37.激突 (5/8)
「…………自ら死を選ぶつもりか」
愚かだと言うそいつは悟ったようだ。俺の目的に。
ならば話ははやい。
にこりと笑いながら頷いた。
「そ、うだな。
俺は、自ら……死、をえら、ぶ……こと…できる」
『な…に…』地べたを這いつくばるアイクが辛うじて意識を保っているようで、俺へと碧眼を向ける。
なにを馬鹿な事を言っている。なにを企んでいる。そう投げ掛ける視線だ。
江臨も俺が何を口走っているのかと警戒している様子だった。おあいにく様、俺はこの手に持っているナイフを投げ付ける力なんてないし、持つだけで立つだけで精一杯だ。
それを分かっているからかアースを江臨を片手で制止していた。
そんな彼らへ笑いを向ける。
「なぁ…………おれが、あんた達の、メリット、に、なるなら、さ…、
連れていってくれよ。俺、を、」
これしかない。
俺がこの状況を変える、一手。
面白いとアースは声を上げて笑いながら、挑むように視線を鋭くする。
「我等と共に来る、という事がどういう事か分かっているのか、貴様」
鋭いその視線にまたあの眼が思い出されそうになるけど、ニッと笑いながら茶化す。
「はは、心配……?」
「余裕そうだな」
茶化しを茶化しと冷静に受け取られる。当然奴は俺のなど心配などしていない。俺のを真意を図ろうとしているのだろう。
余裕もなにも、ないけどな。
分かっているつもりだ。
俺が奴らについていくということは、ギンガ団に捕まるという事だ。
そして、捕まれば──────、こくりと唾をがらがらの喉へと流し込む。震える手を知らぬふりにする。怖くないと言ったら嘘だ。怖い。
捕まれば、人間の扱いなんて───いやポケモンの扱いもされないだろう。生き物という扱いもされないかもしれない。
死ぬかもしれない。
だが、俺の体の価値は、一番自分が分かっている───とは言い切れないかもしれない、けど、さ、
「俺、は!」
息を肺一杯に入れて声を大に、ナイフは少し降ろして叫んだ。
「俺は! 化け物だ!」
ぐっと唇を噛む。一瞬、躊躇する。
本当にこれでいいのか。
でも、これしかないんだとその躊躇を押し退けて、叫んだ。
「俺、は!
──────ディアルガ、パルキアから生み出された、身体を持ってる」
「──────っ、は…?」
思い切った言葉は一か八かの賭け。
それは思いの外衝撃的だったらしく、アースの様子が変わった。───見えた、隙だ。動揺を見せている。アースのみではなく、江臨も、アイクも、だけど。
なにを言っているんだとでも言いたげな視線だ。
そう、これは賭け。アースに、俺の価値を示すのだ。
「──────理解が、できないな」
「………言っておくけど、はったりじゃない…。
俺でも信じられないけど、事実、だ」
「だろうな。
───貴様の波動から嘘は視えない」
嘘などつかない。
つく意味がない。
異世界から来たなんて言えやしないけど、俺の価値を示すのはそれしかない。俺は本物の化け物だと示すしかない。
真っ直ぐと見据えてしたのは決死の自己アピールだ。それを受け止めたアースはしばらく沈黙すると、ぼそりと呟く。
「ふむ…………成る程、これは確かに殺してしまったら“大損失”だな」
来た。食い付いた。と眼を細める。江臨は対処に困っているらしく、アースに任したというように後ろで控えている。アイクを見張りながら。
そのアイクは俺を信じられないものを見るような碧眼を向けてくる。想像していたものだが、苦笑は零れた。
突然告げられた言葉。それを的確に真実だと見抜き、それでも到底信じられないものを、合理的に判断、利益になると見抜き直ぐ様冷静を取り戻したアース。
ならば、この俺の取り引きにも応じる筈だ。
応じてもらわなければ“どうにか”なんてできない。
「………俺は、あんたらに、ついていっても、いい」
でも、と一旦。息を吸う。
睨んだ。
「アイク達は…………俺の“手持ち”には、
手を、出すな」
これが俺が譲れないものだと、睥睨する。
冷えきった右眼で言い募る。
「これ以上攻撃を加えるな。
生かしたまま、このまま、見逃せ」
「…………その要求、
飲まなければどうなる?」
分かっているだろうに。
笑いながら尋ねる奴は意地が悪い。俺も笑みで返しながら、あっさりと宣言してやるんだ。
「死んでやる」
ナイフを喉仏へと掲げた。
「………てめぇらがそいつらに何かした瞬間、俺は俺を殺す。
