空契 | ナノ
37.激突 (3/8)

    
    

   

何故その隙が生まれただとかの理由は知らない。興味がない。それよりも俺らは命を守る切ることに必死で、咄嗟に叫ぶ。咄嗟にアイクは走り出す。

放たれた種マシンガンは真っ直ぐとアースと江臨へと飛んでいく。江臨がアースを庇うように前に出てそのハサミで弾いた。
だが、弾ききれない種が、芽を生やし江臨を締め付け出したのだ。

「……なに…?」
「そのま、ま! 畳み掛けてエナジーボール!」

痛みを一時的でもいい、忘れてしまって、そしてチャンスは今だと叫ぶ。元々奇妙に浮かんでいた笑みが深まる。
アイクが、至近距離からエナジーボールを放った。2mもないだろう、江臨との距離は。

命中した。

避けようとしたのだろうが、絡み付いたツタが動きを封じる。エナジーボールを食らうことになったのだ。
しかし体制を崩したのは少しの間のみで、再び江臨は跳躍して二発目のエナジーボールを避け、バレットパンチを放った。それをアイクは冷静に見切り、連続斬りでいなすと再びエナジーボールで応戦する。

「ほぅ」

相手はバレットパンチや、シザークロス、高速移動を駆使しながら、アイクは同じくシザークロス、連続斬りなどで迎え撃ち隙を見つけてはエナジーボールで畳み掛ける。
相手、江臨は絡み付いたツタをどうする事もできず放置しているか、時折もがくように動きが止まる。その瞬間を狙ってアイクが飛び掛かる。
そんな戦い方でぶつかり合うふたり越しにアースは俺を見る。

「先程の種マシンガンに、やどりぎの種を仕込んでいたか」

慌てることなく冷静に分析する奴に、ご名答と笑んだ。
───そう、この戦い方は、鋼鉄島でゲンさんとルカリオに使ったもの。そして、

「クロガネシティでも同じ事をやっていたな。
ああ、これは俺の失態だ。覚えていたのに、油断していた」
「……やっぱりクロガネシティにもいたのか、あんた」
「プテラを操っていたのが俺だからな」

ぴくり、眉がつり上がる。
「あっ、そう」ぶっきらぼうに答えて睨み上げると、奴はけらけらと笑った。

「そう睨むな。お前のせいなのだから」
「っ、………それは、ジュピターさんから聞いた」

だぁんっ、アイクのエナジーボールが外れて地面にめり込んだ音だ。そして破片が飛び砂ぼこりが俺とアースに降りかかるも、お互い視線は外れなかった。
お前のせい。奴の言うお前とは、つまり俺である。じくりと胸が痛むが今更だと振り払う。

「俺があんたら、ギンガ団にちょっかいかけたのが原因だとして、
でも全ての元凶はあんただろ、アース」

この世界を、運命を狂わせ、ロアまでも巻き込んだのは。
「そうだな」否定する理由などないと頷いて言った。「だから、どうした」


「貴様が確かに化け物であると、クロガネシティでこの眼で俺が確認してしまったのだ。
故に俺に眼をつけられた。

故に貴様の仲間共は傷付き、
死にかけているんじゃないのか。

俺が居ても居なくても、貴様の自分勝手な都合で振り回している故に、起こりゆる出来事だ」


ぐっと笑んだままの唇を結んだ。返す言葉はない。その通りである。
俺は自分勝手。自分勝手に奴らを、彼らを───アースが“俺の仲間”と呼んだ彼らを、傷付けて回っている。
知っている。
それがおあいこ、だなんて簡単に片付けられることだろうか。仕方ない、これでいいと今までは簡単に、切り捨てていた手持ちたち。
───それが“仲間”と呼ばれた瞬間、揺らいだ。


「───違う!」


やめろ、やめろ、やめろ!!
笛を握る手に力が籠る。やめろ。脳内で響き渡る雑念を払うために大声を出した。やめろ、やめてくれ、違うんだ!
こんなこと、どうだっていいはずなんだ!

