空契 | ナノ
28.俺が駆ける道 (4/7)

       
   


「おーい、ケンカ終わったかーい?」

ケンカと言うには、技が飛び交うという中々デンジャラスなものだったが。
まぁ、こう毎日のようになれば、慣れてきてしまうのが人間というやつだ。ポケモンはどうだろうか。首の朱色の痣を確認した俺は、とりあえずシャワーを浴びた。完璧にリラックスモードに入り、汗を流し終わった時には、既にあの破壊音は止んでいた。オチも、なんとなく想像つく。
ひょこりとリビングに顔を出せば、冷気が漂っていて、正座をしながら床拭きを手伝うアイクとサヨリがいた。お互い怪我だらけで、特にアイクがムスッとしている。
また彼らはナミの冷凍ビームを喰らったらしい。「ようやく片付き始めたのに…」とご立腹な様子のナミに、あいつらも懲りないなと笑った俺に、アイクがなにか投げ付けてきた。正座は飽きたらしく、足を崩していた。サヨリも、既に崩している。……こいつら、
見ると……絆創膏、だ。

「……こんなのどこから」
「ナミが持ってた」

ああ、そっか。この前持たせたんだっけ。俺が持ってても、俺自身の怪我には進んで使う気がないから、ナミが預かっているのだ。
……って、いや、なんで俺に絆創膏?
いつもはチンピラ狩りとかでしくじった時とかに、使ってたけど。今日はなにもしていない。あるとしたら、首のこの痕?

「……え?
この痕に貼れってか?」

こんなもの、ほっとけば治るものだろう。
ていうか、俺よりもアイクが必要なのでは? ボロボロですけどあなた。

「……いいから貼っとけ」
「なんでさ。血が出てるとかならまだしも……。
これ、虫刺されだろ多分…………、」
「………………、……はぁ……」
「え、なに今のため息?」

からの、呆れたような顔。疲れたように息を吐きながら、彼は何故かサヨリを蹴り飛ばす。
床に倒れたサヨリは、絶句した俺の予想を裏切るように痛そうな顔ひとつしてやいない。……え? 今の痛そうだったんだけど……蹴りも床に頭ぶつけたのも。
なのに、じっと俺を見上げてくるのだ。無表情で、しかも、「……つまんな……」と一言まで添えてきた。え、意味わからん。
片や、諦めたような疲れたような顔で眉間のシワを深く刻んだアイク。もう片や、無表情ながらも脱力した体全体でつまらない、と表現するサヨリ。それらを腕を組みながら見比べて、はっ!

「もしかして……毒!?」
…………

そうだ……よくよく考えたら、ここの(世界の)虫とか虫ポケモンじゃん!? 毒持つ子とか余裕でいるじゃん!? ……もしかして、そんなポケモンに刺された…!?

「ってこと?」
死ね
「何故!?

……え? ナミへるぷー! 確認してくれー」
「あぁ、おいで」

俺のよく回転する思考回路が閃きを見せたのに、頭の上にピカーンと光った電球をアイクとサヨリに粉砕された。死ねとまで言われた意味はどこ。なら、的外れ?
でも、こういうことじゃないと理解できない。
……それかサヨリが俺を暗殺しようとしたとか! これだ! 名探偵よろしく、ビシィッとサヨリをどや顔で指差せば、彼の飛び蹴りを喰らった。顔面に。避けきれなかった。ぴぇーと泣き真似をしながらナミに抱き付けば、お父さんが俺を優しく包み込んでくる。さすがお父さん!

片付けは粗方済んだようで、一休みに入り椅子に座ったオト、…ナミに俺は軽々と抱き上げられた。まるで幼い娘を扱うような優しい手付きで、向き合うような形で膝に乗せてくれる。めっちゃオトン!
……が、なんだこの体制。近いなおい。この距離を利用して、彼の顔をガン見するが……見れば見るほど、ナミは可愛いイケメン、である。睫毛は長く、ぱっちりとした意思の強い瞳。…アイクのあの目付きの悪い碧眼とは大違いな、優しい色をした瞳だ。純粋な、星を散りばめたような光を放つ。
その瞳は、じっと俺の首もとを見詰める。この藍色の髪が少し邪魔だったようで、室内ではグローブをいつも外している、綺麗な手でそれを丁寧にどけていく。……これがアイクだったら、手で叩くどけ方をするんだろうなぁ……いや、そもそも膝に乗せるとかしないか。重いって言って、はたき落としてきそう。……本当にナミがお父さんすぎて感動する。
とか、相棒の適当さに少し半眼になっていたら、ナミが「…これは」と少し低い声で言った。……え、なに? なんか難病? 体を反転させて、ナミに寄りかかりながら見上げると、彼は少し瞬きをし、診断の結果を口にした。

