空契 | ナノ
38.On my way home, (4/6)

    
     
  

こうして時間なんて忘れて、ずっとこの騒がしい空間にいた。
世界にこの四人だけ
俺らだけ。そんな余韻にずっと浸っていたかった。



「───それでね! レオったら、また授業サボったのよ!」
「うわ、わわわ! レイそれ秘密だって……!」

「ほーぉ………てめぇ、また寝たのか? あぁ?」
「エンちゃんエンちゃん、すげぇチンピラ。レオちゃんが怯えちゃうから、俺も怖いから」

「うううぅ………い、いいじゃん別に! 成績落ちてねーし! 寧ろ上がってんだから!」
「そりゃてめぇ、この俺が直々に勉強を教えてやってんだ。
学年トップの俺がだぞ? 当たり前だろ。寧ろてめぇも学年トップにならねぇと可笑しいんだぞ、オイレオてめぇ」
「う………っ、お、お前とは脳の作りがちげーの!」

「それはあたしも同感よ! あたしもユカリもエンから教えられてるのに………学年トップなんて夢のまた夢よー」
「しゃーねーよ、レオ、レイ。エンちゃんはチートだから」
「誰がズルか、この馬鹿ユカリ」
「いだだだだ! 本気でズルしてるなんて思ってねーよいだだだだだだだー!」
「エン、ストップストップ。それ以上やるとユカリの毛が抜けるハゲる」
「ボウズになったユカリなんて見たくもないよー」
「レイ地味にヒドイ!」


「な! 俺さ、
海……今度こそみんなで行きてー」
「海! いいねレオ! レイも行きたい!」

「あー、レオとエンは抜け駆けデートしたんだよなぁ…………くっ、ズリィぜ!」

「またバイク乗るか?」
「それはパス。
二度とバイクなんて乗るか!」
「……レオとエン、二人乗りしたんだっけ?」
「で、事故った、と」

「頭打ったんだからな! もうエンは一生恨んでやる!」

「へーへー悪かったなぁ。でも悪ィのは向こうの車だぜ」
「それでも二度とバイクなんて乗らん!」


「あ! あたしね! 夏祭りも行きたい!」
「おお、いいね。まだみんなで行ったことなかったな」

「…………人混み」

「我慢しろってエン〜。俺は美女を探さねぇと……」
「ユカリスケベ変態」
「ユカリサイテー」
「おい! レオ、レイ! やめろその眼!」

「いいぞもっとやれ」
「エーンー!」


歌い尽くしてカラオケから出て、その後当たり前のようにみんなで遊び続けた。
ゲームセンターに行ったり、ショッピングモールに行ったり、自由だった。制限されることもない。
そこには、決められた時間も空間もなくて、ただただ、自分達の世界が広がるのだ。

茜色の記憶、茜色の世界、茜色の空の下、
変わらない色、
色褪せやしない色、


そこにいつまでも、みんなと一緒に居るものだと、思っていた。

信じていた。


「───あ、れ……?」

………俺は茜色の道を振り替えった。
住宅街。都心から少し離れた低い家ばかりが並んでいて、そこに建つ電柱と電線。それらが真っ赤に染まる大空をバックに黒く染まっていた。
いつまでも茜色の空。陰って暗い道。
少し肩が震えて、俺は咄嗟に視線を後ろから前へとずらした。それでも暗い道には、エンが立っている。

「どうした」
「……れ、い………レイ、と、ユカリ、は?」

後ろにも前にもいない。あれ、いつから、彼らは消えてしまった?
ふとした瞬間に、彼らの姿が認められなくなってしまった。ぞくり、あの明るい声たちが聞こえないだけで、途端に茜色が闇に覆われるような感覚がした。
行方を問えば「さぁ、帰ったんじゃね」とエンはかったるそうに呟いて歩みを進めた。俺も慌ててエンの後を追って、隣に並ぶ。
彼らが帰ったとして、ならどうしてエンは一緒に居るんだと問えば「方向が一緒なんだから当たり前だろ、馬鹿」と悪態つきで返ってきて、ああ、そうかと頷いた。

そのまま無言で、こつ、こつ、こつ、歩く彼。とて、とて、とて、置いていかれないように小走りで走る俺。並べば分かる身長差。どんなに背をぴんの伸ばしても届く筈はない。
ちらりと見上げた。
光の反射で、表情までは見えない横顔がそこにある。

「………、…、」

エン、
その名前を言葉にする。それを躊躇した。開いた口を閉じて、開いて、また、閉じ、て。
こつり、こつり、こつりと足をならして前を歩く、彼にせめてもと伸ばした自分の手は、どうしてか震えていた。
………どうして? 訳が分からず、どうするべきかも分からず、手をさ迷わせていた。


「レオ」


びくりと手が震えた。眼を見張って慌てて手を引っ込めて落とした視線を上げた。
こつん、そいつは足を止めず、僅かに視線をこちらに向けた。眩しい光の中で見えないはずなのに、その眼、鋭く、硝子の破片のような、鏡のような眼が、俺を視ていた。

「てめぇ、なんかくだんねェ夢でも見たのか」
「っ、なん、」

思わず声を上げてしまえば、彼は図星かと笑う。

「悪夢か? ……どんな夢だったか当ててやろうか?」
「い、いい!」
「理不尽な夢だった?」
「やめろってば!」

いいと言っているのに彼は不敵に微笑んだまま、俺の眼を覗き込んだ。
茜色の光の隙間、眼鏡の隙間から、その茶色の眼が俺を睨んだ瞬間、俺の体は反射的に止まる。汗が滲んで畏縮する俺の頭を、ぽんっと彼は撫でる。
大きな包む込むような手。

「理不尽で、誰も助けに来ない、夢?」

───やめろってば。
小さな言葉で訴える俺に、容赦なく振り掛ける言葉なんかと、全然あっていないその優しい体温。

「なんだ、やっぱり2輪車苦手だったのか、お前」

「理不尽な夢」

「そういう割りには楽しんでたんじゃないか?」

「殆どは楽しんでるフリだとしても」

「お前、それでも少しは楽しんでたんじゃねぇの」

やめろってば。
これ以上、そんなに、こんな、俺を、みないで、


「で?」

「お前のせいで死にかけた奴がいたのか?」


心、を、
ぎちぎちと締め付け、られ、た。


「やめ、ろ、やめろ、エン、やめ、て」

「身勝手なお前のせいで、誰かが傷付いたんだろ?」
「うるさい、やめろ、なん、で、どうして、なん、で、」


俺のこと、俺の全部、知っているはずはない。
だから、こんなに目の前がカッと、真っ赤になるような感覚。意味が分からない。
───はず、なの、に、


「なんで?」


笑んだ。
にこりの、眼を細めて、彼は俺の頬を撫でた。
目の下辺りを、するりと撫でる親指。
夢でみた、あの、朱色の眼の、あいつと、同じように、笑うのだ。


「分かるさ」


静かな声で。

───は、言う。


「お前の、その眼を見ればな」


ぷつんと音がした。


   
    
   

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