空契 | ナノ
34.願望 (3/5)

    
   
  

───……もしかしたら、あそこで意識を失って、ここで死んでいれば、もしかしたら、そう、もしかしたらの話だ。
もしかしたら、次眼を覚ましたら、レイとユカリが笑って、何事もないかのように、そこにいる気がしたんだ。


───本当にそれが叶うとして、だとしたら、俺は迷うことなくここで死ぬことを選ぶんじゃないだろうか。
どうせ、この身体は自分のもののようで、違うのだから。

実際選んで、死のうとしたんだなと、冷静になって自分の行動を顧みて思った。
それも、今思えばなんて無防備な浅はかな考えだなと思うけどな。



「別に、自殺祈願者なんかじゃないぜ?
この旅で、死にかけたことあったけどさ……」

プテラ騒動とかあれはマジで死ぬかと思った。谷間の発電所でも下手したら捕まって……どうなっていたか分からないけど、ジュピターさんの口ぶり的にはまともな扱いをされるとは思わない。
そんなハプニングばかりのこの旅で、俺は生きることを諦めるなんてできた試しがなかった。

「俺にはさ、待ってるヤツがいる」

この旅は、あの子達に会うための旅だって、決めているんだ。
だから、さ。見上げた先の夜空に月を見上げて、俺は確かめるように、呟く。


こんな世界、知ったことか。と。


なんとなく不安になって、また繰り返す。俺はこんな世界なんて知らない。
───俺はこんな世界知らねぇ!
───自分が生まれた訳でもねぇ世界救うほど、俺はお人よしでもねぇし暇でもねぇんだよ!
ああ、その通りだ。俺はこの世界を救う勇者でも救世主でも主人公でもない。



───…お前が知っている、この物語の主人公たちは───、
アースに、殺された。




「(あぁ……うるさいな)」

この世界には勇者も救世主も主人公もいない。誰もこの世界を守れない救えない。
───俺は、この世界を、アースから守るために呼ばれた。
そうだとして、何故俺なんかがと理解不能な神々の思考回路に不満を持つ。俺はこんな性格で、優しくもなんともない自分本意で生きている人間だ。他にもっと“主人公”という役割に適した人間がいるはずだ。

そこまで思考を巡らせてから、いや、よそう。といつも通り知らない、と鬱陶しく思いながら首を振る。
どういう都合で、自分がここに居るだとか、そういうもの全てが無意味なのだ。今すぐ、元の世界に帰りたい、という思いの前には。

「…レオ様は、その方々を本当に大切に思っていらっしゃるのですね」
「……」

シィに微笑ましそうに言われてしまう程、俺はそんなに切羽詰まっていたのだろうか。余程、会いたがっていたのだろうか。
でも、うん、そうだな。ちょっと困惑ぎみになりながらも否定する意味もなくて、こくりと頷いた。へらりと、笑みを滲まして、そうだといいなって思いながら。
どれだけ俺が緩みきった顔をしていたのか、シィが俺を微笑ましそうに見ていた。ちょ、俺こんなキャラなんかじゃないはずだろ。

「し、シィもいるだろ? 大切な人くらい」
「はい?」

気恥ずかしくなりなって誤魔化すように右眼を泳がせ、どもりつつ言うと彼は瞬きをした。

「大切な、人、ですか。
はい……そうですね。ミズキ様は……とても、大切です」

少し考えるような素振りを見せたのも一瞬。俺みたいに変に恥ずかしがらずにはっきりと肯定した彼は、落ち着いていて穏やかで……そして、嬉しそうな表情をしていた。
心の底から、大切だと、大事だと、感じているんだろう。
想っているんだろう。
思い出が、あるんだろう。
湖を見詰めて、きっとその思い出を、溢れんばかりある思い出を、思いあげているんだろう。
…そこが俺との違い、かな。
思い出を大切にしない俺と、彼。

……あんなに優しくて、暖かくて、家族を想うような顔、俺は多分できてなかったんじゃないか。

そんな顔ができるのにさぁ……、

「…俺のこと、わざわざそんな丁寧に扱わなくても…」

……敬語とか、様呼びとか。
正直、慣れなさすぎて、なんか、こう……、

「……かゆい」
「お痒いのですか」
「うん。背中らへんが、こう、むずってする」
「恐悦ながら、私がおかきしましょうか?」
「…………イエ、ケッコーデス」

慎んで拒否します。……ん? なんか言葉の使い方変だな。……こんな感じが俺のレベル。礼儀なんて漫画とかて見たのそのまんま真似しただけのものしか知らない俺だ。一般人である。しかも手持ちの大半からは荒っぽく扱われ蔑ろにされてる感がパネェ。
そんな俺にだ。恐悦ってなに。むずっとまた痒くなって身を縮ませるとシィはおかしそうに小さく笑った。口元に軽く握られた手を当てて、やっぱり嫌味もなく微笑むのだ。
苦笑しつつ優雅なシィを眺めていると、彼は俺のこのなんとも言えない眼に気付いたらしい。「失礼いたしました」と頭を下げて、少しだけ丸まっていた背を伸ばしていた。でもその顔にはまだ笑みが浮かんだままで、消さずに答えた。

