空契 | ナノ
33.世界 (4/5)

   
  
   
   

そして、ディアルガも逃がす気は毛頭ないらしい。少し「すみません」と申し訳なさそうな顔をした。「……でも、あなた様にしか、できないんです……。
いえ、あなた様がするしかないんですよ…」

「なんで、俺が………なにをしろって……」

やはり、聞きたくない。そう思った俺の頭で、また先程の言葉が思い浮かんで響いた。


―レオ様、
 歪んだ世界をお救いください―


───願い、というよりは、定めのように聞こえたそれが、蘇る。


「───そう、これは歪んだ運命……」
「!」


「全ては…………とある男が、この世界に生み落とされたことで、始まったのです


それを口にしたディアルガも、パルキアも何処か悲痛な顔で一瞬、沈黙した。
そんな風に顔を歪める意味が分からないまま、顔を伺っているとパルキアがその名を呟く。
とある、男。
全ての元凶の、男。

「アース、
って野郎だ」


「っ……!」

───どくりと揺れた心臓。
全ての元凶……そう言われて思い浮かぶのはそいつで、パルキアの言葉にはやっぱり、という確信の思いである。
この世界に、イレギュラーな存在───イレギュラーな行動───イレギュラーな出来事……それらを巻き起こすそいつ。
俺の旅を、掻き乱す、そいつ。
名前は、アース。
眉間に皺を少し寄せて笑った。

「ギンガ団ボスの側近になってる、とかいう男のことだろ?」

「……そうですか。
………そこまでは、知っていましたか」

「…?」

ディアルガの歯切れの悪さに、皺を深める。はっきりとしない言葉だ。まるで、なにかが気掛かりのように俺を一瞥しては眉を引き寄せる。パルキアも同様に唇を噛んできゅっと横に結んでいる。
だが、こくりと頷いたことからそれは肯定であり、何に対して苦い顔をしているのかは分からなかった。
問い掛けようと口を開くも、ディアルガが先に言葉を続ける。

「───そのアースという男が生まれ落ちたのは、数年前。
鋼鉄島に、突如として現れました」


「鋼鉄島に? ……それって、つまり」

───アースも、能力者?
パルキアが俺の呟きに頷いた。

「あぁ……とは言え、てめぇとは違って、ただの波動使い…。
…その時点で、もう運命は歪んでたんだがなぁ……」


「……? ……波動使い、って……」

パルキアの歪んだ運命とかは理解できていないものの、俺も違和感にその時気付く。それはおかしいのではないか。
その、アースとやらが、波動使い。
───ならば、ゲンさんは?
彼は波動使いな筈である。しかし、その能力者は、数万年に一度しか生まれないのではなかったのか。
俺も鋼鉄島でこの世界に落とされたが、それはまた例外。俺はイレギュラーであり、波動使いだとも言えない存在である。

ならば、アースは?

それこそ、イレギュラーの証拠であるが───何故、鋼鉄島に、現れた。

「…鋼鉄島は、元々何かを生み出しやすい場所です」

ディアルガは言った。

「だから、異物が世界の狭間に紛れ込み……そのまま生み出される事も、
ほんの、僅かな可能性だが、あるんです」

「……本来ならば、我らがそれを事前に食い止め、
生み出される前に排除すべき、でしたが」


無理でした、と彼は眼を閉じた。
───排除しきれなかった異物が、鋼鉄島に生み出された───。
それは、イレギュラーな存在。
故に、

「…イレギュラーな、出来事が、
次々と起こってしまった……?」
「……そーゆーこったぁ」

だから、
ないはずの存在が、あって、

「……あるはずの存在が、ない?」

ドクドクと心臓が高鳴る。予感、してしまったからだ。
そっと、口を開いたパルキアの言葉の続きを聞きたくなくて震える。耳を塞ぎたくて、逃げたくて、腕を動かそうとするも力がうまく入らない。

「…お前が知っている、この物語の主人公たちは───、」

茫然と言葉をなくす俺に、パルキアがその赤色の眼を向けて少し躊躇するも確かに口にする。
想像していた、通りの言葉。


「アースに、殺された」


予想通りだとしても、その言葉は重くて、がつんと俺の頭を殴り付けた。
ぐわんぐわんと、視界が歪むように揺れて吐き気が込み上げてくる。
頭に、自身が好んでやっていたゲームの主人公の女の子と、金髪のあのせっかちな男の子のグラフィックが浮かんだ。そして、粉々に崩れ消えていく。希望の光が消されたように真っ暗になる。
マジかよ。殺された、って、なんで、殺されたって、なんで、なんで……、

ふと、ユウが血まみれで倒れているあの映像が流れてぞわりと悪寒が走った。

「っ……、なんで……」

「……彼女ら人間を手にかけた理由は、分かりません。
しかし、これは分かってくれましたか?

