「ゲンサン?」鋼鉄島にいる知り合い。「鋼鉄島? そりゃまた随分辺鄙な……あそこ無人島じゃないの?」いや、そのゲンさんとルカリオが住んでた。で、おいしいきのみ食った。「あそこのきのみは美味しいとは聞いたことはあるけど、本当なんだ。是非料理に使いたい」料理、すんの?「一応」

それからケーキをつつきながら紅はひとつひとつ解説していった。このケーキに含まれているきのみとか、その効果とか。頬杖をついてデザートを食べ、甘いジュースを飲む。目の前の青年は楽しそうにきのみを語る、俺も聞いていてあれを作ろうとかこれは食べてみたいとか、思う。

紅の話術も巧みで、たまに「ちょっとした好奇心で苦いきのみと辛いきのみを交ぜてポフィンにしてみたら凄く……武器になった」なんて自身の小さなミス何てものを会話に盛り込んだりして笑いを誘ったり。武器ってなんだ。
曰く「外国のきのみ……トウガの実とヤゴの実っていうのを珍しく手に入ってさぁ……調子に乗って交ぜてみたら、とんでもなく…こう…うん」歯切れが悪い。更に追求すれば、「試しにとりあえず襲ってきたポケモンに投げつけてみたら、号泣して失神しちゃってなんか申し訳なくなった」らしい。
どんな武器だ。「目に汁が入っただけでやばかった」だからどんな武器だ。

「あれから色々改良して、催涙玉なんて作ったんだけど、どう?」
「本当にただの武器じゃんそれ!?」

いや、どう? じゃねぇよ。そのきのみの名は初耳だったけど、紅がひょいっとズボンのポケットから取り出した小さな玉。手のひらサイズ。色は赤と緑が奇妙に交ざっていて………それとんでもない物なんじゃ。

「ほら、最近物騒だし?」
「あんたがな」
「この街もなぁーんか前と雰囲気違うしー、
いやぁ怖いよね」
「いや、あんたがな」

怖いよね〜とか言いながら紅は、ぐいっとテーブルに身を乗り出すと俺の手を掴む。あ、ちょ、こら、いらんいらん。しかし、まだテーブルにデザートが乗ってる手前、下手に暴れる事もできず、その催涙玉とやらを握らされた。…あの、本当にいらないんですけど。

「まぁまぁ、そんな嫌な顔しないでしないで。
ついでに、これもオマケでつけるから」
「まだ物騒なもん持ってんの!?」

こいついくら一人旅してるとは言っても物騒すぎるしお前一応ポケモンだろうと突っ込みたいのだが……。じと眼になった俺の手は握られたままで、かしゃり、紅が何かを俺の手に握らせる。
しゃらりと固い音をたてるそれは、冷たく俺の手の中にある。────見れば、紅色と空色の丸い石と、他に静かな色の小さな石で作られた、ブレスレットだった。
かしゃり、揺らしながら俺はきょとんと眼を丸めた。

「…………腕輪?」
「ぶっ…。
い、いや、間違ってなくはないけど今の話の流れでそれは……普通にブレスレットでいいでしょ?」
「…………この石を投げたら爆発したり?」
「しなーいよ!? ただのパワーストーンだよ!?」

レオちゃんは俺をどう思ってるの!?と掴まれたままの手をぶんぶん振られた。その度にかしゃかしゃとブレスレットが音をたてる。どつ思ってるのってそりゃ物騒な……、

「え? 武器じゃないの?」
「…………」

だから俺をなんだと。そんなひきつり笑いの眼で見られて肩を竦める。
いや、だって話の流れ的にな。

「隠し機能とか無くてゴメンナサイネ。
………ただのブレスレット。さっき買ったの」
「いつの間に……」

手をすっと離されて、俺は近付いてマジマジと見詰めた。石と聞いて条件反射であの御曹子の顔が浮かぶ辺り俺も過剰反応のしすぎである。
でも、彼ならこの石の名前くらい分かるだろうと思いながら、この綺麗で可愛いブレスレットと紅を見比べた。彼はペンダントやらピアス、指輪、これとは違うブレスレットで飾り立てているが、どれもセンスが良い。そして、このブレスレットも。

しかし“さっき買った”なんて言われてピンと来なかった。ほぼこいつは俺を背負って歩いていたし、その後もずっと俺の手を繋いだりしてピッタリだったというのに。

「迷子にならないか心配だったからピッタリしてたの」「迷子って」「レオちゃんふらふらしてて怖いんだもん」「…」
「でも、そうやって一緒に回りながらいいもの見付けて、
で、
ぽんっとレジにお金と置いて、女の子の店員さんだったからウィンクついでにアイコンタクトして、」「ウィンクついでに」「…アイコンタクトついでにウィンクして!」
「で、ぱっと!」
「ぱっと」
「受け取って! 今にいたる!
どぉ? 完璧だったでしょ!」
「…なんでそんな…………密輸入?」
「えっなにが?」

