空契 | ナノ
31.僕と君が歩む道 (6/6)

    
   
   

思わず、レオは眉を寄せたくなる気持ちを生んだ。
頭を下げたままのシィを見詰め、付きたくなった息を喉へと押し込みながら「何故?」とあくまでも笑顔で尋ねた。こういう突発的な出来事には慣れてしまった。ポケモンってみんなこんなもんなのかな、と。
だが、どうしても慣れないのは……、

「……誠にお恥ずかしながら、私は虚弱で、ひとりで出歩くのはとても心許ないのです。
そんな私の帰りを、マスターはきっと待っておいででしょう。

そのマスターの元まででいいのです」

どうか、そこまで私の同行を許可していただけないでしょうか。

「…………、……」

そう願うシィの瞳は、レオからは見えない。だが、きっとそこには隠しきれない感情があるのだろうと容易く想像できた。
それを思い浮かべながら、ソファへと背中を預けるレオは、ふと鋼鉄島でお世話になった男の事を思い出した。ゲンだ。
彼も、優しい物腰で、したたかに何かを強要するのが得意だった。似てる、と思った。そして、何故か先程見た夢を───覚えてもない癖に、思い返してみた。

親友が出ていた夢だった、と思う。

「……───」

それから、シィを見て悟る。……これは自分が苦手なタイプだ。

「………そのマスターとやらは、」
「はい」
「…どこにいるのさ?」
「ミズキ様のご住居はヨスガシティで、実家はカンナギタウンでございます」
「(実家はカンナギなんだ…)
……カンナギ、は近ぇな………」

「え……もしかして、レオ……」

正座を崩して、こちらに注目していたユウがまさかと声を上げた。アイクもとっくにラフな体制になっていて、嫌な流れを悟ったらしく舌打ちをした。
ナミもサヨリも、意外そうに目を丸めていた。
そんなに意外だろうか。レオは顔を天井に向けて、思う。……いや、確かにと眼を閉じた。

「───いいよ」
「!」

「俺のメチャクチャな道でよければ、途中まで来るかい?」

自分自身、確かに意外な選択だったかもしれない道を選んで、口にした。あっさりと。
周りの反応は、驚き半分呆れ半分の顔でこちらを見ている。そして、その中に何故かシィもいた。
バッとやっと上げた顔は驚きの色が確かにあった。あの笑みさえ、消えていた。お前までそんな顔を……と右眼が半眼になっていく。

「……なんだよ…シィさんってば」
「…………いえ…………少しばかり意外ですと……」

なんでキミまであのおねーさんと同じことを…………いや、確かにそうかもしれないが、何故初対面の者達にも言われなければならないのか……。

「……でもさ、
ホントーにいーのかい? 俺なんかで」

俺なんかについてくるぐらいなら、警察に保護を申し立てた方がよっぽどマシかもしれない。
そう思って言えば、シィは無言で首を振った。「貴女様についていってみたい」と。

「僅かでも良いのです。
僅かでも、貴女様の傍に居たいと思ったのです」
「……それは、なんで?」

俺なんか。肩を竦めて笑うレオを見上げる姿勢は、何処までも低姿勢だ。謙虚で、慎ましやか。
口元に薄笑いを見せるそれは優しく、優雅で麗しい。

「ふふ……これは、秘密でございます」

───なのに、細まった瞳が輝きを見せる感情は、鋭く、深く心を探りにくる。

やっぱり、こいつ苦手なタイプだ。
そう思いながら、レオも負けじと笑みを浮かべてみせた。







苦手なタイプな癖に、よくあっさりと認めたものだと普通は言われそうなほど、それはトントン拍子で決まってしまった。

「やっと起きてきたかと思えば突然てめぇ……どんな心境の変化だ」
「いや、人に強制睡眠取らせたお前がなにほざいちゃってんの?」

レオの隣のソファに座ったアイクの台詞に、蹴りと共に突っ込みを入れる。防がれた。
しかし、納得していないとはいかないものの、釈然としない何かを抱いているのは碧眼を剣呑に細める彼のみでなく、床に適当に腰を下ろす、サヨリとユウもそうである。因みに、シィとナミはあの後、綺麗に食べ終わった食器を片付け洗いにいっていた。……なんか後ろ姿が、オカンとオトン……いや、何でもない。

「……うわぁ……なにこれ……贔屓……」
「え、いきなりなにさ」

「…いや、レオさ、僕らの事は素直に受け入れてくれなかったじゃなーい。
なのに……ぶー」

「唇尖らすなキメェ」
「あんたは黙ってろ死ね蜥蜴」
「……ユウくん、キミかなり毒舌だな……」

レオちゃん、びっくりよ。

「えへ! 少し素直すぎる所も可愛いでしょ!」
前よりうぜぇ……
「君らは相変わらずだねうぜぇ」

「で、」

「えぇ?
いや、カンナギでもヨスガでも、どうせあの子……シィさん?と一緒にいる期間は短いだろうし、いっかなって」
「あ、やっぱりそういう理由」
「自分本意ですみませんねー」
「……レオ、らしくて…ホッとしてる……」
「善意とからしくなかったらキモすぎて吐いてた」
「ほんっとキミら相変わらずだなうぜぇ」
「しかし、否定できないっと」
「ユウくん?」「ごめんなさい」

