空契 | ナノ
38.On my way home, (3/6)

   
   
  

暖かな声だった。太陽のやんわりとした光を一身に受けたような、心地よい感覚が俺を包む。
───そんな声。男の声だ。それが後ろから聞えた。
しゃらりと、その笛が擦れ合う音が、茜色の廊下に響動。耳に、よく、残った。


とくん、とくん、とくんと、心臓と、お腹の中に貯まった感情の塊がゆらぁりゆらぁり揺れていたのを抱きながら、俺は気の抜けた笑みで振り返った。


太陽とは全然向きが違うのに、何故かそれは逆光で眩しくて思わず眼を細めた。光の中に、ふたりの姿があった。

ひとりは手を大きくぶんぶん振りながら俺に駆け寄ってくる。日本人らしくない顔立ちと、金髪の髪───その青く輝く、優しげに垂れた瞳の色から、異国の雰囲気を持ったその青年は、にっと屈託の無い笑顔を浮かべた。

「レオ!」

誰にも負けないような、綺麗な笑顔。そう、俺も敵わない。
俺のこんな“模造品”でしかない、自然すぎても不自然すぎる笑みなんて。

「……ユカリ」

ずっとずっと憧れていたその明るさ、
その優しさ、
その輝かしさの持ち主の名前を、呟くと、そいつ─────ユカリは真っ白な歯を見せ笑った。
そして両手をがばりと広げ…………た辺りで俺の警戒バロメーターが反応した。ゲッ、と俺とレイが身を引いたも、すで遅し。
ぎらぎらと輝く笑顔を振り撒き、いつも着ているダサい漢字Tシャツ(今日は“納豆御飯”の漢字だった)をはためかせながら、ユカリが飛び掛かってきたのだ。

「レオちゃぁぁーーーーんんんーーー!
レイちゃああーーーんんんんんんー!!」

「きゃぁあ!?」
「、こっち、来んな変態ーーー!!」

「ぐはっ」

……反射的にだ。レイの悲鳴と迫り来る巨体に条件反射で、うっかり左足が出た。
うっかりそれはユカリの腹を捉えて、吹っ飛ばしてしまう。そう、うっかり。

「うっかりで鳩尾!?」
「あ、元気だ」

そう、うっかり鳩尾を狙ってしまって、思いの外飛んでいってしまった彼は、真っ赤な廊下に崩れ落ちたのだが、がばりと上半身を起き上がらせた。

「ちょっとちょっとレオさぁぁん!?
今の痛かったぜかなり痛かったぜストラァァァイクだったぜ!」

うるさい。
レイが眼を瞑ってきゅーっと耳を抑えてるのを横目。
前髪の両端をカラフルなピン止めでとめられている金髪をわぐしゃぐしゃにしながら半泣きで訴える彼に、半眼になった。

「バッターアウト?」
「まだツーアウトで!!」

凄くどうでもいい。
心の中で返しながら溜め息をついた時、それがひとつの声と重なった。
ユカリの後ろ。逆光。太陽があるらしい廊下側から、ぬっとひとつの影から脚が延びてきた。

「はいはいスリーアウトスリーアウト」

……心底どうでもいい、と言いたげなやる気のない声と共にその延びてきた脚がユカリの後頭部を蹴りつけたのだ。
ゴッ、と先程俺がやった音よりも重い音と、ぐえっと引きつったユカリの声で彼は顔面を床に沈ませた。なんだかその音と声とが変に、この茜色の廊下に残っていた。

お尻を付き出して顔面と肩を地面につけているユカリ、の頭に足を乗せて眉を寄せている彼。
………下僕とその主みたいに見えた俺の目の前で、ユカリが再びがばりと体を上げながら訴えた。

「蹴った! 蹴った! 今蹴ったなオマエ!」

余程強く打ち付けたのだろう。涙目で訴える彼の顔面は真っ赤で、蹴ってきた張本人に詰め寄っていた。
対して詰め寄られた、その張本人は気だるげに口を開いた。

「まぁ、蹴ったけど」

だからなに、とやる気のない声である。

「蹴ったけど、じゃねーよー!
おま! お前がそんなに暴君だからな! レオが影響するんだろコノヤロー!」
「うるせぇ」
「誰のせいだ誰の!?
オマエなぁ! レオがどんどん勇ましくなっていってなぁ! 嫁の貰い手なくなったらどーすんだよぉおお!」
「うるせぇ知らね」
「この薄情ものぉぉぉー!」

