空契 | ナノ
29.とおまわり (5/7)

        
     


格子の破片が舞い上がり、いくつかが男達に命中する中、ユウは息を荒上げながら檻から出てきた。粉々になった格子で檻の天井は落ちてきていて、半壊である。
そのような形に変貌させたユウは、よろけながらも両足で立ち上がっている。額から流れる血は止まらず、ボルテッカの反動を受けていて、更に麻酔は全くきれる様子もなく体は未だ鉛。
満身創痍。それに近い状態だというのに、ユウの眼光は鈍くはならない。鋭く、怒気の色を滲ませた眼で、睨み上げるのだ。

『だから、
人間はむっかつくん、だっ、つーのッ!!』


ダッと走り出して、男達へと突っ込む。だが、真っ正面からではない。
───レオなら、多分、こうしろって言うんだ。

「っこの……がっ!」

前から来ると思わせといて、直前で電光石火。それからワンテンポズラして男の蹴りを出した直後、真横からのアイアンテール。
───まるで、レオがそう言っているような言葉で動けば、ユウの鋼の硬さを持つ尻尾が男の鳩尾を殴り付けた。
だが、レオがこの場に居る筈もなく、タイミングはズレて男の蹴りが僅かにかすった。そしてアイアンテールは上手く力が入らず、軽く突き飛ばす程度でさほどダメージは与えれなかったのだ。
それ所か、軋む体に痛みこそは感じないが上手く動かせない。
チッと舌打ちをした、小さく黄色い体を、容赦なく男の足が踏みつけた。

『ぐ、』
「くそが……! 弱いくせによくもやってくれたな!」
『ぁは……っ、
なに、そのど三流な、せり、ふ!』


ギリギリと腹を潰されて唾液が流れる。だが素直に潰される訳なくユウは不敵に口角を上げた───笑った、というよりは引き上げただけだ───と同時に放つ10万ボルト。言うことを聞かない体から無理矢理に引き出した電撃は、男の体を痺れさせその隙にユウは体当たりを食らわす。
呻き声を上げて床に背中を打つ男の上で、今にも絶えそうな息を吐くと、その時何かが迫ってくる気配がして、反射的に10万ボルトを放った。
───だが、不完全。完璧とは言えぬ形の電撃は、突如こちらへと飛び迫ってくるものには当たらず───ユウは、その者攻撃に地面を転がった。
ぱしりと走った切り裂かれたような傷口。鋭い爪で斬られたらしく、顔を見上げつつ咄嗟にその場から逃げると、その場所にポケモンが───スカンプーが、鋭い爪を剥き出して襲い掛かってきた。間一髪、かわす事ができたが、新手か。
先程倒した男が出したポケモンだろう。続けてもう一人の男がニャルマーを繰り出す。
二対一。しかもユウは既に立っているのも辛い状態だ。しかし、彼はそれを不服と思うことなく、挑むようにしっかりと視線を鋭くさせる。臆する様子など、ない。

『何をなさっているのですか!?
駄目です……逃げてくださいピチューさん!』
『───、』

戦う意思しかない。そんなユウに向かって叫ぶシィだが、彼は放たれた攻撃を何とか跳躍してかわすと10万ボルトで応戦しだす。
シィは───ユウが勝てないと悟ってしまったのだろう。

そんなこと、ユウ自身も知っていた。
自分が勝てる見込みなど、ないに等しい、なんて。

自分の体だからこそ分かるのだ。麻酔で麻痺した感覚は痛みすら感じやしないが、動きは鈍くなる一方。そして、体力が底をつきそうで視界も歪んでくる。
分かっている。そう長く保たない。
だからと言って、逃げるつもりも、ましてや死ぬつもりもないのだ。眼に宿る、光は、意思は、強い。
ポンコツ寸前の体を叱咤し、足を動かし走り回り敵の技、毒ガスを回避しながらユウはニャルマーに電磁波を放つ。クリーンヒット。ざまぁみろと笑いながら、脳裏に過去がまるで走馬灯のように流れていった。
───ああ、懐かしいな。あのとき、コトブキシティでのバトル。あの瞬間から全てを間違えていた。

嘘の告白をした。あれは嘘だった。
だけど、いつからか、それを嘘だと言えなくなった。
本当であると言えなくなった。
嫌われる事なんて今更なくせに、嫌われたくなくなった。
今まで散々捨てられたくせに、慣れたくせに、捨てられたくなくなった。
慣れたように媚をうって、でも上手くいかなくて、苛立って、でもそんなあの子に安心してしまった。
なんて身勝手。
拒絶する、落胆されたような、あの冷たい右眼に悲しくなって、否定されたのが苦しくて、そうじゃないと否定したくて、
自分を、見てほしくて、
でも、こんな醜くて、弱くて、どうしようもない自分を、見てほしくなくて───あの子を諦めてしまいたくて、忘れたくて、嫌いだって、思いたくて、捨てられるのが嫌だったくせに、捨てられないから諦めきれなくて──────、

嗚呼と、吐いた息は冷たくて、ひゅうひゅうと音をたてていった。ボルテッカが放たれて目映い光が部屋を満たして、小さな爆風を巻き起こした。その反動で小さくて頼りない体が成す術もなく吹き飛んで、血を吐いた。
だが、ボヤけた視界の片隅で、ニャルマーが倒れて戦闘不能になったのを確認して、ユウはまたよろよろと立ち上がった。
みしみし、ぎし、軋めく、命の音。
でも、痛くない。

