空契 | ナノ
30.選んだ道の果て (4/4)

   
     


「───あ……アース、さまの……エーフィ…」
「……! アースの…!?」

「…」

その女性は、ジュピターの言葉に少しその瞳を丸めて瞬きをした。それから少し何かを考えるような素振りを見せるも、その固まったままの表情は変わらず───気が付けばそこからその女性は消えていて、菖蒲色の体を持つポケモンが立っていた。
猫のようにしなやかな肢体を持ち、ふたつに割れた尻尾、額の紅水晶──────まさしく、そのポケモンは、エーフィだった。
エーフィは、静かに口を開く。

『……我が主、アース様にお使いする……陽恵、といいます。
貴女は、レオ……ですね』

「やえ…………ああ、そうだ」

やえ、太陽の恵みと書いて陽恵。
綺麗な音の響きだとぼんやり思うと、彼女は瞳を細めた。一瞬、自分の考えを読んだのかとドキリとしたが、どうやら違うようだ。
そのエーフィ…………陽恵は、俺じゃない、遠くのものを見ているようなその、透明で空色の瞳は悲しそうな色を写していたのだ。疑問に感じたが、それは一瞬ですぐに何も感じていないらしい機械のような瞳になってしまった。それでもやっぱり、遠い先を…視ている、みたいだ。

「……あんたは……あんたらは一体……?」
『……アース様は、このギンガ団を統べるボスの側近、のようなお方……。
そして、私は彼を支える者です』


側近……? ボスの?

「…なんで、側近なんて…………いや、それよりも、あんたらはなにを企んでいる?
なんで、俺のことを調べる」

『……あのお方の目的はただ、ボスの未来を守ること…………その為に、貴女の能力が必要だった……。
ただの、興味本意、に過ぎなかったのですが』


『そして、』

陽恵は瞳を閉じると、伏し気味だった顔を上げた。
その顔は機械のまま、人形のまま、だが、瞳は燃えるような光が宿っていた。太陽の光を思わせる、

『私はアース様の未来をお守りする為に、存在しているのです』

優しい光。それは意志。まるで、未来を知っているような確信を抱く、強い意志がそこにあって、俺は悟った。
───彼女に、今は勝てない。彼女の意志に、勝てない。
トテリと、歩む彼女に警戒心を露にしたアイク達に待ったをかける。

「アイク、ユウ、ナミ、サヨリ、
下がれ」

「でも……っ」
「……」
「大丈夫……」

敵意は、その強い意志の中には含まれていなかった。
大丈夫だと言い聞かせ、彼等を下がらせる。それに構わず陽恵は歩む。臆することなく、気高く振る舞う彼女は、こちらに歩み寄ってくる。
その最中、俺を見据えていたその瞳が僅かに逸れた。僅か、だったから確かではないものの、彼女は部屋の片隅に積まれた檻の方向を見ていた。───視線の先、そこにいたのは………イーブイ?
偶然だろうが、そのイーブイも陽恵を見詰めていた。
僅か、一瞬の出来事で、確かではないけど、やけに気になったが、再び擬人化した陽恵がすぐそこまで迫っていて思考は断たれる。

「…………」
「……ジュピターさんは、お返ししていただきます」
「……どーぞ…」

俺よりいくらか背が高い大人の雰囲気を纏わせた陽恵を見上げ、苦笑を交えながら肩を竦めてジュピターの傍から退いた。
すると、陽恵はそんな俺をじっと見詰めた。

「……意外、ですね」
「え……なにが?」
「…いえ……簡単に退くとは、思いませんでした……」

「……今必要な情報は得たつもりだし、
勝てるケンカと勝てないケンカくらい見極めることぐれーできるさ」

見極めろと、誰かが言っていた気がした。もう、覚えてないけど。
そう呟くと、その空色の瞳が微かに細まった。ほら、また遠いどこかを視ている、瞳。そんな瞳で「…そうですか」と頷きもせず言うと、彼女は俺から視線を逸らしてジュピターを見た。ジュピターはなんだか複雑そうな顔で「よりによってアース様のエーフィに助けられるなんて……」とぼそぼそ呟いていた。……あ、なんか察し。これは……あれだ。女は怖いやつだ。
陽恵は何を考えているのか、冷静な顔のまま、こちらを向き、ぺこりと頭を下げる。……その足元から光が楕円状に広がっていき、エーフィとジュピターを囲っていた。
ハッとしたようにジュピターは立ち直ると、強く俺を睨み言った。

「最後に、ひとつ教えてあげるわ。
私達のボスは神話を調べ、伝説のポケモンの力でシンオウ地方を支配する……。
貴女、ギンガ団に逆らうのは、やめておきなさい」

「……」
「次、逆らったら……今度こそ、私が貴女を潰してみせる」

覚えておきなさい! その言葉を最後に、光はふたりを覆いつくし、姿を跡形もなく消し去った。気配は一瞬にして消え去った。
……これって、もしかしてテレポート?

「……テレポートなんて……エーフィ、覚えた…っけ……」

ほんと、それ疑問だ。
だが、敵の気配は消えて───気が付けばあのしたっぱも消えていた。ここにいるのは俺達と、捕まっただろうポケモン達である。
ならば、やることはひとつだろう。ぼそりと呟いたサヨリの肩を叩いて俺は檻の方を見た。

「…それも後で考えよーか……。
今はすぐにこの子達を解放するのと……ユウをポケモンセンターに連れていくのが先だ」

見れば、眠ったらしいユウの顔色は悪いままだ。
やはり……無理をさせてしまった。
だけど、後悔はしない。してたまるか。
後悔をしないために、俺はここに来たんだ。
後悔わしないために、彼を……ユウを信じたのだ。


「……ごめんな……」


やっと、道が見えてきた気がした。


「…………さぁ、
帰ろうか」



頷いた面々を見てから、俺は上を仰ぐ。
きっとそろそろ、陽が沈んでしまうころじゃないか。

空が徐々に橙色に染まっていく様子を思い浮かべて、何故か陽恵の、あの瞳を思い出す。
あの、後悔しそうな、瞳が、忘れられない。

なんで、俺を、俺らをみて、あんな悲しそうな顔をするのだろうか。
勿論、未来を視れるわけではない俺は答えを出せることもなく、疲れたと溜め息をついて、作業に取り掛かった。










(遠い)(未来を視る者)

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