空契 | ナノ
3.おれ+キミ (5/6)


今何時かねー?
真っ暗な夜空の真上に、月が浮かんでいる。
本当に、今日は綺麗な夜空だ。
あのキモリの色と、同じ深い色を見上げて、ゲンの家に向かっていた時だ。

こーーーーんっ
 
「あだぁっ!!?」

後頭部に何かが当たった。
いやまぁ、誰がやったのかなんて分かるけど!!
分かるから振り向きたくねぇんだけど!!!

「なにすんじゃごらっ!!!」

後頭部を抑えて振り返り様、怒鳴ると…………やっぱり居やがったよ、キモリ君。
ちょっと、うんざり。あれれー舌打ちしていいのかな今の場合。
そんで落ちてるのは………モンスターボールか、これが当たったのかよコノヤロー。
で、投げたのは君だよなキモリ君。てめ、ホントに容赦ねぇな!

「ーなに?
つーか君って何故なんも言わねぇの…」
『俺を連れてけ』

「……………あのさぁ」

言ったと思ったらコイツ……。
さては人の話を聞いてなかったな?
俺はため息をついて、頭を掻いた。しゃがみ込んで、一言。「駄目だ」
それでもあちらは引き下がってくれず、再び、ため息。
…なんか…調子狂うなー。

「…君、
なんでついて来ようと思った?」

素朴な疑問だった。
言葉をつまらすキモリを見詰める右眼を、俺は無意識の内に細め、見据える。

――――キモリのその碧眼は、誰かさんと似ていた。
誰だっけなー。なんか、すごく、嫌なヤツと似てる。
似てる、って言っちゃ凄く、この子に失礼な気がするけど……、

「…人間…、
嫌いだろ?」
『……、…』

キモリが何かを言おうと口を開いた。多分、何で分かった、とか聞こうとしたのだろう。
だが、笑っている俺を見て、口を閉じた。悟ったんだな。
“俺”というヤツを悟ったから、
何も言わずに、彼は碧い眼で、俺を見つめる。
それでも、って、言っている気がした。

「…いいのか?
俺ぁ、化け物だけど、まぁ一応人間だし…、」
『は、化け物…?』

「あーうん、そう、化け物」

ニコニコ笑いながら俺は頷く。
でも、ただそれだけ。俺はそれにそれ以上の感情なんて持ち合わせてはいない。
だからただ笑うだけだし、キモリもそれ以上は深く探りを入れようとしない。
そう、化け物。俺は、化け物。


「俺と一緒にいて、俺に関わって、
得した奴なんていねーぞぉ?」


多分ね。
正直過去のこととか、あんま覚えてないし。
けど、損ばっかだったんじゃないかな。

「疫病神みたいな奴と一緒に居てもつまらんよ?
後悔すんぞ?」


あんな奴もう嫌だ。うざい。
気持ち悪い。死ねばいいのに。
消えろ。もう会いたくない。
そう、思うよ。必ずさ。
覚えてないくせに、そんな確信が俺の中にはあったんだ。

────キモリは、それを鼻で笑った。

『後悔、か…』



――するわけねぇだろ――



「………、
(ん?)」

あれ、今…?

頭を押さえる。
ん?今………キモリくんの声が、ノイズ交じりに聞こえた気が………あれ?
明らかに挙動不審の俺を無視して、キモリは『まぁ』と続けた。
俺の意識もそちらに、キモリの、鋭い眼に向く。

『…もし、だ。
てめぇが失望させるような事したら、
俺は迷わずてめぇを…殺す』

「はは…、
言うねぇ」

言うならば、それは誓いのようなものなのかもしれない。
彼自身の誓い。

約束。

キモリの碧い眼は、ぎらぎらと輝き、強い感情を秘めている。
殺す、か。彼は、それを違えないだろう。
───上等だと、俺は臆せずに笑った。
いいねぇ、面白い。そーゆー覚悟は大切だ。

けど、殺されんのはヤだ。俺は自殺祈願者なんて、贅沢な人間じゃないから。
面倒なのは変わりないけど、

「(精一杯やりますか)」

ふっ、と、自分の笑みが変わった事を俺は───気付かなかった。
どうでもいいのかもしれない。
どうでもよくても、つくらなきゃならなかったから。この笑顔は。
気付かず、俺は笑みを“つくり直して”言った。

「んじゃ、君の名前をつけさせてもらおーかな」
『は………、名?』

「そっ、名。
つまりはニックネーム」

俺は手持ちには名前をつける派。
種族名で呼ぶって……さすがに仮の相棒相手でも、なんかおかしくないか。
この世の中にキモリはごまんといるからな。
それに、せっかく、本物のポケモンが目の前にいるんだ。
仮だけど、嘘だけど、形だけだけど、相棒に、なるんだ。
その事実に、鼓動が早まったのも、事実である。

「人生初の相棒だからな。
名前で呼ばんでどーするよ」

にひっと俺が笑いながら言うと、キモリははっと鼻で笑いやがった。
ははは………………よし、ツンデレと受けとっておこう。
どんなときでもポジティブシンキングいぇす!
いやぁ、殺気とかしまってればかわいーのになぁ。
ま、それは置いといてっと。名前、ね。

