29.とおまわり (3/7)
自分は弱くはない。決して。
自負して、強さに自信を抱いていたのは、レオに出会う前。
レオという、トレーナーに出会ってから全ては狂い始めたと、名の無い筈のピチューは思う。
彼女に出会ったのは、コトブキシティ。いや、正確にはミオシティなのだが───きちんとした会話を交わしたのは、コトブキシティであった。
そこで、彼女に歩み寄る“きっかけ”の為、彼は共闘をしたのだが───そこで、彼は人知れず───昂揚感を抱いた。
まるで自分が最強へと、塗り替えられていくような、不思議な感覚。
それはレオという、これまた不思議な少女がもたらした産物なのだろうと賢いピチューは悟っていた。
レオに指示をされた時のみ、感じるそれ。決して、自分が勝手に動いたバトルでは味あえない、絶対的な“何か”がそこにあった気がした。
───知りたい。
そんな小さな興味もあったが、一番の目的は“暇潰しで楽をするため”である。
“嘘の告白”までして少女に“気に入られ”ようとしたのだ。
“トレーナーの手持ちになったことが多数あったから”何事も不便なく過ごせると思った。だが、そう簡単にいかず、寧ろ自分が振り回される立場となり、彼は更に興味を強める。
強い興味は猫すらも殺す。
そう、
それは結果的に、ユウをここまで追い詰める事となったのだ。
───
僕は、あんたが嫌いだ……ッ!”進化もしなくて擬人化もしなかった理由は”彼女の事“が嫌いだったから”。
そう言い放つも、彼女は「だからどうした」とでも言うように笑い、余裕の面持ちで反対に言うのだ。
“キミが弱い理由は、キミが俺を信頼しないから”と優しさなど、欠片もない、言葉。
───キミは、まだ自分は弱くない……って、思ってる?
───そんなの、
───嘘だ。
迷いのない言葉。いつまでも、どくり、どくり、と頭に響く。心臓が震撼する。どくり、どくり、どくり、どくり、剣のような、刃のような言葉に、一々悲鳴が上がっていた、心臓。
───だから、キミは負けたんだろ。
ユウを全否定した、言葉だった。
そんな言葉を彼を見透かしたような、あの空のような眼で見下ろして、彼女は言い切る。躊躇なんてない。
自分が間違っているなど微塵も思っていない右眼。
だが、今だ認めきれない頑なな気持ちがピチューを絡めとる。
“キミが弱い理由は、キミが俺を信頼しないから”?
───なんて、幼稚で、馬鹿みたいで、漫画のようなフレーズなんだ。
なんなの、それ?
つまりは、僕が、レオを、キミを、信頼してれば、勝てれたって?
そんな馬鹿なとピチューは嘲笑う。自身は、強い筈だ。
でも、確かに勝てない相手もいるのも確かだ。それに気付かない程ピチューは馬鹿ではない。
だが、納得いかないのは───昨日のラルトス戦。
ただ単純に、力の差で負けたのならまだ納得していた。
───力の差。それは明らかに、自分の方が上だった。
なのに負けた。
その理由をレオは─────ピチューがトレーナーを信じなかったから、と言ったのだ。
その言葉を、ピチューは受け付けなかった。
信じられなかった。
理解しようと思わなかった。
認めたく、なかった。
そして、ハクタイシティから出ようと、道を歩いていた時だ。人間達が憐れに泣きそうに歪んだ顔を浮かべながら泣きわめいているのを、たまたま見た。
同情というより、本当に憐れに思った。それだけで、興味なく通りすぎようとしたのだが───「ポケモンをおかしな格好の奴に盗られた」「取り返してもらいたい」───そういう声が聞こえた。
思わず、足を止めてしまった。
この町の住民…だろうか───人間達が、薄汚れたトレンチコートを着た、中年男性に詰め寄っていた。どうやらその男は国際警察だと名乗ったらしく、人々は必死に懇願しているのだ。
曰く「そのおかしな格好の奴」というのは…………北側にある、この町には似合わない派手なビルに拠点を置いている、青色のオカッパ頭で、あったとか。そのビルは、ハクタイギンガビル───。
ピチューの脳裏に一瞬でそのオカッパ頭の───という不振人物は浮かぶ。確か、そう、コトブキシティでいた、あの二人組。確か───ギンガ団と、名乗っていた気がする。
それと、もしかして、あの谷間の発電所──────あそこにいた、あの赤毛の女もそうなのだろうか。そういえば、胸元と背中に小さくだけど、Gというロゴが刻まれていた。
ギンガ団。
つい最近まで存在すらも知らなかった。だか、今回の旅で関わってしまったのだ。最初こそは“何かそういう組織がいる”程度の認識だったものの………プテラ騒動もあの組織が関わっている可能性もあるというし、あの谷間の発電所の出来事らは、とても衝撃を与えられた。
そして、屈辱も、また同様に与えられた。しかも、2回もだ。