このナイフを、この喉に突き立てる」
それだけでこの弱りきった身体はもう機能しないだろう。
既に、血は流しすぎている。
そしてこの場には沈黙が、走った。
…………煌めいたナイフを見ながら、しきりに唾を飲んだ。唇は血で濡れているけど、喉はからからだ。
緊張、している。
この要求が通らなければ───俺はどうすることもできない。
ちらりとアイクを見る。彼は言葉を失っている。震えている。───アースは、何故か彼を知っていた。青龍だとか呼んでいた。その意味は分からないが…………、
もし、もし、アースがアイクの強さを評価していたら。アイクが俺以上の価値があって、アースの気を引くなにかがあったと、したら───、
それは、俺がここまで告白したことも、命をかけたことも、意味がなくなる。
ただ、俺は死ぬ。…………それだけだ。
その憂いが俺の手を震わす。
───その時、突然笑い声が木霊した。
「くく、は、はは、あはははははッ!」
思わずナイフの柄を掴む手を緩めてしまった。慌てて両手で握りしめながら俺は唖然として眼を見張る。
───アースが腹を抱えて笑っていたのだ。文字通り、腹を抱えている。
眼を点にした。
「………なんか、おかしい?」
「ああ、ああ、ああ、そうだな、おかしいな」
仕切りに頷きながらそれでも笑っている。なにがそこまで面白いのか…………俺はとても苦しく、辛いんだが、こうやって立っているの。
そんな俺や、江臨の冷たい眼など眼に入らんと言った様子で一頻り笑うと、アースはくつくつと喉の奥に笑いを押しやるとやっと身体を起こした。
「くく…………この俺を脅すとは、面白いな。
しかも、ただの手持ちの為に命をかけると?
それほどまでに、貴様は“優しき人間”だったとはな!」
───今度は半眼になった。今のは、決して褒められてなどいない。嫌味だ。
俺が“そういう人間”ではないと分かってて言ってる。ぴしりと場違いな怒りを覚えて、笑う。
「あはは…………俺はやっさしーからさぁ」
なんて嘘だけどさ。…肩を竦めた。
優しさ。そんなの俺にはない。
ぽつりと本音を口にする。
「………あんた、さっき言ってた、だろ」
俺のせいだと。
そして、
───貴様の自分勝手な都合で振り回している故に、起こりゆる出来事だ。
「……………あんたの、言う通り、だ。
無関係でいられたあいつらを…」
視線を巡らす。
地面に伏せきって動く様子なんて見えない。もう戦えない彼ら。
「…あいつらを、巻き込んだのは、俺だ」
───後悔なんてしないと、今更だと、それは自身のせいだ、とハクタイシティで言っていた彼ら。
勝手についてきたんだと、だから気にしないと言っていた彼ら。
そして、今傷付き、死に直面するかもしれない。アースという死神によって。
こうなってしまったのも、彼らは自身のせいだと言うのかな。
ならば、俺が最初から、
存在などしていなければよかったんだ。
そうすれば、こんなこと、起きるはず、なかったのに。
「これは、
この要求は、俺のためだ」
紛れもなく、俺だけのため。
アイク、ユウ、ナミ、サヨリ、シキ、
彼らのためだと、善人ぶるつもりなんてない。今更、巻き込んだくせに善もなにもありやしない。
「自分で巻いた種だ。
俺が方を、つける」
「───くくく………、いいだろう。
その要求、飲んでやる」
『…アース殿、誠に宜しいのか。死体を持ち帰ればいいのでは…』おいおい、物騒なこと言ってくれるなよと思わず構えた俺を見て、要求を了解したアースは訳を求めてきた。
いや、本当は言いたくないけどさ……。黙っているわけにもいかず、そのまま教えるとまたアースは笑って答えた。
「確かに最初は死体で持ち帰えるつもりだったが……、
神が生み出した身体…………興味深い。生み出した経緯、その能力、耐久性………死体からそれら全てを調べられるとは思えんな」
『……』「死体から細胞を取り出せばある程度の情報は取り出せるが、デメリットの方が大きいだろう。
…………ふふ、完全に俺等が負かされたな、江臨」
江臨は
『……愉快そうでござるな、主』と溜め息をついて、もう何も言う気が失せたらしくまた後ろに控えた。
そんなアースは「参った」とおどけた様子で両手を挙げる。攻撃をするつもりはないという表現だ。そして敵意もない。
もし、これが嘘でも、俺を騙して、隙をつこうとしているとしても───……その時は何も躊躇なく俺は俺を殺せる。