キモリ。キモリって…蜥蜴だよなぁ確か。
蜥蜴………。蜥蜴が頭に浮かんだ時、キモリのエナボーを喰らった。
えぇ………まさかの読心術?
聞いてみたら『顔に出てた』らしい。あっはは。
笑ってみたらキモリ君に、碧い綺麗な眼に殺気を篭められて睨まれましたよ。いやぁ怖い。

「………………あ」

そう、碧い眼。

印象的だよな、碧眼。
青とか蒼ってゆーより、碧。…碧、って、“あお”とか“みどり”って読むんだよなぁ……。
碧………、タイプは草で……特性は新緑…。
その上、夜空色か。本当に綺麗な色。

「………、」

サアァ…と風は俺の髪を揺らし頬を撫で、消えっていった。
俺の髪は……藍色だよなと、どうでもいい事を考えながら、ぽんっと手を叩く。
よし、名前決定。
キモリも興味があるそーで、こちらをじっと見上げている。ここで『興味ねぇ』なんて言われたら泣くしかねぇけどな!!
という訳で、結果発表。
ネーミングセンスねぇけど笑うなよ、けなすなよ、虐めんなよ、としつこく言ってから、俺は口を開いた。

「君は――――アイク」
『あい…く、』

ぽつりと、キモリは繰り返す。
心に擦り込むように。
…あ、ちょっと眉間の皺がなくなったか?
少しは気に入ってもらったのだと判断して、俺は頷く。

「そっ。
漢字でも書けるんだけどさ、まぁ色々あって。
とりあえず、ひとつは碧い草と書いてアイク、な。
由来は、君のその碧い眼かな」

―――その眼を指摘した途端、キモリは小さく震え、眼を、揺らした。
その反応は気になったが、俺は説明を続ける。

「すっげぇ綺麗な色だからさ。
青よりも透き通っていて、
蒼よりも深くて、
藍よりも落ち着いてて、」

言うならば、
夜空の深いあお。

「夜空は好きだ」

心を優しく宥めてくれる、碧だから。

「好きなんだよなぁ…」

だから、この漢字は使いたかったんだ。
それに合わせて、草タイプだから草って漢字を付けて、アイクって呼ぼうしたんだけど…、
ちらりと彼を一瞥する。何故か、反応がない。
無言で彼は、キモリは眼を、碧い、綺麗な眼を伏せていた。
これは…もしかしなくても………、

「気に…入らなかったか?」

返信はない。無言は肯定だろうか。そうだよな。そうですよねすみません。
思わず土下座をしそうになったが、辛うじて耐え頭を掻いて、俺は唸った。

考え直しか…。なんか…碧が嫌いっぽいなぁ…。
なんでだかは知らんが。
────いつもは辞書片手に考えてたからなぁ…。
今回持ってねぇから、いつもよりクオリティー低いし……。
うーん、と腕を組んで、脳内辞書(欠陥品★)を引き始めた。
あ、ゲンさん持ってるかな。辞書。借りてじっくり考えようかな。いい名前。

そんな結論にたどり着いた俺はそれを伝えようと、口を開いた。でも、それを見ていた彼の方が早かったらしい。

『……………やる』

その口から発せられたのは、小さな、本当に小さな、声、だった。

「え?」

蚊の声のような小さなそれを聞き取った俺は顔を上げて、思わず聞き返してしまった。
不服とでも言いたげに、眉を寄せる彼に。

『っだから、
仕方ねぇから貰ってやる、っつってんだ』


……ん?

「え?」
『何か文句あるか?あ?』

いや………ない……けど……………、
え?あれ、おかしくない?

「…一応お尋ねしますが」
『あ゙?』

「(あ゙?って…)
いや……無理しなくてもいいからな?」

嫌なら嫌と言ってもドーゾ。
茫然と言えば彼は『嫌なら言うか馬鹿』と返して来た。
嘘付け。その目つきに眉間の皺から言って、不服だろうキミ。
あれ、もしかして、それ元からとか?
だとしたら、それってものすごく、

「………ぅぁああ…」
『は?』

「……くぅ………」
『……おい』

「……………ーーーーっ…」
『…っ……んだよ』


ひとりで色々なものに耐えていたら、彼わついにキレ気味まで追い込んでしまったようだ。
あれ、いつの間に。この子って気が短い?これ、言っていいのかな……。
でも言わなきゃ殴られそうだし、なら、はっきり言ったほうがいいかなってことで、

かわぇえーーーっ!
『っな…、』

俺は本能に任せ、キモリ君に抱き着いた。というより、抱きしめた。
あ、ほらやっぱり引きやがったなキミ。
腕の中にすっぽりと埋まった彼は必死に抵抗してきたが、予想済み。
甘いな! 俺はこれぐれぇじゃくたばらんぞぉお!!

だってだって、可愛いすぎるだろ!?
なんだこの小動物!? 殺人的な可愛さすぎる。

「ツンデレツンデレ? それともクーデレ?!
どの道ドストライク!!!反則だ!!!
かーわーいぃぃいいーーーーー!!」
『っっキモいきしょい死ねくたばれ離れろうぜぇッ』

「ふははは!! 足掻け足掻けぇ!!!
俺はそれをツンデレと受け取る!!!」
『うぜぇえええええええ』


エナボーを喰らった。腹に入った。
普通の奴なら気絶していた気がする。
でも、離さなかった俺偉い。今なら全ツンデレクーデレ好きに褒められると思う。
ここまできたら意地だ。逃がしてたまるか。
こんな可愛い相棒を……!
  

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