『(───傷付いたのは、僕じゃないんだ)』

自分が傷付きたくないからと言って、あの子に、レオに、嘘をついて、拒絶をして、距離を取って、逃げ出して、全部、全部、自身の愚かさまでも彼女のせいにしたのは──────自分だ。
傷付いたのは、レオだ。
それに気付かなかったのも、気付かないふりをしていたのも、自分だ。

だから、せめて、

『今は、逃げたくないんだ』

にこりと、微笑む。
ぼろぼろと、涙を、零れ落としながら。


「くそがぁああああ!
スカンプー最後の切り札使ってやれぇえええええええ!」


諦めきれなかった体は、必死に攻撃をしかけようとしていたものの、


「大爆発!!」


ゼロ距離からのその熱風に、抗う事など出来ずなかったユウの意識はふつりと途切れてしまった。
一瞬、徐々に深さを増す闇の中で「ユウ!」と自分の名前を呼ぶ彼女の、声が聞こえた気が、した。









レオは、階段を下っていた。
タンタンタンッとテンポ良く二段飛ばしで下っていくレオ。黒いコートを着込み、目深に被ったフードとつけいてる笛のペンダントが揺れる。伊達眼鏡越しの右眼は、ただ前のみを見据える。───そぱたぱたとの後を、アイク、ナミ、サヨリが、走ってついていっていた。
このギンガハクタイビルに踏み込んで、いくらか時間が経過した。乗り込んで、とりあえず此処の団員を容赦なく片っ端から攻撃をしかけた。アイクはエナジーボール、ナミは冷凍ビーム、サヨリは砂嵐、と指示を出し暴れまわらせたレオは男の団員を集中的に笑顔のドロップキックと、左拳ストレートパンチを食らわす。
そして、意識がある男の団員を見付ければ痛みつけつつ、尋問をしピチューをはじめとしたポケモンが捕獲されている場所を聞き出したのだ。お礼として、アッパーでとどめをさした。
どうやらピチュー達、ポケモンは地下にいるらしくレオ達は救援を呼ばれぬ前にと一階を早々と占拠すると、真っ先に地下へと向かった。
中々長い階段を下っていくと、窓がないためか薄暗くなっていき、更には肌寒く感じた。
そして、タンッ、階段から地下一階へ踏み込む。薄暗く、長い廊下からは扉が数個あり、さて何処から確認していこうか。とりあえず近くの扉のドアノブを握った。その時だった。

「っ、」
『みんな伏せろ!!』
「んー……」
「はい?」

ポケモン達がレオより早く危険を察知したのだ。声を上げたナミと、緊迫した様子のアイクに腕を引かれたレオは無理矢理しゃがまされてキョトンとしていた。それがほんの僅かな時。その直後だった。
──────ズ、ガァアァァアアアンッッ

「うわぁっ!?」

突如、耳をつんざく破裂音と破壊音のようなものが響いたのだ。
黒い煙。風。突風。熱風。思わず右眼を瞑って頭を抱える。破裂音、破壊音に紛れるように何か大きな物が落下したような音が響く。様々な物が吹き飛び、音を散らす。
小さな揺れも感じて茫然としながらレオは眼を開け顔を上げて、ぽかんと笑んだ口を開く。
自身はナミに庇われたらしい。頭を抱えられるようにされていて、おかげで怪我はなかった。そのナミと、身を屈めていたアイクと、床にごろんと寝転がるようにしてるサヨリには怪我がないだろうかと見ると、彼らは軽く汚れを払っているのみで、無事らしい。軽く息を吐きつつ、周りを見渡す。───なんだか、偉い事になっている。

「え、なに爆弾!?」

自分達が今開けようとした扉ではなく、左ふたつ隣の部屋の扉。それが部屋の内から吹き飛んだようで、扉が廊下の壁にぶつかって地面に転がっていた。取っ手はぐにゃりと変形していて、金属作りのような扉は逸ったように曲がっている。そして、廊下に貼ってあったポスターやらは全て吹き飛びボロボロに崩れ去っている。まるでテロにでもあったようなそんな惨劇に、開いた口が塞がらない。なんじゃこりゃと呟いて立ち上がったレオに、冷静にナミが首を振った。

「───いや、人工的な爆弾、爆発ではないだろう」
「え?……じゃ、まさかポケモンの技か」

爆風だけでこの有り様だ。爆発は更に激しかったのだろうか。ここまでできるものを人工的に作り出す事よりは、ポケモンの技と言う方が妙に納得できる。
だとすると、技は破壊光線か、自爆か……大爆発、?
今だ煙たく手でぱたぱたと仰いで新鮮な空気を送り込んできながら、慎重に歩き進める。
隣にぴったりとナミが並んだ。その面持ちは緊張しているようだ。思わず振り返り、後ろで今だごろごろーと床に寝そべったままの怠そうな顔をしたサヨリとナミを見比べた。こいつら足して二で割ればいいと思う。その点、俺の後ろを歩くアイクは緊張しすぎた様子も、してなさすぎてる様子もない。ただ、剣呑に碧眼を細めている。
ふと、その碧眼と眼があって、彼はレオを見て軽く溜め息をついた。とんとんっと軽く頭をつつかれて、気づく。あ、コートのフード爆風でとれてた。


   
    

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