空契 | ナノ
37.激突 (4/8)

      
     


混乱するしかなかった。目の前で巻き起こっている出来事に対して俺は茫然と座り込む。食い入るように見詰めるしかない。
なにが、いま、おこっている?

───アースの言葉に、アイクが動いた。
眼にも止まらない刹那の速さ。───高速移動だろうか。
駆使し、江臨を、抜いた。

『なっ、!
ッ主!』


江臨が振り向いた時には既に遅く、主に向かって緑に輝く刃を───リーフブレードを降り下ろすアイクの姿があった。
辛うじて眼で追うことができて俺は息を止める。


泣いていた、ように見えた。

アイクが。

泣いていたように、見えた。


泣き喚くようだ。切実に何かを訴えながら言葉にならない叫び声を洞窟に深く響き渡らせる。


「悲しいのか」


神経を逆撫でする、優しげな声が場違いにも聞こえてくる。
その柔らかな笑み、声とは裏腹に見下すような冷たさがそこにあるアースへとアイクは斬り付けた。


「憎いか」

『黙れ』

「だが、その憎しみは俺に向けるべきではない」

『黙れ』

「向けるべきは、
貴様の大切なものを奪った、奴を、」

『黙れ…っ』

「貴様の──────、」



『黙れぇえええええええッ』


叫喚。疾呼。呼号。悲、鳴。
蹴りつけて、距離を取ったアイクは喚きながらエナジーボールを放つ。一歩一歩と踊るように攻撃を避けていくアースは、これもまたひらりと跳躍しかわす。
しかし、それは囮だと理解した俺は、それでもまだ、混乱していたままだった。

その時、
ソーラービームを放とうとしていた。

アイクがだ。
どう考えても冷静ではない。顔を赤く染め上げ、肩を、手を、噛んで血が滲む唇を、碧眼、を、小刻みに震わせ、ソーラービームを放とうとする、変わり果てた…………相棒。
感情のまま、手をかざし、こんな暗い洞窟の中で光を集めだす技を放とうとする。なんて、


───どうして、こうなってしまった?


“殺”“してなどいない”“切っ掛けを作った”
“抗争”“の”“切っ掛け”
“奴等”“の”“背を押す”“切っ掛け”
“引き金を引く”“切っ掛け”
“組織”
“チャンピオン”
“アイク”
“家族”
そして“アース”

“二年前”


分からない何も分からない散りばめられた言葉達、何かのキーワード。
それをパズルゲームのように掴みとり、答えを探しているような時間は、ない。


走り出す。駆け出す。風を切り裂く。音が聴こえる世界が揺れるどくりどくりと音を立てる……。


江臨の、大きな打撃技が迫り来るのを尻目に、
俺はどうにかアイクを、


…………俺が知らない顔をするアイクを抱き締め、横に飛ぶことに成功、した。


みしり、


「っ、ぁ」


軋む、

そして、飛ぶ。
どこへ、どこへ、

どこへ、


腹部を突き刺すような衝撃に、目の前が真っ暗になる。
意識がどこかへ消える。
ふっと腕から力が抜ける。
───気が付いた時には、自分の視界が暗かった。


「っ、ぁ…………ぁ、ぁあ……ぁ…ぅ………」


なにが、起こった?
疑問を抱きながら遠ざかる意識を繋ぎ止めて、情けない声を溢す。全身を、激痛を含んだ痺れが支配したのだ。
肺が押し潰されたように酷く息苦しい。
寒い。恐ろしく、寒く震え出す体の上には瓦礫が乗っていた。というより俺が瓦礫の山に埋まっていたのだ。

「ぁ…………っ、ぃ、く……?」
『レオ……っ!?』

アイクの声が聞こえた。泣いているように聞こえた気がして、声を絞り出す。岩に潰された喉からひゅうひゅうと出された声は、安心などできたものではないだろう。
顔を上げようと腕を動かす。上がらない。ビリリと肩に痛みが走ったのだ。
寒いのにそこだけが異様に熱を持つ。
江臨に先程斬られた傷が広がったのか。腹からもじわりと血が滲む。…………頭が、駄目だ機能しない。

『レオッ!!』
「───そこまで馬鹿だとは、思ってもみなかったな」

掠れた焦燥仕切った怒鳴り声と、また対照的な静かな道断とでも言うような声が瓦礫の外から聞こえてくる。
そしてその後にはアイクの呻き声。彼が、江臨の標的となっていることは考えずにすぐに分かった。
どうにかして、どうにかして、そう、どうにか、しなければ、
その前に体を、この何故か思い体を、


「江臨の“馬鹿力”を自ら当たりに行くなど」


───ああ、そうだ。
アイクが、頭に血が上ってて、冷静じゃなくて、どうしようもなくて、
で、ソーラービームなんかしようとして、隙を突かれて、アイク、が、江臨の“馬鹿力”を食らいそうに、なって、