ピチューは、コトブキシティでのバトルでは見事勝利したものの、プテラ騒動、谷間の発電所事件などで────敗北を味わっているのである。
───あれも、
───あれも、トレーナーを信じなかった故の敗北。
──────そう、言うのだろうか。
───違う。
確かに、トレーナーの、レオの指示を無視したり、勝手に行動したり、した、節はあった。
だが、と彼は反論する。
自分は、決して悪くない。と。
プテラ騒動では、うまく行っていたのに、レオが突然何かを叫んだせいで、気がそちらに向いてしまい隙をつかれて敗れた。
谷間の発電所事件では、人間の人質なんて気にせず突っ込もうとした時……本当はいけたのに、やれたのに、レオの制止の声に従った結果敗れた。
───レオが悪いのだ。
トレーナーが弱いから。人間が弱いから。敗けてしまったのだ。自分は、悪くない。
そう、弱くなんかない。
それを証明してやると、
自分ひとりでも、トレーナーなんていなくても、レオが成し得なかったサヨリの友達だという、グレというポケモンを助け出せると、
あんな集団、潰して追い出してやると、
──────独りだけ、意気込んで、勝手に勘違いして、ピチューは、複数のポケモンが捕らえられていると噂の、ギンガハクタイビルへと乗り込んでしまったのだ。
結果は、残念すぎるものとなった。
そして、再びピチューの心に刻まれる───屈辱。
彼は、また敗けた。
ピチューは、隠れもせず正面からギンガハクタイビルに侵入した。そして、それと同時に誰構わず放つ、10万ボルト。それらはビルのロビーにいる、ギンガ団員と思われる人々に当たり一瞬で落ちていった。
だが、それも最初の内で、奥へと進もうとするピチューの前に続々と団員達は立ちはだかる。
そして、ひとりの団員のしたっぱと思われる、人間の放つポケモンに、また、敗けたのだ。
谷間の発電所の時とは違い、大した実力もなさそうなしたっぱの人間が悪いトレーナーの、いかにも弱そうなポケモンに、ピチューは敗けたのである。単純な、バトルに。
───
なんで───
意味が分からない。何故。そう問いながら、ピチューの意識は暗転。そして冒頭に戻る。
気が付けば、檻の中にいて、しかも体が重い。立っているで精一杯で不思議に思っていると、イーブイが『あぁ、ここに捕まったポケモンは皆麻酔を使われるのですよ』と教えてくれる。
気を失っている時に麻酔を打たれたらしい。どうりで思うように動けない訳だ。これでは、この檻を壊せない。
万事休すか。もはや、自力での脱出は見込めない。
『くそ……っ……なんで……!』舌打ちを溢して、檻を殴り付ける。でも力が上手く入らなくて、かんっ、と弱々しい音が響く。
『くそ…!』もう一度叩き付ける。
思いを、想いを、この苛立ちをぶつけるように、殴る。
響く音は、かんっ、とした弱々しいもの。
まるで、お前はこの程度だと言われているようで、唇を噛む。
ぼろぼろと、心の何かが欠落していくように視界がぐらつく。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、
『っ…なんで、
なんで、敗けたの、なんで、僕はこんなに……っ』なんで!
殴り付ける度に檻は鈍い音を上げるのみで、自身の拳が痛みを重ねるだけだった。それでも止まらなかった。止まれなかった。
言葉を失ったイーブイが、じっと見詰める灰色の目の前で、ピチューは叩き付けるように叫んだ。
『なんでっ、なんで僕はこんなに弱いのさ…!』強くなった筈だった。ボルテッカまでも使えるようになったのだ。
『だから、僕は進化しなくてもっ、強い筈なんだよ……っ。
トレーナーなんて、いなくても、強い、筈なんだよ……!』なのに、
なんでこうも情けない。
トレーナーなんて、人間なんて、足を引っ張ってばかりじゃないか。
自己中心的で、ポケモンのせいにして、使えないと分かったら構わず捨てていく。その様子を見てきたのだ。
なのに、
『なんで……?
なんで、僕は……』僕は……、
ピチューは天を仰ぐ。あの、渇いた空を見たいが為に、見上げた筈だったのに、気が付けば見失っていた。今じゃコンクリートに固められた部屋からなんかじゃ見えやしない。
伸ばしたい手を、地につけた。届かない。それを悟った体が、崩れる。膝をついて、見上げた顔は、絶望しきっていた。
情けなくて、醜い姿。
こんな自分、なのに、
ねぇ、レオ、
無理に笑った笑顔で、ピチューは届かないと分かりつつも尋ねた。消えやしない、疑問を。
『なんで、
僕は“捨てられなかった”のかなぁ……』
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