空契 | ナノ
33.世界 (3/5)

     
   


具体的なようなで抽象的な表現のように思えた。心を、繋げる。そして、ますます人間味がない。いつから自分は超能力に目覚めたんだか……。
口元に浮かぶ笑みは消えないものの、説明を聞く度に分かりやすく眼が据わっていった。だが、聞かずにそのままほっとくこともできず、黙って続きを待つと、感じ取ったらしいディアルガが苦笑しながら続ける。

「心を繋げるというのは、割りと単純な方法です。
結び付きが弱い心に宿った感情などを、その力で放ってるんですよ。それが空間に働き掛け───架け橋となる。そういう事です」

「単純なのかそれ……。
繋げるってそんな大層なことした覚えねぇし……どっちかっつーと、勝手に伝わってきたって感じか? しかも時々」

最近気にするようになった、あの頭の中で響くような声が聞こえ始めたのは思えばかなり前からだ。……今まで忘れてたけど、鋼鉄島でそんな声を聞いたことがあるような気がする。
主に聞こえる声はアイク、ユウ、ナミ……あとはロアのものぐらいで、しかも普段は聞こえない。サヨリとシィの声は聞いたことがないし……と言うと、ディアルガとパルキアが顔を見合わせてしばし考えるように唸った。
どうやら、彼らもこの能力は予想外だったらしい。

「んー ……あーもしかすっとよぉ、心と心の間に壁があんじゃねぇのぉ?……多分」
「壁…」
「あぁ、なるほどな……壁が心を隔たっているのなら、それが聞こえない事も、届かない事もあるかもしれませんね」
「えー、と、つまり……、」

俺と、彼らの信頼度の問題?

「空間を越えるのは強い感情、想いなんてのもある。
……てめぇが聴いたっつー、そいつらの想い、
そして“明確に伝える意志”が強けりゃぁ……届くんじゃねぇのか」


多分、と小さな声で付け足され、眼を胡乱気に細めた。

「……そんな重大な事がなんで曖昧なのさ……」
「うっせぇな! これは俺らも予想外だったんだっつーの!
俺が空間を司ってっからある程度分かるんだけどよぉ」

「そうなのか?」
「はい。
あの鋼鉄島で生み落とし…波動の力を少しでも得れれば、ポケモンの言葉を理解できるようになるだろう……という当たりはつけてたんですけどね」

「……カミサマ適当だなぁ」
「ちげぇよ、時間無くて焦ってたんだよ!」

時間ってなんだ? それについて聞こうとした俺を察したディアルガに「後で詳しく話します」と制される。……よく、わからないが、確かに順を追って話される方がこっちとしては楽かもしれない。
意外と俺の頭は混乱している。

「(えっと…………彼らの声が聴こえた……響いてきたのは…)」


いつだったか。……意識を、過去の彼方へと向けてそこにある出来事、言葉、ひとつひとつを思い起こす……なんて当たり前のような作業をしたのは、とても久々な事なような気がする。そして、おそらく周りから見たら、とても不自然な程に時間がかかる。
だが……一度、その糸を掴めば、するりと手元にやってくる……。───彼らの、言葉。



───僕を信じて───


───信じれる───


───たすけて………!!───


───負けれたまるか───



「……あー…」

さほど前のはずではないけど、懐かしさを覚えて意味もなく声を出して宙を眺めた。……あったなぁ、色々。
思い出せたものは全て、強い感情、想い……そして、明確に、俺にと向けたもの。
……なるほど、だから、俺に伝わってきたのか。信頼なんて、そんなに高くない筈なのに。壁も、できたままだというのに。

「逆にどちらか片方が、聴きたくない、と拒絶すれば当然届いてはこないでしょうね。
そんな曖昧で不安定な力だが、確かにあなた様の能力……」


「是非、有効活用してください」とにやりと笑われても、これは俺の手に余るものだと思う。だって、やっぱりアイク達の関係はあまりよくはない。最近、ユウと和解したぐらいだが、まだ俺が壁を造っているのだろう。自覚はある。
サヨリとシィにはそういった現象がないのも、やはり彼等の壁が強く、更に伝えたい想いもないのだろう。俺もない。
まぁ、バトルでとても役立つ時はあった。思い返せば……ナミがまだポッチャマの時にムクホークの群れに襲われてる彼に伝えられた声や、マーズやジュピターとの戦いの時にユウとの間に感じた一心同体のようなあれも……この能力がなければ、なにもかもうまくはいかなかっただろう。
…そう考えたら便利だけどさぁ……、

「…あ、そういや、何度か……ノイズ?みてーの頭に響いてうるさい時があったんだけど、
あれもこれに関係すんのか?」
「あぁ……そりゃぁ、てめぇの心と身体のズレ、壁、空間とかが摩擦を起こして出る音だなぁ……」

