空契 | ナノ
34.願望 (4/5)

    
    
   
「えっ、意味わからん」
「そうですか?」

てっきり、聡いレオ様ならばお分かりになっていたかと。

「……」

ふいっとその煌めく瞳から逸らした。やっぱり、苦手だ。こうやって簡単に人の考えを読もうとするところが。
そして、簡単に人の心に入り込もうとするところが。
……薄々気付いてたとも。
彼が、俺に歩み寄ろうとしていると。

「…俺が、キミを連れてきたのは、キミを主の元に帰すためだけなんだけど」
「はい。そのつもりで私も参りました」
「………(ホントかなぁ…)」

嘆息して、立てた膝に頬杖をつく。嘘は、ついているようには見えないのだが……彼の瞳を一瞥する。にこりと微笑まれてギクリとなんだか見てはいけないものを見てしまったような心境。もう一度息をついて、眼を逸らした。
嘘はついていないようだ。でも、全てを語ったわけでもないと思うの。
……多分、多分ゲンさんも。ダイゴさんもきっとそうなのだろうけど……彼はシィとゲンとは違うと思う。
なんていうか……この二人と違って感情や思念を隠すのがまだ下手というか……。
そう思うと、まだダイゴはゲンやシィよりはマシだと思うかもしれないが、隠す気があるけど我慢する気はない彼の奔放な行動が厄介なのである。
対して、ゲンやシィは───心の底に、じっとその感情や思念を忍ばせている。表に見せるときは、核心に迫るとき。

きっとそうなんだろうと、なんだか俺は全てを悟ったように分かっていた。本能的に感じていた。

「……俺は……、
俺はキミが苦手だ」
「左様でございますか」
「…………でも、嫌いじゃねーよ」
「はい、承知しております」
「……(承知してるのかよ)」

ほら、その「私には全部分かっている」「あなたのことなどお見通し」みたいな笑み。それだ、それが苦手なんだって。
苦手だからこそ、彼には大切なひとが、ものがあるからこそ、アイクやユウのように……馴れ合うこともないかと思っていた。ただこのひとを主に帰せば、それで終わりだと思ってた。
だから、彼を連れてきたのだけど。

「(…苦手だから、対応下手だよな俺……)
……なんで、俺に下ろうとか考えたわけさ」

やたら旅についてだとか俺に対してとか探りいれてて、興味深そうにはしていたとは気付いてたけど。
動機が不明で問えば彼は包んでいる俺の手に力をそっと込めて言った。

「貴女様に心惹かれたのです」

心惹かれた? 惹かれるようなものが俺にはないと、率直な思いを述べれば、彼は「そのような所でございます」と言った。

「貴女様は大人びていらっしゃる。
強く、曲げない意思を持ち、自身の道のみを見詰め続けておられる……。そう、思っていました。
ですが……失礼ながら、やはり私にはレオ様が幼く、愛らしく思えるのです。
……覚束無い足取りで、素足で、棘ばかりの道を駆けておられるようです」
「……へぇ…」

「私はそんな貴女様に寄り添いたい、微力ながらお力添えをしたいと、思ったのです。
……出過ぎた真似をお許しください。」
「いや……、」

はじめて、そんなことを言われた……気がするけど、どうだろうか。
戸惑いに戸惑いのようなものが燻り、感嘆みたいな声と共に笑うしかなかった。こんな、俺。こんな薄っぺらい精神。強いなんて元々思っちゃいなかったけど……こう言われたのも、ショックとかじゃないけど……、

───みんな、そう思っていたのかも、しれない。アイクもユウもナミもサヨリもロアも、みんな、知ってたのかも。
でも、実際に口にしたのはシィがはじめてだった。それに対して反発心はなかったが、困惑というか、なんというか……そうだ。

「……かゆい」
「やはり、私がお掻きしましょうか?」

「いやいや……そのさ、うん……」

かいてもらったとして、このむずっとした感覚は治んないんじゃないかな。うん。

「…キミのその、心配……?とかさ、敬語とか、様呼びとか、止めてくれるんなら治まると思うんだけど……」
「心配してしまうのは貴女様の行動が原因かと思うのですが」
「すぱっと言われた! 素直だなキミ!!」
「ええ、まさか貴女様が喧嘩好きなんて思いもよらなかったものでして」
「……」

正論すぎて……口笛を吹きながら夜空に視線を逃がした。あー、いい天気ダナー。

「それに、先程も申し上げたように、私のこの口調は癖ですから」
「…変えれないと?」
「はい。これだけはなんとも…。
レオ様は主様なのですから」
「主になるのは前提か……」
「はい」
「すげぇいい笑顔」

