空契 | ナノ
36.静寂 (4/6)

    
   


発光して一瞬だけ視界が白に染まった。その一瞬は目眩ましではなく攻撃の為の“電撃波”。必中攻撃を放った直前に地面を蹴り飛ばし後退をしていた。
それらふたつのアクションが俺らの対処法だった、が、その鋭利なハサミは俺の脇腹を抉った。

「う、ぁ…ッ!」
『レオっ、』
「ッッいい!! 集中しろユウっ!」

脇腹を押さえた手にじわりと紅が滲んだ。あまり深くは抉られなかったらしい、が、危なかった。
アイクを戻そうとした瞬間には、既に、俺はボールを持っていたのだ。そして、視界にハッサムのハサミが映り込んだ瞬間にユウを出してバックステップをしていた。ユウはその一瞬で成すすべき事を冷静に判断した故に“電撃波”を放ったようだ。
あのアクションがなかったら、俺の脇腹は深く持っていかれていただろう。そんなビジョンを想像してしまえば真っ赤に染まっていた。ああ、死ぬところだったのだ。えげつないなと思いながら息を吐きつつ、更に踏み込もうとしていた江臨を迎え撃とうとする。

気が抜けない空気。眉をひそめて、息を殺していた俺の足を、ユウが心配そうに尻尾でぴしりと軽く叩いた。

『レオ、怪我』
「見た目ほど悪くはねぇ」

俺は大丈夫だと軽く笑えば、またぴしりと尻尾が動く。だがそれのみで、視線も意識もあちらに向けたままだ。ぴりぴりと電気を纏いいつも以上に警戒している。そんな彼が成長したなと思う。
そして、因みにこれは嘘ではない。肩も横腹も、確かに痛いし、出血している。だが見た目よりも酷いものではないと思うし、まだ立っていられる。

それよりも、

『…さっきの、アイクがやられたあれ、なに?』
「…ああ」

ボールへ戻ろうとした瞬間だったのだ、あれは。普通ならもう攻撃は届かない筈だ。
なのに、攻撃は直撃し、凄まじいダメージを受けていたように見えたあの技、

「───追い撃ち、かな」
『追い撃ち? ……へぇ、名前の通りだね』

「江臨、お前また勝手に動いただろう…」

俺の呟きを受けて、アースが深々と息をついた。咎めるようなその口調からして、アースが命令して江臨というハッサムが動いた訳ではないらしい。
単独で勝手に動いたハッサムは、平然とした様子のまま言い放つ。

『当然でござろう。
わざわざ隙を見せてくれたのでござる。あそこにて一気に叩いておけば後々楽であろう』

「……どうせ後々楽だとかほざいているんだろうな。
それとだ。あのトレーナーを殺そうとしただろ。」

どうやらアースは、ゲンと同じでポケモンの言葉は分からないらしく、気持ちを読み取ってはまた息をつく。

「あいつはなるべく殺すな。
ポケモンの言葉が分かる貴重な人間だぞ」
『……アネモネが実験にと欲していたな。…あい分かった。
だが、なるべくというのなら、』


「なるべく、だ。

勿論抵抗するのなら殺してしまってもいい」


───我等、ギンガ団の邪魔をするのだからな。


「……あっくどー」

殺気を真っ向から受けて震えた腕を擦りながら笑う。誤魔化しきれない、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、忘れかけていた、恐怖、痛いほど感じる、恐怖、ぞくぞくする。

俺らと対する奴等が、どんな奴なのかはよく分かった。外道である。真っ当ではない。自分の為、組織の為なら命を掻き消すなんて厭わない。躊躇もしない。悪びない。
うっかりなんてしていたら、この命も散ってしまうだ。でもね、死ぬわけになんかいかない。


「負けもしねぇし、死にもしねぇし、
捕まってやったりもしねぇよ」


ぐっ、と、後ろ手に回した拳を握るとかたりと揺れる。
にこりと笑う俺に、何かを察したのか江臨が動こうとする。ほぼ同時に俺はその後ろ手に回していた手を振り上げ、ユウも駆け出す。
さぁ、一気に叩こうじゃないか。

「ユウ! 電磁波!」
『ハッ、何を仕掛けて来るかと思えば……』

ハッサムの動きが速くなる。一秒も満たない内に風を斬る音がユウを取り囲む。そこから繰り出される技にユウは対処しきれない。アイクをも上回る素早さだ。ユウが敵う筈もない故に、電磁波で動きを鈍くさせるつもりだった。
そんなもの当たらなければお仕舞いだ? ───その時、ピクリとアースが反応した。

「! 複数の波動が、」
『…!』

気付いたか。早い。流石波動使い。だけど遅い。
刹那、サヨリが上から“ 降 っ て き て い た ”。

『なに……!?』
「サヨリ!
砂地獄で足下すくっちまえ!」
『ざ、まぁ…』

ザァアッと地面から溢れ出るように出現した砂達が江臨を包み込み、足を絡める。これで動きを封じられ、再び放った電磁波は直撃した。バチィッ、砂が飛び散り電気が霧散した。
江臨が身を屈む、なにかを仕掛けるつもりか。させない、と砂地獄の勢いは増してきつく江臨を繋ぎ止める。これで抜け出すことは難しくなるだろう。今がチャンスとユウが電気を蓄えて跳躍した。

「ユウ! 雷!!」
『りょ、っかーいッ!!』

──ズ、ガァァァァンッッッ
洞窟に大きく響いた雷は、凄まじい威力で砂が弾け飛ばした。
今までにないくらいの威力で、空気を揺らしその場にいた全員が顔を覆った。アースのコートが大きく揺れ、フードを押さえていた。サヨリも力を入れ踏ん張り風圧に絶える。凄まじいエネルギーだ。
たっと軽快に着地したユウの『どうだ! 僕の成長の成果!』という嬉しそうな顔に『…凄いじゃん…』と珍しく素直にサヨリが褒めたくらいだ。彼は、成長した。