摩擦……。

「つまり……?」
「つまりよぉ……無理矢理心を繋げてる状態、つぅーこったぁ」

…あ、なんとなくわかった。イメージとしては、向きの違う歯車と歯車がぶつかり合って、無理矢理回っている感じだろうか。
……としたら、あれはなんだったんだろう。思い出したのは、肝試しのようなあの探索。

「……森の洋館でうるさいほど感じたあの雑音って……」

「森の洋館…?
…森の洋館に立ち寄ったんですか?」


そう、森の洋館。
ユウと行動中に、とある部屋に入った。そこでおかしな石からノイズが聴こえたり……なんて事があった、あの奇怪現象のようなあれ。
ノイズが、心を無理矢理繋げてた結果の不協和音だとするなら───あれもそうだったのか。しかし、何故あんな石と。
なにか特別な石なのか……?とうんうん唸りながら、脳内に詰め込んでいるゲーム情報を漁る俺の前で、カミサマふたりの反応が変わった。赤いその眼を釣り上げ、気配はピリピリしている。……さっき、俺が悪夢を見ていると発言した時と似たような反応……あれは警戒心だろうか。

「ちぃ……っ、んでよぉてめぇって尼はそんなとこにわざわざ立ち寄るかねぇ……」
「くそ……ますます“あの人”の思う壺だなオイ……」
「……? …? あの人?」

どの人?
ていうかずっと思ってたんだけど、本当にパルキアもディアルガ口悪い…………。それでいいのかカミサマ、と場違いな事で笑っていた俺に、鋭い眼が向けられぎくりとするも、俺のこの四六時中浮かんでる気の抜けた笑みが咎められたわけではないらしい。
ガシィッとパルキアに肩を掴まれると物凄い形相の顔で詰め寄られる。ええええぇ近い近い怖い怖い怖い怖いよカミサマ。

「いいかぁ、レオ」
「は、はい?」
「てめぇが森の洋館で何を見たかぁなんざぁ知らねぇ。
とにかく、そのおめでてぇ頭でさっさと忘却して二度とあんな場所に近づくんじゃぁねぇ」


いや、ほとんど忘れかけてる思い出だから問題はないんだけどさ。パルキアさん。本当に怖いんだけど。目付きが。なんか本当にヤのつく職業さん……。

「いいですね? レオサマ……?」
「ウッス」

……こいつの方が怖かった。
シィやゲンさんのような輝かんばかりの笑みとは違う。俺のようなにたりとした笑みのそれで、鋭く笑いながら敬語、という奇妙な組み合わせがとても恐ろしいディアルガさん。
思わずパルキアと手を取り合い後ずさってしまう。そういうパルキアも中々の迫力だったが。「……さ、流石カミサマ……」威圧は一流である。ぼそりと呟くと、ディアルガは付けているモノクルに触れながら、笑う。

「まぁ、我等の特性は“プレッシャー”……ですからね」

それでも、人間の身体を模した擬人化だと、その特性は弱まるらしい。
このなにもない空間に呼ばれた俺は、身体との結び付きが弱い心……精神のみであるから、原型のままのプレッシャーをそのまま浴びせると、最悪、精神、心ごと消し去ってしまう可能性があるとディアルガは語った。だから擬人化をしているのだという。
俺の疑問は、誰も信頼もしなさそうなカミサマが擬人化を成しているのか、ということだったが、その質問に対しパルキアは「失礼な尼だなぁ…」と眉間をひくつかせながらも「カミサマ、だからだぁ」と吐き捨てた。

「元々は……ポケモンの子孫と呼ばれる“ミュウ”が自由自在に姿を変えれる。
そして、その“ミュウ”もとある“存在”から分裂したような存在でなぁ…………俺らはその“存在”から直接生まれたもんだから擬人化ぐれぇ容易いんだよ……。

……って、おい? どうしやがったぁ、頭から煙でてんぞぉ」

「……」

え、今このひとなんつったの。
子孫、ミュウ、存在、分裂……その単語が頭の中でぐるぐる巡って消化できずにいた。思わず額を押さえた俺の頭からは、パルキアの言う通りショートした煙が立ち上っているだろう。こんこんと頭をノックする手を振り払って、待ったをかける。

「え……お前、今さらっと物凄いこと言わなかったか?」

ミュウとかなんとか……。

「……その話も、また今度しましょうか。
ともかく、あなた様の身体について、などは理解できましたか?」


なにがなんだかこんがらがってしまったが、なんとなくは理解したつもりだ。
「Yes」とディアルガに頷くと、彼は満足げに笑みを深める。

「───では、本題に入ります」

───我等があなた様を此処に……、
この世界に呼んだ意味を───。


聞きたくない。そう本能的に拒絶する感情が、ほんのりと宿して眉を寄せた。
どうにかして、回避できないかと無意識の中に足を下げる。だが、背中を押さえ付けられて顔を上げると、逃がさないと言わんばかりの眼をしたパルキアと視線が合って、肩を竦めた。
    
    
    
   

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