ナイフを奪われたとしても、舌を咬み千切ってやる。
口に布でも突っ込まれたとしたら、そうだな、無為やたらと暴れて、暴れて、暴れて、死ぬまで、暴れよう。
血は、十分に流れてる。
少しでも暴れれば、向こうが手荒な真似をすれば、俺は簡単に、死ねる。
───これで、きっと……大丈夫………。
そう思った瞬間ふっと力が抜けて、崩れ落ちるように地面に両膝をついた。
「はぁっ……はぁ、カハッ……はぁ、はぁ……ぁ」
関を切ったようにどっと押し寄せる疲労感に、身体が押し潰され手までついた。
息が、苦しい。肩が激しく上下する。痛いっていう感覚も次第に麻痺していく。頭が、ぼんや、り、
「おい、勝手に死ぬなよ。
……血が流れ過ぎだな。江臨、連れてこい。丁重に扱えよ」
『仰せのままに』「そろそろ陽恵も体力がある程度、戻ってきているだろう。
直ちに撤収する」
遠くで奴らの会話に意識を向けることでどうにか意識を保つ。
今すぐにでも眠ってしまいたいが、最後まで事の行方を見守っていなければ…。
『っ……ぁ…………ッ────」『貴様、まだ…!』耳に蓋でもされているかのようにぼやけていた音の中で、人際、クリアな、
声が聞こえた気がして、
『レオ…………っ」「………………あい、く…?」
のろのろと顔を上げて、眼を見開いた。
────彼が、いた。
アースと江臨の向こうに、立っていた。
「っ…………」
どうして。口が、気の抜けた笑みを浮かべる。
バカじゃないか。
彼は、ぼろぼろだった。
擬人化をとり、一歩、一歩、歩み寄ってくる彼は、時折、よろけ、時折、ふらつき、そうしながら俺の名前を呼ぶのだ。
「レオ、レオ、いく、な、行くな、行、く……な…………っ」「っ……」
なにを、なにを。………言葉もなくふるふると首を横に振る。
それでも、歩み寄ってくる彼は、痛ましかった。
──────まるで、
日常の朝に見る、寝惚けたあの姿のようだ。
幻影を追う、よう、に、俺に、てを、伸ばす。
江臨がシザークロスを放とうとした。
『あ奴、まだそのような力が、』どうやら俺を連れて逃げようとでもしているように見えたらしい。まさか。
しかし「待て、江臨」とアースが制止させる。……ここだけの話、止めて、ほしかったな。
「いく、な……たのむ、おいて、いく、な………っ!」
レオ……っ!どさりと、俺に彼は…………アイク、は、雪崩れ込むように倒れてきた。
咄嗟に抱き留める。今更、傷のいたみだとか、そんなの気にならなくて、アイク、のたいおんを、ただ、ただ、かんじた。
ああ、こんなことしても、いみ、ないのに。
ばかだなぁ。笑いながら、アイクの髪を撫でた。
「ごめん」
ごめん、巻き込んで。
「レオ……っ」「……アイク」
大丈夫、とは言えないなぁ。
「……これは、夢だよ」
言葉を探して呟いたそれは、アイクのその碧眼を見開かせた。
くすりと笑って、抱えた腕を離して、凭れかかる彼の頬を撫でてやる。
血と、目尻に伝う、一筋の光を、拭ってやりながら、無責任な事を言ってやるんだ。
「これは、夢だ」
嫌な夢を、キミは見ているんだと、微笑む。
だから、ほら、眠って。
……アイクの眼を覆うように、手を広げる。
「い、やだ……やめ、ろ、やめろ、レオ、レオ、レオっ」
やめて、くれ。レオ。手を掴まれる。弱々しい。お互い。力なんてひと欠片しかなくて、低レベルな押し合いが始まった。
でも、でもね、ずっとこんなこと、やっている暇もなくて。
ごめん。
それを呟いて、俺はアイクを残して、立ち上がった。
もう、最後の力だった。
行きたくもないのに、こうするしかなくてアースの方へ目配せをすれば江臨がアースの指示で近寄ってくる。
そろそろ、撤収らしい。
「レオっ、頼む、頼む、たの、む、レオっ、……っぅ、ぁあ……っ!」彼と同じくらい、ぼろぼろの俺が、
醜く笑う俺が、
その虚ろな碧眼に映っていた。
キミの碧眼の中で、手を、振る。
「“またな”」
悪戯っぽく、笑んで、
そこで、ぐら、り、体が、傾く。
俺は江臨に受け止められて、
そして、
この場所から、アイク達の、目の前から、
消えることとなる。
でも、まぁ、いつか。
いつか、会えるんじゃないか。
そんな願いも込めて、
またな。
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