けど、まだ気が抜けない。

「ユウ、もう一発雷!
サヨリも砂地獄でとどめさすぞ!」

「───2対1、か」

晴れぬ砂煙の先を睨み付け指示を出すと、声が響く。
焦ってもいないアースの声だ。それになにかを抱きつつも気にするなと攻撃を続行させた。再びふたりのコンビネーション攻撃が落ち、衝撃音を巻き上げる。

一対一で勝てる見込みなどないと判断した。そもそもレベルに差があるし、せめて素早さが勝っていればどうにか凌げるだろうに今のところアイクが素早さに負けてしまったのだ。それ以外の面子でも正直無理だ。
故のコンビネーションバトル。サヨリが砂地獄で足を絡めとり、その動けなくなった一瞬を狙って、ユウが全力で雷を放つ。これで絶対に終わらす!

「言っておくけど、卑怯だとかそういう文句は聞かねぇからな!」

───ユウ! 雷! 出せる限り出しつくせ!
ピカチュウになって、吹っ切れて、迷いがなくなって断トツに強くなったユウの雷ならばいけると勝ち誇った俺に、静かにそいつは笑った。
微笑んだ。

「ふ、言うつもりもないな。
トレーナーを狙った時点で俺らも人の事など言えないだろう」

それに、

「……───江臨! そろそろその狸寝入り止めろ!」
「はっ、?」

「───さっさとこの雑魚共を蹴散らせ。
……バレットパンチ!」


形勢は、逆転、したつもりだった。


「───……ぇ、」


眼前で、ユウとサヨリが、
大きなハサミで叩き潰されてているのを、見た。

声もなく、ユウは地面に、サヨリは壁に、叩き潰されていた、のだ。

なんだ。なにが、どう、なんで、なにを、した。
瞬き、そのタイミングを忘れた。声を、発する間も、指ひとつ動かす間も、なにもなかった。その一瞬で、ユウ、サヨリ、ふたりが消し飛んだ。

「、え?」

一瞬まで暴れていた砂埃が、跡形もなく散っている。
サヨリが立っていた所に、赤いその影、憮然と立っている。音もなく、そこに、いた。
音もなく、ユウとサヨリは、吹き飛ばされ、た。

「……、…、ぇ、?」

『これしきの攻撃で、ござるか』

───雑魚にも程があらんか。低く、つまらなそうに江臨は呟くと、頭を踏みつけた。倒れたサヨリの、ぴくりとも動かない、サヨリの、小さな体、だ。
そこから、鮮やかな紅が流れているのを、見た。江臨の、そのつまらなそうな黄色の眼が、ぎらんと輝い、て、そして、俺を、見て、
嗤った。

「ッナミ!! シキ!!!」

やば、い。本能の叫び声に考える間もなくナミとシキのボールを投げた。
放たれた赤外線から飛び出すナミとシキは冷静に、しかし静かな怒りを携えながら既に攻撃体制にあった。ナミは冷凍ビーム。シキは手助け、だ。

『───!!』
『お任せください、レオさん!』

『ふふ、お怒りか。
ふ、はは、はははははッ!』


手助けで威力を増したナミの冷凍ビームが迫ってきているというのに、不気味な嗤い声が漏れた。
高く高く高く高く高く高く高く高く、洞窟に響く、響く響く響く響く、反響、反響、耳の中にのこる、笑み、笑み、嘲笑、嗤い。

それらを残したまま、江臨の気配は再び姿を消した。

『なん、だと!』『はや、ぃ、っ!』
「ナミ、上に水の波動だ! シキ、もう一度手助け!!」
「江臨、電光石火」

図上に現れた江臨は、また残像飲みを残して消え、今度はふたりの背後へと現れる。シキに突進すると、彼が塵のように軽々と吹っ飛ばされる。その直前にナミの水の波動、シキの砂かけを咄嗟に指示したが、それでも江臨の攻撃の威力は落ちず、シキを撥ね飛ばした。

シキっ!
『、だい、じょうぶ、でございます!』

『左様か。
其れは重畳事なり』


タッ、片足を地面につけるとバサリと羽をはためかせる。次の瞬間には、体制をたち直したばかりのシキへとそのハサミを振り上げていた。歓喜に満ちる黄色の目。その眼前に先に察知して動いていたナミがどうにか滑り込むのと同時に拳を地面に叩き付けていた。
ナミの豪腕で盛り上がり跳ね上がる石粒を盾に「シキ、砂かけ! ナミは冷凍ビーム! 」───それでもそのままバレットパンチを繰り出してくる江臨に、渾身の一撃を放った。
江臨の、真っ正面。目前から放った、冷気を纏う一直線のエネルギーの束。───直撃した。その冷気は、江臨の体ごと包み込むと、ピシリ、氷、結。
しかしその動きが止まるのは一秒もなく、ピシ、ピシリ、亀裂が走ったその直後には氷は弾け飛んだ。赤いフォルムが易々と現れ出て、ハサミを突き伸ばした。
シキがそれをアイアンテールで迎え撃つも、つばぜり合いで負けて転がされる。けれどもできた一瞬の隙に、水の波動を撃つ。

『ぬるい』
「江臨、遊んでいないでさっさとしろ。
バレットパンチで打ち払え!」

『申し訳ござらん』
「、ナミ! 避け───、」

避けろ。
口を開いた時には既に、水飛沫が舞い、辺りに水溜まりをつくっていた。

ひとつ、紅い雫が、見えた気がした。


    
     

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