煌めきすぎて、月が霞んで見えるぜ……と遠い目。むずっとまた痒くて腕を擦った。今は寒さより熱さで顔が赤くなりそうだ。

「……」

こりゃまたメンドーなひとに捕まったなぁ……と今夜何度目かの溜め息をして、いつまでも明後日の方向を見ていたい。が、生憎まだ手は握られたままで、まぁ、こいつも逃がす気なんてないんだろうな。…まだ逃げれる隙があったゲンさんやダイゴさんの方が幾分かマシだったかな…………いや、あれも逃げれなかったらどうなることやら……あぁ恐ろしい恐ろしい。
別に、取って食われる訳じゃぁないだろうに、ぞわぞわと鳥肌が立つ。敬語でとかレオ様呼びとか主様だとか呼ばれる度に、同じようになる。かゆい。

だって仕方ないだろ…。
どう見てもシィは年上。そして俺は中学生のガキんちょ。
彼の言う通り、いくら俺が大人びてるだとか子供らしくないだとか言っても、まだまだ子供だ。だって12歳。人生の半分も生きちゃいない。
そんなやつが敬語を使われ、様呼びされるとか……。
ゲンさんダイゴさんの「レオちゃん」にも正直むずってくるし、ロアの「お嬢」「レオ嬢」とかもアウトー!だ。あれは言う暇なかったけど。今度あったら止めるように言おう。

「せめて、レオ様、は止めようぜ、な?」
「でしたら、主様と……」
「うわぁぁぁ最悪最悪それナシあり得ナイ!」

俺は! 手持ちはいいけど! 別に下僕や仲間が欲しいわけじゃあないから! 主様になりたいわけじゃあないから!
掴まれたままの手を左右に振り回し顔も振りまくった。マジ勘弁。彼は「やはり変わったお方ですね」と小さな口で笑ってる。今のこれは俺が変わってるんじゃない。元の世界の俺くらいの若者はそんなもんだ。逆に慣れっこな人とか、お坊っちゃまお嬢様くらいだろ。やめろ一般市民を巻き込むんじゃない!

「名前呼びでいいっつの! レオって! 俺子供! お堅いの似合わん!」
「主様ですから、」
「俺はキミの主になる気なんかありません! せめて手持ちだよキミ! 俺ただのトレーナー!」

主従関係? よしてくれ、そんな重いもんいらんわ綺麗な野球のホームで投げ捨ててやる。

「……そこまで仰るのなら……レオさん、と御呼びさせていただきます。
これなら宜しいでしょうか?」
「おお、全然マシ!」

本当は呼び捨てでいいんだけど、さん付けやちゃん付けはよく呼ばれる呼び方だ。それでも違和感はあるけどな! 年上にとか!
でも様とか主様とか呼ばれるよりはマシだから黙って受け入れておく。俺は満足だ!と久々に清々しい気持ちになった気がするけど、それはもっと清々しい表情のシィさんにぶち壊されるのであった。

「では、
私にもお名前をいただけませんか?」
「ねぇシィさん、なんでそんなにあっさり爆弾を投下するんだいキミは」

コラ、きゅっと握った手を胸元に当てて、そんなふわふわ笑みで微笑むのやめなさい。可愛いんだけど! あやうく流しそうになって冷静に突っ込んだ。こいつ…侮れん……隙なんてあったもんじゃねぇ……あ、頭痛い。

「〜〜なんでそうなんのさ……」
「なんで、とは…………アイクさん達も、貴女様、」「様ナシ!」「……貴女からいただいたのでしょう?
私のみいただけないなんて、理不尽極まりないと思ったのですが…」
「いやいやいやもう“シィ”って名前貰ってんじゃねーの!? その、ミズキさん?から!」
「これは“渾名”ですから」

うわぁぁぁぁぁ確かに最初の自己紹介で渾名だとか言ってた気がするけどぉぉぉぉ、

「えぇぇでも大切な人から貰った名前には変わりないんだからさぁぁぁもっと大事にしよう! な!」
「そう申されましても…………ミズキ様もそんな深い意味を考えて付けた訳ではないと思いますよ。
我が家では、イーブイが多かったので……名がなければ大変ですし、だからと言って番号で呼ぶのも味気ない…………との事で、成り行きで頂いた渾名なので」

新たな名を私が頂いた所でミズキ様が不服に思う事はありませんよ、きっと。

「なので問題ありません」
「えええええぇぇぇ…」

えええええぇぇぇ…、
ええええええぇぇぇぇぇ……、

これは問題ない、という枠に収まるのだろうか、本当に。……あ、ちょ、そんな笑顔で人の手握んないでそんな期待含んだ眼でこっち見ないでヤメテヤメテ。
確実にじわじわと押されてる俺である。くそ、口喧嘩うまいハズなんだけどな……!! だからこういう強かなやつって苦手なんだよ!
アイクやユウやサヨリみたいな、分かりやすい自己中の方がまだマシだ。ナミの純粋な我が儘もそれはそれで違った面倒臭さはあるが、こういうのも、ほんと、ほんと、マジ勘弁!