肩を掴んでガックンガックン揺らしているユカリと、怠そうな顔のまま揺らされる彼の姿を、レイが呆れた眼で見ていた。騒がしいこの様子に、もう慣れてしまっているらしく半笑いだ。
俺も呆れつつも、なんだか不思議な感覚がして、ぼんやりしていた。
ぼぅっと廊下のど真ん中でギャーギャーと(一方的にだが)騒ぐふたりの親友を見る。なんだか、懐かしさを感じて、眼を細めた。

なんだか、どこかで見たような、
いや、ずっとしてたやりとりに、似ていた気がする。

首を傾げる。なんだろうか、この感覚は。
夢の、記憶がまだ残っているのだろうか。

きっと自分は寝ぼけている。
だって、こんなアホみたいなやり取り、ずっと見ていた。
俺らは親友で、ずっと、ずっと一緒に居たんだから。


「レオ」


見上げると、茜色の光が眩しくて細めた眼を思わず閉じた。なんとかうっすら開いて、俺の名前を呼んだ彼を見る。
さっきまで取っ組み合いをさせられていたが、そのユカリに足を引っ掛けて転ばせたらしく、後ろで「ぎゃふんっ」とちょっと古い悲鳴を上げてユカリが延びていた。

相変わらず、ユカリはケンカが弱いと笑うも、いや、あいつが弱いというより、こいつが強すぎるんだ。

キラリと茜色の光を眼鏡で反射させ、眼を隠している彼は───エンは、俺の、親友は、俺に手を伸ばして笑った。


「一緒に帰るぞ、レオ」


そしてやっぱり、
何故かエンの顔はいつまでも逆光で陰っていて、
口元が笑んでいただけしか、見えなくて、

きらり、

緑色の笛のペンダントが、輝いていた。





彼の、手を掴む。きゅ、と弱く握られ、手を引かれ歩く。それだけで全身の、俺のあたたかいなにかが吸いとられていくような感覚がして、思わず持っていた鞄を落としてしまう。それもどうでもよくて、みんなもどうでもいいらしくて、構わずレイが俺の空いている腕に抱き付いてくる。丈夫なユカリも直ぐに痛みから復活して、背後から俺を抱き締めてくる。
ちょっと苦しい、あたたかさがあった、と、言えるような、空間だった。
ちょっと、眼が熱く、なった、けど。

そうして引っ張られるように、階段を降りて、下駄箱から靴を取り出して、履き替えて昇降口から外に出る。
降り注ぐ、茜色の光。
茜色が広がっている空の下、俺ら以外の人物は誰もいなくて、吹いた風に心までも揺らされるようだった。

まだ、夢の中に居るよう。ふわふわした感覚で食い入るように大空を見上げていた俺の背を押す親友。
「遊びにいこーぜ!」と明るく笑うユカリ。
「やったー! じゃぁあたし遊園地がいい!」と無邪気に笑うレイ。
「はぁ、今から遊園地? カラオケでいいだろ…」と無気力でも微笑む、エン。

「…俺もカラオケに一票!」俺も笑わずにはいられなかった。


ごねるレイを「休日にみんなで行こう」と宥めて、どうにか丸め込んで、カラオケに向かって、色んな歌を歌った。
みんな俺とユカリはゲーマーだし、エンとレイもああ見えてアニメもマンガも好きで、歌う曲の中心はポケモンだ。あのオープニング映像が好きだとか、あのエンディングは泣けただとか、色々話しながら歌って、それと好きなボカロとかJ-POPとかも歌って、

やっぱり一番歌が上手いのは、レイなんだよな。
高いキーの曲とかが得意でボカロの可愛い曲とか、J-POPの最近流行りのアイドルだとか歌手の曲が良く似合ってて可愛らしい。ユカリがデレデレで気持ち悪くって思わず足が出た。脛に。

エンも歌は上手い。バラードとか似合いすぎてて腹が立つ。ユカリと一緒に「輝きすぎててちょっとイラッとするよな」って話してたらマイクが飛んできた。おい店のもの壊すなよな!

ユカリはネタ曲が多くて、いや、普通に上手いはずなんだけど……。某奇跡すぎるバスケのデルモキャラソンの「シャラ☆ラライ(きらっ)」とかやり始めた時は全員で置いてあったクッション投げた。おまっ、なにが「オレはなんでもできる」「女の子にもモテる」だよ! あ、エンが腹抱えて「どの口が!」って爆笑してる。ユカリはちょっとめげつつもそれでも「シャラ☆ラライ(きらっ)」を決めた。ポーズ付きで。

俺? ふつうだよ。上手くも下手でもないよ。ただポケモンの曲はマスターした。どやっ! 正直ちょっと恥ずかしかったけど、レイとユカリから拍手いただけたしで嬉しいし、
真っ赤の顔を笑って誤魔化すことにした。……エンに指摘されて、ちょっとケンカした。それも日常。



    
   

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