この世界に、あの男を止められる人間は、あなた様しかいないんですよ……───レオサマ…」


分からない。分からないさ。
拒絶するように首を振る。構わず、彼らは声で俺を追い詰めるように言葉を紡ぐ。

「アースって野郎は、ギンガ団ボスに強く影響されてる。
奴が望んでるのは、新たな宇宙の創造。
そして、この世界の消滅……だ」


待って、やめてくれ、

「我らを操ることにより、目的を達成させるようです。
───昨日も、どうにか侵入しようと我らが張った結界を破ろうと……」


「待てよ…。
なんで、俺なんかが、」

彼等が捲し立てるような台詞を頭に叩き込むも何一つ納得できない。
それでもまだ饒舌に続ける声を遮って、俺は呼吸を整える。待ってくれ、まだ、なにも納得できていない。
俺はなにをすべきだ。

「……世界を、救えって?」

なんだ、それ。
なんだよ、それ。
冗談きついと歪めた笑みに、汗が滲んだ気がした。

「俺は主人公でもなんでもねぇじゃんか。
いや、この世界の人間ですらねぇんだ」

睨み付けて、唾を吐くように言った。

「なんなんだよ。
“異物を排除しきれなかった”…?」

真っ直ぐとパルキアとディアルガを見据えて嘲笑う。なんだ。つまりさ、

「くだらねぇミスしたあんた達の、尻拭いをしろって?」
「っ、」
「能無しのてめぇらを、俺が守れって?」

なんて茶番。
なんて自分勝手。

「アースだとか、宇宙だとか、世界だとか……あーあーあーあー!
全く理解できねぇ!」

理解したくもねぇ!!
踏みつけるように足に力を込めて感情のまま怒鳴り付けた。
カミサマだから何をしたって許されると思っているかのような、傲慢な態度。その結果がこの運命。この存在。
認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない。強くペンダントを握り締めて、訴えるように叫びを挙げた。

「なんでッ!!
俺は帰りたいんだよ!! 親友の元に!」

待ってんだよ! あの子は!
───レイ、は!

「俺はこんな世界知らねぇ!
自分が生まれた訳でもねぇ世界救うほど、俺はお人よしでもねぇし暇でもねぇんだよ!」

「おい、正気かよッ」

黙って言葉を悲痛な顔をして、被害者のような顔をして受け止めていたパルキアが耐えきれなくなったように怒鳴り返した。

「てめぇの! 仲間がいる世界じゃねぇのかよ!?
見捨てんのか!?」


眉を引き攣らせて、ピンクの髪を乱しながらふざけるなと激しい口調で叩き付ける奴は、非情だと俺を責めるようで思わず声に出して笑いたくなる。
なにそれ、仲間?

「なんのことだ」

「っ、てめ、マジで言ってんのかよ…!」
「知らねぇもんは知らねぇよ」

俺に仲間と呼べるものはいない。

相棒と、呼べるかもしれないものは、あるけれど。


───あの碧眼の彼が、見えた気がした。
だけど、仲間とは、言えない関係。
彼らはただの手持ちにすぎない、ポケモンたち。
俺はただのトレーナー。
それ以下も、それ以上も、ない、



───僕は君の事が、好き、だよ───



───ない、はず、だから。
そんな言葉も、知らない。知らない。
なのに、なんで思い出す。
なんで、今、あの子の、笑みを、



───…もし、だ。
てめぇが失望させるような事したら、
俺は迷わずてめぇを…殺す
───


───“俺等の意味”が分かるまで、
一緒に居てやるよ…
───



なんで、今更、相棒の声がきこえるんだ。



   
    

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