「これは……、
俗にいう、キスマーク、というものだろうか」

「………………、
……、
…………、
……へぇ?」

「(…反応薄……ますます、つまらないし……)チッ」
「おーい、そこの無表情野郎、なんか聞こえたぞー」

人が困惑してるのに、失礼なやつだ。
無表情に対抗するように笑顔のまま、とりあえずテーブルに置いてあったおしぼりを投げつけておく。べちゃっと顔に張り付いていったのを見送って、自分の首元に手をやる。あの朱い痕を、少し強めに擦って、その指を確認するもそこにはなにもついていない。

「……口紅とかついてないけど」

……シャワー浴びたから? 浴びる前もそんなのないと思ったけどさ。

「……うむ。
キスマークとは、確かに接吻をしその時に付着した口紅の事も指すが、」


え、他にもあんの?

「首などを唇で強く吸うと、“吸引性皮下出血”…所謂、内出血となり、痕となる事も、キスマークと呼ばれる。
外来語ではヒッキー……hickey markともいうが……おそらく、レオのこれはキスマークとやらだろうな」


「マジか……なんだそれ……すっげー初耳……。
……うん? じゃ、これただの内出血じゃん?
なんでわざわざ絆創膏?」

怪我とか今更なんだけど。
すると、アイクがため息をついた。今回、2度目だろうか。

「……おい、ナミ。てめぇが知ってんのはそれだけか」
「そうだな。写真とその情報しか」

苦笑を浮かべながら頷いたナミに、アイクが「……中途半端」とぼそりと呟いたのを聞き取ったのは俺くらいかな。
それでも、それ以上の意味がキスマークにはあるのか、と考えても分からなくて首を捻るばかりの俺を一瞥したアイクは、長い指先で自身の首をつついた。

「…………キスマーク、つーのはな、首輪みてぇなもんだよ。首輪」
「へ……首輪?」


「……あれつけたの、てめぇだろクソド変態が」
「……………反応、ない…つまらない…………」
「………あの馬鹿は、あれでも12だ。歳」
「………………」

「うわっ! つめて!
オイコラサヨリなんだてめぇ!? おしぼり顔面命中したぞ!」
「…詐欺…」
「え、なにが?」
「……16…くらい、だと……」
「だからなにが!?
……ちょ、待て待て寝るなし逃げんな!」

…………え? え? なに? サヨちゃんは結局なにしたかったんだし? ていうか、犯人サヨちゃん?
……あ、そういえば、朝首にチクッていう痛みで目覚めたかな…………サヨちゃん犯人じゃん!

「サヨちゃんが? 俺に首輪? なにそれ」
「…馬鹿にも分かるように言えば、」

俺はペットかなにかか、と眉を寄せる。すると、アイクがおもむろに立ち上がってこちらに来ると、俺の眉間に指弾を叩き込んできた。二度目だろうか、彼のこの指弾は威力が強く、ナミへと仰け反って呻く俺の首に触れ、無愛想に小馬鹿にするように言った。

「マーキング、だ。
──────そんなもの、てめぇがしてていい訳ねぇだろ」


……当たり前のように、アイクは俺に彼の価値観と共に絆創膏をその首に押し付けると、反論を大人しく聞いてくれる事はなかった。
面倒臭いと言いたげに、舌打ちをしこちらに背を向けると、アイクはそのままソファーへと戻って、彼までも身を横にしてしまった。寝る気かよ……半眼になった眼で恨めしげに睨みながら、眉間を擦る。痛みはすぐに引いたが、ひりひりしていた。
それはあまり気にならなかったが、首の、これ。絆創膏に触れる。……これが、マーキング、ね。

……なんとなく、合点がいった。
これをつけたのはサヨリで、俺の反応とアイクの反応を
観察しようとしたのか……。けど、俺がそもそもそれを知らなかったから、ちゃんとした反応をとれなかった、と。………お笑い界では、きっと面白くないだろうな…って俺にそれを求めんなよ。

えーと、整理すると、
このキスマーク、とやらは、つけた者の目印、ということか。
これは俺のだ。という。
マーキング。なるほど。
勿論、サヨリにそのつもりはないだろう。ただの遊びでつけたのだろうと、想像がつく。

だけど、そうだな、マーキング、首輪、ね。

「……確かに、する必要ねーかも」

ぽつりと呟いて、剥がれないようにしっかりと絆創膏を抑える俺を頭を、ナミが撫でてくれる。彼は、この呟きの意味は分からないだろうけど、
俺には、もう、こんなのいらねーや。

だって、俺は、既に、






無意識の内に握ったものは、
首から下がる、スカイブルーの小笛のペンダント。
無意識……そう。なんにも意識はなかった、けど、頬は緩んでいた、と思う。
だって覚えてないし。相変わらず、記憶力悪いなと改めて実感したのは、意識を戻して旅の準備を始めだした時だった。

    

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