いや、こそこそして奇妙だったから。「人を犯罪者のように…」いや、冗談。

「……プレゼント?」と聞けば、紅は軽く溜め息をつくと頬杖をついて、むぅと片頬を膨らませながら頷いた。「そうだよ。…デートの記念」と。それは怒ったような様子というより、罰の悪そうな顔である。
そうやってコロコロ表情が変わっていく彼を見るのが、少し楽しいと思ったせいなのか、何故か俺の頬はふるりと笑んだ。

「…ありがと」

三日月のチャームがついたそのブレスレットから、紅に視線を移せば、彼は少し眼を丸めていた
その反応がなんだが気恥ずかしくて、誤魔化そうと眉を下げて、また笑った。

「ありがと」

ありがとう。
冷たいと感じていた筈の石が、あたたかく感じて、握り締め俺は二、三回、繰り返す。ありがとうと。


しゃらん、と、ブレスレットと同時に、笛のペンダントが音を立てた気がした。


「───ん」

紅は眼を細めてふんわり、一番綺麗に微笑んだ。そう、綺麗だった。ふわふわり、ゆらゆら、揺れるような不安定な俺の笑みとは違う、もっと、柔らかく───、
掴み所のない、その表情───眼。すると、立ち上がりながら椅子をこっちへとずりずり寄せてくる。反射的にこちらも椅子と共にずりずりと逃げようとしたら必死に止められた。「ちょっいいからそんな不審そうな顔しなくていいからね!?」
……そんな顔をしていたのか俺は。また、くすくすと笑ってなんだよと応じた。意地悪。呟いた紅が俺に手を伸ばして聞いた。

「そんな意地悪だとつけてあげないよー?」

意地悪の仕返しなんだろうけど、そう言いながらも「レオちゃんもしかしなくても両利き? じゃ、普段使ってない方の手はどっち?」と聞いてくる辺り、それ失敗してるぞ。因みに、俺は彼の指摘の通り両利きである。右も左も違和感なく使えてる様子をしっかり見ていたのだろうけど、本当に目敏い。

彼の観察力に舌を巻きながら「両利きだけど、左の方がなにかと使ってる」と答えと、紅はブレスレットを右手につけてくれた。そのブレスレットはゴムのようなものではなく、丈夫そうな紐で、彼は落ちないように、でもきつすぎないようにと調節しながらぎゅっと器用に結ぶ。
ほら、と離されたブレスレットはきっちりと、俺の手首にぶら下がっている。

───手を天井に掲げるように、挙げて、店内のライトに翳せばキラキラと輝いて見えたのは、その石達か、それとも───記憶か───、



例えば、デートと称して、エンが俺を海に連れ出したあの日。
例えば、エン、ユカリ、そして、レイと過ごしたなんでもないあの日々。

例えば───“俺らの記し”として、“親友の記し”として、
“絶対”“守る”なんて、約束。



今となっては、果たされる事ない───儚い約束、
空しいだけの、約束となってしまったけれど、

その約束が果たされる事ない。
それでも、良かったのだと───俺は、もう、乗り越えた、はず、だったのに。



「(───乗り越えれるほど、俺は、強くなかったんだ)」

戻れない日々、輝かしい過去、……叶わない約束。
戻れないけど、確かに俺の中に秘めているそれが恋しくて、あると、いつまでも前に進めないから。

「(そう、だから、俺は、)」

記憶も、痛みも、なにもかも───忘れようとして、
多分、今もまだ忘れようと心に突っ込んだままのそれはあるのだろう。
覚えているけど、忘れたふりをしているもの…。

ああ、覚えているのが、重い。
輝きが、眩しい。眼を細めて、闇を求める。
───眼を、閉じようとした、その最中、

「レオちゃん」
「………、」

名を呼ばれはっと我に返った。ちゃらりと動揺が音に表れたみたいに、ブレスレットの石同士が擦れた音と、ペンダントの金属音が響く。
やばい、今、少し飛ばしてたかもしれない。紅に変な顔されていないかと、そわりとしながら慌てて腕を下ろして声の方を見るが、彼はへらへらした笑みを浮かべていた。───さっきの───真剣で、低かった声の、割りには。

「言おうか迷ってたんだけどね?」
「え…」

低かった、声は笑い混じりのもので、それが急激に近くなる。
ブレスレットをした手を優しく握られ、引き寄せられたのと同時だ。

───浅葱色の眼が、迫る、閉じられ、閉じた瞼、白い睫毛、薄い唇からちろりとのぞく赤色の舌、

ふ、と、顔に、熱い息がかかっ、て、

「──────?」

気が付いた時には、

顔と顔が重なり、
吐き出された二酸化炭素が、混ざり合い、溶けて、

「────、──、……、ぇ」

俺はじんわりと、熱を───感じ、た。


    
    

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