「俺とあいつらは“仲間なんかじゃない”!」

どんっ、と衝撃音が響く。揺れる洞窟。落ちる破片。江臨によって飛ばされた石達をアイクが弾きながら、連続斬りで迫る。


「あいつらは、ただの手持ちだ」


それ以下もそれ以上もない。
傷付けたとか、自分勝手だとかそんなのどうでもいいはずだいいはずなんだ!
そう叫んだ俺は馬鹿馬鹿しいと笑う。
なんてことで俺は平常心を失いかけていたんだ。なにに衝撃を受けていたんだなにに悲しくなっていたんだなにに罪悪感が生まれたんだなにになにに何に!!

馬鹿馬鹿しい! 笑う俺にわ嗤う眼が、
朱い眼が、フードの下から現れ出た。



「───ああ、そうやって、
見ぬふりをし、自分を守っているんだな。
レオという人間は」



───ずくり、と、
人の心に入り込んできたその朱が、俺の傷を殴り付けた。
へらりと笑って、そうそこまではできた。

「っ、知った、ような口を………!」

口を開いて出た俺の言葉は、いつものような、誤魔化すような「なんのことを言ってるのか、俺には分からない」なんて言葉とは違った。
震え、怒気で歪んだ言葉だった。
そう、そうだよ、俺のこと、俺の全部、知っているはずはないんだ。だから、こんなに目の前がカッと、真っ赤になるような感覚。意味が分からない。

「分かるさ」

静かな声。
アースは、言う。



「貴様のその眼を見ればな」





───ザザ のザザザザッ ザァ、眼、ザザ、見ればザザ



「やめ、ろ、
やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ…………!」

頭の中でノイズがうるさいノイズが声が誰かの声が聞こえる知らない知らない知らない知らない声だやめろやめてやめてやめて。
頭を押さえる。遠くで聞こえる相棒の声。俺の名前。アース、の、笑い声。聞こえないように耳を塞いでも尚響く音を掻き消す。怒鳴る。
その眼で俺を、俺を、みるな。人を見透かすような、眼で、みるな、やめろ、やめて、やめて、


『レオっ!!』

「ああ、あともうひとつ、
分かる事があるな」


声が聞こえる声が聞こえる。ぺたんと地面にへたれ込む俺に向かった声ではなかった。動けない俺に駆け寄ろうとアイクの足が動いたらしい、その姿へと声が向けられる。

「貴様は、人間が恐ろしいのだろう」

俺には分からない意味。混乱している俺はその言葉を拾い上げるも理解はできない。
その、一瞬の沈黙後だ。
殺気が、溢れ出した。

皮肉にもその刺々しい痛みの気配で俺の熱を持った頭は冷えていこうとする。震えながら叫ぶ声を止める。頭を抑える手はそのままに、ゆっくりと顔を、上げた。
笑みが、震えた。
既に気味悪く醜く歪んでいた笑みが、震えた。

アイクが、立ち止まり、アースを睥睨する。殺気混じりの、冷たい、そして、重々しく鋭い視線。
俺に向けられているわけではない。アースが全て一身に受けている、その殺気───憎悪とも言えるそれに、震慄、した。
それこそ、知ったような口で言われたのだ。アイクは無言のまま睨み据えた。どういう意味だと。
それに気付いているのかいないのか、アースは笑みを浮かべたまま、殺気を感じていないような風体で口を開く。

「人間が恐ろしく、憎く、嫌悪を示すべき貴様。
しかし何故その小娘と共にしている? それが気になっていたんだよ、ずっと」
『な、ん…、』

「なぁ、
“一族殺しの青龍”」
『ッ──────!?』

どくり、世界が、音を立てて崩れた気がする。アイクの、世界だ。
彼が眼を見開いた。掠れた悲鳴のようなものを口に止めて。その眼、碧眼の眼をじっくりと眺めてアースは口を閉じない。


「麻痺にやどりぎの種で行動が鈍くなっていたとは言え、江臨相手に渡り合える強さ。
そして、その碧眼。

お前は“あの時のキモリ”だな?」


叩き込むような言葉に俺の意識は追い付けない。何も理解ができず、ただ分かったのはアイクの殺気が揺らいでいる、ということ。
眉間の皺はいつも以上に深く余裕なんてないと顔を歪ます。そんな、アイクの姿を目の当たりにして言葉を失う。