「レオ様のお気に召されませんでしたか。
申し訳ございません…………これは癖のようなものなのです」

わぁ、うちにもある癖とは大違いだ。因みにうちにある癖はケンカ癖。

「我が家では、ミズキ様が確かに育ての親ですが……なんと申せば宜しいのか……」
「ん?」
「放任主義、というのでしょうか」
「そのミズキサマが?」
「はい」

それは少し驚いた。放任主義。あのポケモンお預かりシステムを管理する人が、放任主義。
普通しっかりしたような人なんじゃないのか、じゃないとお預かりシステムの管理人なんてできるのか、と問えば彼は自分のことのように困った様子で苦笑していた。

「管理人者故、というのもございます」

───いわく、
ポケモンお預かりシステム管理人者であるミズキは、その仕事で手一杯らしい。
お預かりシステムはきちんとメンテナンスしつつ、しっかりと見張っており、あまり彼女の手持ちであり家族らしいポケモン達に構える時間が少ないらしい。

「……そんなに仕事って忙しいのか……」
「ミズキ様は心配性なのです。
あのシステムはポケモンの命、トレーナーの信頼を預かることとなりそれがあの御方の使命感を突き動かしておられるようでして……」
「へぇ……(バリバリのキャリアウーマンみたいなやつか?)
…でも、シィさんの言葉から察するに……そんな気張らなくてもいいのか、ふつー」
「仰る通りです。…あのシステムのセキュリティは強靭で、外部からのハッキングなんてあり得ません。国家警察に専門の部署があり、24時間見張っております。どんなに天才ハッカーでも不可能だとされるセキュリティですから、公式に営業されているのがあのポケモンお預かりシステムですし……、

失礼いたしました。つい、熱く」
「……詳しいな、シィさん」
「はい。一度ご無理をされないようにと、マスターに進言した事がありまして」

……今の情報を伝えたのか。でも、そのシィさんの疲れ顔的に……ああ、説得失敗したのか。
でも、多分俺もそう思うな。安全だって。
だって、そんなこと出来ていたら漫画でもアニメでもとっくにやっていた。そして、誰だってハッキングを思い付くだろうに警察がなにも打つ手をしないなんて思えない。し、できてしまったら、もうそれだけで世界征服可能だ。

「(アースさんとやらは、イレギュラーらしいけど……まぁ、)」

できてるのならとっくにやってる、はず。
そうだよ、できてたらどんな盗みよりも儲かるし。

「しかし、ミズキ様はお優しい故に……手を抜くことはありませんでした。
そして私を信用なさってくださったので、恐れながら私めが家事の担当を勤めさせていただいておりました」

なるほど、通りで彼が面倒見がいいわけだ。

「しかも私の兄弟は皆問題児ばかりでして………」

なるほど、通りで彼は俺の扱いが妙にうまいわけだ。……って、俺問題児扱い?
まさかと思いつつ聞いてみれば「そんなこと申しておりませんが……まぁ、慣れていることは慣れてますよ?」と今度はイタズラっぽく笑みをこぼした。…さいですか。

「〜〜……だからさ、
その問題児に敬語とか、そんなんいらねーってば」
「私のこれは癖です。
姉上や兄上に人間に対して敬うべき存在だと教え込まれたので」

「……どんな家だ」
「家訓でございます」


もう一度言おうか。
どんな家だ。
英才教育してる家庭みたいなレベルじゃないか。イメージとしては、バイオリンを習わされてるお嬢様お坊っちゃま系家。

…最近、出会っているポケモン達はそれぞれ理由は違えど、それなりに人間に警戒心や嫌悪感を抱いてるようで、手持ちたちもそうだ。
……ていうか、俺に対する扱いがずさんというか、酷いというか、まぁ…………それが当たり前だと思う俺も俺だが。そしてこれを手持ち達が聞けば「妥当な評価だ」とでも言いそうだ。俺もそれなりの言動をしてきたのだから……当然っちゃー当然だけど。

だから、凄く自分が丁寧に扱われるとか、違和感でしかないのだが……シィはもう習慣なのだろう。それが習慣って凄い家だとか、アイク達に爪の垢を煎じて飲ませたいだとか、いやあいつらがこんな風になったらそれはそれで怖いなだとか、ナミさんは許されるけどだとか、ぼんやり思っていると「確かに」と彼の静かな声。

「ミズキ様は大切なお方でごさいますよ。
マスターでもあります……が、育ての親と言うべきでしょう。私達は親子のようなものです」

親子。家族。ポケモンと人間が、家族。
理解できつつも、自分には到底なし得なそうなその関係に遠いものを感じて口の中で復唱する。どこか、現実味がないなと思っていると、彼が頷く。「ですから、ね」と微笑んで、俺の冷えきった手を両手で包んで、彼は言った。
ですから、

「私が貴女様の元に下ろうとも、許されるのですよ、レオ様」

……俺に追い討ちをかけるつもりらしい。そう言った彼の顔を見て、俺は頬が引き攣るのを感じた。いや、なんでそうなるわけ? ぞっと背筋に感じた寒さはきっとこの気温だとかのせいではない。


    
    

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