「……それと……、」

「?」
「…………なんか……苦手なタイプ……っつーか……なんだろ。
ゲンさんとダイゴさんに似てるよな、シィさんって」

「胡散臭ぇ代表揃ってんじゃねぇかよ」
「……いや、胡散臭いとはいかなくても……なんか……怖いくらいの感情、とか、意志とかを隠してる感じ? それが苦手で……」
「…………ますますなんで許したのさ、そんなシィさんを」

「だからこそ、っていうか……、
なんか……、」

気になる、と言うのか。
なんというか──────わからないけど、
何故か、夢の事を、思い出す。
親友を、思い出す。

その灰色の眼を見詰めていたら……何故か──────懐かしい、感覚に、一瞬、ほんの一瞬だけ、なる。
その感覚は、余韻を残して去っていく。……穏やかな海の波のように、引いては、押してきて、跡だけ残して、また引いていく。───そんな、感覚。
これが、気になったというか…………記憶の片隅に、引っ掛かったというか……、

レオでも不思議な現象だった。




「……まぁ、いいけどさ。
あと、不思議なのが…………シィさん美人じゃん?」

「え? 可愛い系美人さんだな…」

「…………なんでそんなに反応薄いの?」
「へ?」
「いやさ……いつものレオだったら、とっくに抱き付きにいくと思ってたのに」

……うん?

「…………え? うん? あれ?」
「レオの好みそーなお姉さんなのに……って思ったんだけど……レオ?」

「…ユウくん…………キミってば……、
……、
…………シィさん、男のひとだぜ?」
「え、そうなんだ。




……え?」


「……やっぱり…そうなんだ…」
「すげぇ紛らわしい……」
「そういうアイ君も中々女顔だからな……っとあぶね」


「……おや、アイ君さん、主様に手を上げるなど無礼ですよ」
「あ、シィさん、ナミさん。おつかれさん」
「あぁ。
これ、デザートの餡蜜だ」

「えっすげぇうまそう」
「シィは凄いぞ。こんなものまで作れるのだから」
「家では家事全般をこなしていましたので、このような事が得意なんですよ」
「おお、女子力だー」
「私は男、ですがね」

「……え?」
「え?」「はい?」

「……シィさん……」
「はい」
「…………おとこ……?」
「こんな容姿でも、男なんですよ私」

さらりと、微笑みと一緒にとんでもない事実がカミングアウトされた。
その笑みはそこらの女よりも女らしく、きらびやかだと言うのに。
沈黙した。

「……………………えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
「ユウくんうるさい」「レオ!? レオなんでそんなにあっさりしてんのなんでわかんの!?」「そりゃおめー、俺には女の子センサーがついてるからだよ」「意っ味分かんないなぁあにそれ分かりにくいわ!!!」

「……うるさ……鼠うるさ……」
「前よりうるせぇしうぜぇし……」

「また賑やかになるな」
「そうですか……それは楽しみです」

「だからどうしてキミらってそんなにマイペース!?」
「まぁまぁ、怒ってないで怒ってないで」

どーどーと背中を叩いてユウを落ち着かせて、レオは笑った。そこそこ楽しいから、いいんじゃないかと。
こんないつものノリで、テンションで、シィもそこに馴染めて、いつもの風景が広がるリビング。
ユウは自分が今そこに、普通に、何も拒絶することもなく、違和感もなく、居ることに気付く。

レオは微笑みながら、寝転がった。マイペースに会話を進める彼らの言葉をBGMに。それは雑音に近いもので、煩いとか、わずらわしいとか思うときもある。けど、それでも、

「これはこれでいーんじゃねぇのかね」

黙認してしまう。黙って眼を瞑る。
そりゃ、ないほうがマシかもしれない。そう思ってしまうのは、レオが本来そう望むから。
これでいいと、確かに自分の感情に区切りをつけられたのだ。

これで、いい。
こう、ゆっくりと歩み続ければいい……。

自分の、勝手な道。

───ユウも、そう決めて、後悔したくないと思った。
後悔したら、この出会いを全て否定してしまう気がして。


「そう、かな」

「……そうかも、ね」

「そ、だった」


どんなに、とおまわりでも、行き止まりでも、面倒でも、遠くても、近くても、
彼女と歩みたいと、思った。

それがやっと見えた、
レオとユウの道。


また騒がしくなるなぁとボヤき、キリキリと胃を痛めた。何だかんだ言っても、自分は中々常識人だと自負している。からこそ嫌な予感がする。
ふと、視線を巡らせ、窓の外を見上げた。
正午を廻った空は高く澄み渡っていて、そこを泳ぐように飛んでいく鳥ポケモンの群れはきっと心地よいだろう。
そんな鳥ポケモン達の気持ちのように、不思議とユウの心は軽々と弾むよう。

実は満更でもない気持ちで、顔を綻ばせてユウは大きく頷いた。









(ありがとう)

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