『っ、なん、だ、と…………てめぇ…………、てめぇ、は…………!』

「俺は誰か? そう聞いているのか?」

馬鹿にする見下した笑みを見せ付けるように、そいつは僅かにフードを上げた。──────再び、朱、その朱眼が覗くと、アイクを捕らえる。

「忘れているのか?
それとも、ああ、思い出したくないのか」
『な、に、』

「俺は、お前を知っている。
お前も俺を知っているだろう。
俺らは以前、出会ったことがある。

二年前に」

悠々と、唇が動く。
びくりと震える気配。二年前、その単語は俺にも引っ掛かる。
同時に、アイクを追い詰めていく、その言葉が、吐き出される。────やめろ、やめろと、アイクの悲鳴が、聞こえた。


「お前は全てを手放し──────、」


アースが言い切るよりもはやく、
ぱちん、なにかが弾け飛んだような音がして、
殺気が、憎悪が、爆発、した。

その言葉は聞こえなかったが、何故か容易に想像できた。

アイクは、二年前、なにかを失ったんだ。
──────“俺”“の”“よう”“に”、

    



元々探るような眼が、苦手だった。
腹の中で強かに、感情を隠し、相手に悟られず、逆に相手を悟るような、勘のいいひとが苦手だった。
────俺も知りたくもないような、思い出したくもないような想いが、記憶が───知られてしまいそうで───。

そうだ、この感覚は、
恐怖。

ゲンや、シキに感じたようなものよりも、強く、深い、恐怖。

多分、俺と同じでアイクも苦手で、
俺と同じで怖くて、


俺と同じで、
考えないようにしていたのに、
“なにか”を“思い出してしまったのだ”。


“失った”という記憶を。





『て、めぇえええッッ!!!』
「! アイク、!?」
『てめぇは!! あん時のッ!!!』

突如響いた怒鳴り声が誰だか一瞬分からなかった。掠れて震えて、泣き出しそうな声だ。
でもそれは紛れもなく──────アースに向かって、リーフブレードを振り上げ飛び掛かる、相棒──────アイクの、ものだった。

『てめぇが、てめぇが、てめぇが、てめぇがッ!
てめぇが、殺したのか………ッ……!!』


「俺は殺してなどいないさ」

───刀と刀がぶつかり合ったように金属音が響き渡った。空気が揺らめく、ぶわりと俺の髪とペンダント、服を振り回す衝撃は、アイクの一撃を江臨が受け止めた事によって生まれたものだった。

『てめぇが殺したんだッ!!!』

叫びと共にリーフブレードを引き離して再び叩き付けた。
力任せに大振りで放たれたそれは恐ろしいほどの力で、江臨を圧倒する。押し始めた。
気迫が凄まじい。
どろどろとぐちゃぐちゃに煮詰まった感情が、ドカンと破裂したよう。
しかしそれでも、アースは決して顔色を変えない。楽しそうに、その朱眼で見上げる。

「俺は殺してなどいない。
───ただ切っ掛けを作っただけだ」

手を広げる。

「抗争の切っ掛けを」

バサリとコートをはためかす。

「“奴等”の背を、」

ゆらぁん、ゆらぁん、

「引き金を、」

揺れる揺れる揺れる揺れる揺れる。

「押す、引く、切っ掛けを、
与えたのみだ」

揺れる。


「良く動いてくれたよ。

馬鹿な組織共も、

チャンピオンも、

貴様も、

その“家族”も、」


揺れる。
「全て、俺の為にと、動かされた」穏やかに微笑む彼の言葉、ひとつ、ひとつ、ひとつ、が、揺れる。揺れ動かされる。
心臓が、心が、感情が、意志が、視界が、世界が、揺らぐ揺らぐ揺らぐ揺らぐ、


揺ら、ぐ、



『ぅ、ぁ、
ああ ぁ、 あ ぁぁ ああぁあああ あああ ああああああああああああ あああああ あ ぁ』



───雫が、頬を伝った。



  
    
    

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