空契 | ナノ
40.predestined encounter (5/5)

    
    

結論から言えば、完食は無理でした。


「なんだよ……お前大食いとかじゃないの……」
「あはは、悪いね。平均なんだー」
「…………」

次々と出された料理を喉奥へと突っ込めたのは四品が限界で、紅は五品食べた。だがそれまで。
俺はげんなりとして、紅は仕方ない仕方ないと笑いながらあの店を退出した。何が仕方ないのか……結局大半以上は残してしまってとても申し訳ないと感じてしまう。
よいこの皆さんは真似しないでください、なんてテロップを出したくなるレベルである。

しかも、だ。

「いいじゃん、どうせ俺の金なんだからね?」
「…払うって言ったのに……」

満足げに笑う紅。額を抑える俺。
結局あれらのおそろしい料理の数々を紅ひとりが会計を済ませたのだ。俺も払うと言ったのだが「え? だってレオちゃんどう見ても手ぶらじゃん?」と返されてあっさり論破された。……忘れていた。荷物は全部ポケモンセンターだ。

今俺は起きたままの時の服と、黒コートのみの格好で持ち物などない。いや、黒コートのポケットにポケギアが入っていた。長らく起動さえしていなかったポケギアである。そして裸足のままだったから、また紅に横抱きにされそうになった。やめてくれと拒否したらおんぶに変えられたがどの道、目立つものは目立つ。
街を再び歩き始めてから、先程からやはり視線が痛いもので、俺は縮こまって紅のファーがついた真っ白なコートに顔を埋めながら、ぽつりと呟いた。「……ゴチソウサマ」「うん、どいたま!」嬉しそうな声が聞こえた。

「……あとで返すから」
「いーのいーの。ああいう場面で金を出せるのがかっこいーんだからね、男ってのは」
「………」

よくわからない理屈だ。
…………いや、正直な所わかる。ユカリに散々教えられたからだ。女の子とは、尊重し、優しくするものであると。だから奢るのは分かるし、けど自分がされるというのは如何せん心地が悪いものだ。
なんだか自分のペースに乗れずに罰が悪くなってくるが、少しずつ余裕は取り戻しつつあることに気付いた。少しずつ、少しずつだが、頭の中が収まっていく。だが「…どこに向かってる?」という問いに対して「君が居たびょーいんね」と返された言葉にぴたりとその余裕はフリーズする。

「…………や、
………待って」
「ん? …ぐぇっ」

慌ててブレーキをかけようと取った行動は腕を“首に回す”である。結果的にかなり絞まった。よいこの皆さんは真似しないでください、だ本当に。
あ、ごめんと悲鳴を上げて軽く仰け反った彼に謝りつつも首を振る。

「その、だめ。
まだ、戻りたくない」
「えぇ……病院に?」

正しくはポケモンセンターに、だけど。

「ごめん、むり。
………まだ、いい」
「まだったって………、
なぁに、そのエン?とかひと達とケンカでもしたの?」

エン、ケンカ。
思わずぐっと息を止める。……それが理由で、あのポケモンセンターに戻りたくない訳ではなく、ただあの手持ちたちに会いたくなかっただけだったが───二年前の事を思い出すのだ。
そう、俺は、彼らと、けんかをして…………、

───はぁ、と溜め息が前から聞こえた。

「んもー…………仕方ないなぁ」
「……そのへんで、おろしていいから」
「バカ。女の子ほっといて行けるわけないでしょってばー」
「……いいから」
「よくないよくない」
「………ひまじゃないだろ」
「おあいにく様、暇なんだよねー」
「…」

…………やっぱりお節介だ。
呟けば、くすくすと笑い声と共に「さぁねー」と機嫌の良さげな声。
なんだか一本取られた気がして、米神を抑えながら俺は仕方なしに訪ねた。

「……なにする気」

青年は、紅は、
ばさりと真っ白なコートを靡かせて、髪を揺らして、
声高だかに言い放つ。


「でーぇーと!」





predestined encounter




そのふたりの出逢い。
それは運命。歪んだ運命とは。
露知らず。




(俺はしかたないなと微かに下手くそに笑った)

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