庇おう、とした、んだったか。

人間の姿をしている時より小さなアイクを抱き上げるまでは良かった。
それでも、素早下がったとは言え、江臨の攻撃は───当たってしまった。直撃とまではいかなかったのが幸いだろうか。腹に当たったそれは俺を塵屑の如く弾き飛ばして、壁に体が打ち付けられ息が止まる。思考回路、記憶、全てが飛んだ。
あまりの衝撃で壁が音をたてて崩れ落ちた。そして俺はその瓦礫の中にと紛れ込む。
そこで頭でも打っただろうか。ああ、ああ、クラクラする。額を、ゆっくりと、どうにか動かした手で触れる。どろりとした紅。紅が眼帯を濡らす。汚す。よく、取れてないな眼帯、なんて笑ってしまう。

そう、笑えるくらいに冷静になれ。
頭の中で声がした。


『レオ、っ、レオ、! にげ、ろ………ッが、ぁああ!』


あぁ、どうしようアイクが、相棒が負ける。負けてしまう。いや、負けたのだ。彼ではアースに、勝てない。
ならばならば、ならば、ならば、ならば、どうするどうするどうすればいい。

すっ、息を、吐いた。蚊のような、小さな息だった。冷たくて枯れたもの。
冷静に、なれと言い聞かせる。冷静に、冷静に、
今考えろ。今できることを今この状況を変える一手を、


『諦めろ。
貴殿も、あの娘も逃しはせぬ。
大人しく捕まるべきでござる』



諦める。そんなの無理だ。諦めちゃ駄目だ。ここで諦めたら俺だけじゃない俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで、
アイクが、ユウが、ナミが、サヨリが、シキが、

眼を開く。ぎょろりと大きく開く。
眼を冷ませ眼を覚ませ醒ませ眠るな意識を保て集中しろ。
生き残るために生き残させるために自分のために、

からんと石を退ける。腕一本上げるのがやたら重労働に感じつつ身を起こす。がらがらと岩を退かして、這いずるように出た。
やっと見えた。
アイク。
アイクが、倒れていた。血の中で。
どくり、震えるのを堪えて、俺は歯を立てて引きちぎれそうな程に痛む体を起き上がらす。いたい、イタイ、イタイ、

「───、」

俺の異変に気付いたアースがアイクから視線を外して俺を見る。あの眼は、フードの下。
息を吐き出して、吸うのだけでも苦しい。立つのなんてギリギリで、立ち向かう力なんで残されてはいない。その状態で、俺が、なにをできるか。


「…………な、ぁ」


思ったより自分の声は小さかった。
それでも音がしなくなった洞窟にはよく響いて、江臨も手を止めてこちらへ顧みる。
ぱさぱさで砂っぽい口をまた開く。

「……あんた、ら、さ…………、
な、ぁ…………俺を連れていって……どうする気、だ………?」

「───時間稼ぎのつもりか? 貴様を助ける者はこの場にはいないぞ。
それとも………今更命乞いか?」
「…………そう、だ、な」

波動でも読んだんだろう。確かにこの場に気配なんてないようだし、俺も助けなんて望んでない。
けど、そうだな。にやりと笑う。

「命乞い、しよう、か。
………あいくたち、のさ…」

「───ほぅ?」
「…………あんた、さっ、き、おれに、いった、っ……げほ、…………はぁ、……」

ぽたり、口端から零れた紅の雫が地面に落ちるのも構わず、俺は記憶を漁る。
確か、奴等は、最初俺を殺す気で襲い掛かってきた。あの迷いのない動き───確実に俺の息の音を止めにやって来ていたと、喧嘩慣れしている俺はすぐに分かった。
だが、今は違うのだろう。


───命拾いしたな。
───どうやら俺は、貴様を此処で殺してはいけないらしい。


そう、さっき言われたアースの言葉だ。


───諦めろ。貴殿も、あの娘も逃しはせぬ。
───大人しく捕まるべきでござる。


これは江臨の言葉。
つまり、俺を殺しはせず、生かして、捕獲する気である。

「な、ぁ、
おれ、っ、て……どん、な、価値、ある、……ん、だ…………?」

無価値なら、直ぐに殺しているはず。
…………殺されている、はずだ。

「───元々、貴様の価値は知っていた。
貴様は俺にすら分からないポケモンの言葉が理解できる。交流する能力がある。
そして───奇妙な貴様の気配」

アースは「化け物というのも強ち間違いないか」と呟きながら続ける。

「うちの研究員が貴様を聞いて期待を膨らましている。
そして俺も貴様のその能力は──────…………使いようによっては、我等ギンガ団の強化に繋がるんじゃないかと、期待しているんだよ」
「…………ふ、ぅん……おれが、つかまらないと、だい、そんしつ…………?」
「そうだな。

プテラを操れたのは俺の能力だが、それが限界だ。
だが貴様の、その奇妙な力ならば───あるいは───、」


「そ……、
よく、わかった……」


じゃあさ。足がガタガタ震えて今すぐにも座り込みたいし壁に手でも付けたい。だけどそれじゃしまりが付かないと、俺は真っ直ぐアースを見据えながら、いい放つ。


「俺が、しぬの、と、
…………そいつらが、死ぬの…………………、
どっちの方が、そんしつ…………でかい、ん、だ…?」


ナイフを取り出して、自身の首に突き立てながら、にこりと笑った。
これしかないと笑った。




    
     

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