───そう言いつつも、逃げ道は塞がれてしまってることにとっくに気付いているので、黙って俺は体育座りのまま顔を伏せって沈黙することにした。
明らかに俺の負けだ。
そしてにこにこしてて、そこに紅茶でもあれば完璧な優雅さを持つ彼は、俺を見てとても満足そうだ。確信犯だ…! ゲンさんに次ぐ確信犯だ…! やだ怖い…! ……っていうかいつまでこの手は握られたままなんですか?

「(はぁぁ……名前、なぁ……)」

名前を考えるのは楽しいっていうか、ワクワクするから……好きなんだけどさ。
こんな期待されて待機されると、凄いプレッシャー……。
へらーと疲れた表情で、夜空をまた見上げた。星が瞬き、踊り、煌めき、交差する光。月は綺麗な金で、強い光は発することはなく、静かに降り注ぐ雨のごとしの柔らかな光。
その光の中に包まれている暖かさを感じたように眼を閉じながらいると、ふと「あぁ、こんな月のポケモンいたな」と思う。それと……ぽちゃんと、ぽちゃんと───ポケモンがいるらしい───揺れるあの、月光に照らされた美しい湖の音を聴いて「あんなポケモンも、いた」と思い浮かべる。
他にも多彩だ。雪、草、炎、雷、エスパー……など、俺の手を、握り、じっと俺の言葉を、正座したままで待つ彼は───そのどれにでもなる権利があるのだ。

なんかそれって、とても素晴らしいことだ。
選択肢がたくさん、あるって。



───逃げてるだけのてめぇ如きが!
何も選べねぇって事に気付きやがれ!!




なーんて、言われちゃった俺だからかな。
なんか、すごく──────彼が、真っ白に、輝いて見える。


「……シキ」


ほぼ無意識の彼方で、そう、溢していた名前だった。

「え、……?」

「、あ……うん、えっと、
シキって名前、どうだ?」

漢字で書くと……「白輝」「色」「四季」、だ。
はっと我に返り、慌てて地面に掴まれていない方の指で、その名前を書いた。
───様々なものに、移ろえる。その自由さが、彼にはあるんだと、思って、考えていた。
それを伝えて、反応を伺うために顔を上げると──彼は、言葉を詰まらせたように固まって、俺を見詰めていた。

「……? えーとー? どーしたー?」

……もしかして、不服だった? マジで? エナジーボール撃たれる? …ってそれはアイ君。
彼は、また今まで見てきた誰とも、違う表情をした。

「シ、キ……」

幸せそうで、苦しそうで、
言葉にしようとすると消えてしまいそうな、淡い感情みたいなのが、
彼の瞳に浮かんでは、薄れていた。
───と、思ったら、

ぽろり、

「……!?!?」
「え、あ……」

その灰色の瞳から、月光に浴びて光を放ち、溶けそうになってる雫が、
一粒、落ちていった。
───かぱっと顎が外れそうなほど口が大きく空いた俺はきっと間抜け面。

「えっ、えっ、ちょ、なん、えっ、ごめん!? 俺のせい!? うわぁぁごめんごめんなんかよくわかんねぇけどごめんんんんんん」
「っ……いえ!」
「!」

間抜け面のまま叫んでオロオロだ。きっと真っ青である。彼の肩を掴んでガタガタガタタと震えていたこの手。これも彼は掴むと……また、包まれるのだ、両手を。

「いえ……っ……いえ……そうですよね……私は…………いえ……、
ありがとう……!」

でも、今度は優しい手付きではなく、強く、すがるように、

「ありがとうございます、レオさん……」

さっきまでは、俺の存在を確かめるように、逃がさないように、消さないような手付きだったけど、
今は違って感じた。

「シキの名……、
有り難く、頂戴いたします……。
そして、大切に、します……!」



自分はここにいるって、主張するような手付きで握って、
彼は本当に、嬉しそうに、泣きそうな顔で、くしゃりと笑って言った。



   
    

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