空契 | ナノ
28.俺が駆ける道 (3/7)

       
   
  

───しかし、ここで俺が折れるワケにはいかない。彼らには自分の壊した分はしっかりと直してもらう。
つまり、俺は今回ばかりはジョーイさんに謝りに行かなくていいのだ。毎回毎回アイクと“あいつ”が喧嘩して物壊す度に、俺が土下座しにいってたけど……今回は、虫のいどころが悪かったのと、そろそろナミには学んでほしいし、サヨリが単純にムカついたから、俺はなにもしない! したくねぇ! よしこれで解決。なんか、文句あんの?

「…………、……、…………、
……飯は」

「ナポリタン、作っといたぞー」

ニコニコニコニコニコニコキラキラキラキラキラキラニコニコニコキラキラキラニコニコニコキラキラキラ、そんな効果音とブリザードを撒き散らす俺に、色々と突っ込むのを諦めたらしいアイクは、後ろの復興作業を見ぬふり。俺は無事だったリビングを指差す。
アイクは毛頭彼らを助ける気などないらしい。さっさとナポリタンを皿に盛って来ると、どっかの悪徳政治家みたいに高みの見物。俺が寝転がっているソファーの肘掛けに腰を下ろして足を組んでいた。冷ややかーな眼がサヨリを見て、鼻で笑ってた。…今度はぼそりと「蜥蜴死ね」と呟かれたのが聞こえた。無表情である彼に、俺と同じようにナイフを投げていた。……おい、アイ君物壊すなよ。

「……ったく、
朝っぱらよーやるよ、あいつらも……」

もっと静かな朝はむかえられないのか。
過去を振り返ってみて、なんだか不可能な気がした。苦笑しながら息を吐く。

「おいこら、蜥蜴。
おめー、これからも暴れんなよー」
「指図すんなし笑いながらキレんなし馬鹿」
「あーはーはーいーじゃねーのーキーレーてーねーしー」
「うぜぇ……」
「うっさいなー、万年キレっぱなしなアイ君には言われたくねーよアホー」

あ、ほら、眉間のシワ深くなったー。
ニヤニヤ笑いながら見上げれば、足蹴りを脹ら脛に食らった。ナポリタン食べながらとか器用だな。
うまい?と聞けば別にとぶっきら棒に返ってきて笑みを深める。料理なんて、あんまやんねーけど、食えないものではなくてよかったよかった。
なんだかさっきまで───勝手に、知らずうちに抱いていた苛々が、調和されたように徐々に俺の中から消えていくようだった。なんでなんか理由なんて知らないけど、知りたくないけど、落ち込んでいた気持ちが上がってきて、思わずへらりと緩んだ笑みをこぼした───姿に、アイクは碧眼を少し開くと、じっと見詰めてくる。
ナポリタンを口に含みながら、表情を少し変えたその様子が、ちょっとだけ可愛く見えた。

「……」
「どうした、アイ君」
「アイ君言うな死ね」

毒を吐きながらも、ごっくんと喉を鳴らすアイクにくすりと小さく失笑しながら、首を傾げるとぎろりと碧眼が俺を映した。
不服そうな表情な彼に「ん、で?」と慣れてきた感覚で問うと低い声と共にが降ってきた。「…………どうした、はこっちの台詞だ馬鹿」と、不機嫌な声。
それに、微かに跳ねたのは、俺の瞼と心臓。

「───、んー……」

俺は仰向けで天井を、足元のアイクは座ったまま俺を、睨む。交わらない視線、遠い視線。
気付く、はずがない。この、小さな“動揺”に。だから落ち着けと言い聞かしながら、なんでもないように笑った。

「なにが?」

──────違う。
──────なんでもないよう、じゃなくて、なんでもないんだ。
……なのに、なんで、反応してしまった?

「(……俺だって、わかんねーんだよ)」

「……変な顔してたんだよ。キモ」
「おっと本当に意味がわからない」

なんだこいつ。なんで口を開く度に悪口言われなきゃいけないんだ。
とりあえず足蹴。脇腹に命中して悶えるアイクを笑い返してから、むくりと起き上がる。ざまぁ。
嘲笑う。その小バカにした笑みは、いつもと同じように浮かんだ。こぼれた。これのどこが、へん?
眼をしぱしぱしながら顔を両手で挟んでみる。
そんな顔……つまりは、変顔?なんて、俺はやっていただろうか。おかしいな、ちゃんと、笑ってたはずなんだけど。むにーと引っ張り伸ばす。頬の筋肉は固まっていないはずだった。
ぎこちないものに、なるはずはないのに。

やっぱり、アイ君、キミが間違ってたんじゃねぇの?
そう、また、責任転嫁、して、笑って、笑って、笑って、笑って、

笑おうと、して、


笑えて。


「──────、」


ふと、自分は本当に醜い笑顔を、晒しているんじゃないかって、

“あいつ”の、
あの、笑顔が、脳で勝手にリンクして、



息が重い。



なんだ、これ。


「───っ───、?」

息苦しさに汗が肌を滑った。眼が大きく開き、動揺、するその姿。アイクに気付かれない筈はなく、碧眼が揺らいだのが視界の隅に入る。
その眼に映る、俺は、ちゃんと笑えているだろう。
これは確信だ。
だって俺だから。

──────なのに、
何故、こんなに、心臓が煩い?

今、
俺は誰を、脳裏に思い浮かべた?


親友の姿? 自問自答。自分が理解しきれてない事実を確かめるように、空色を漂わす。違うと小さく俯く。
ならば。視線だけ上げると、向こうでこちらの微妙な雰囲気などには気付かず、何事もなく片付けに追われているナミとサヨリがせかせかと動いていた。────彼らと、似ても似つかぬ……“あいつ”?

─────だから、あいつって、だれだよ。



「──レオ、?」


あぁくそ、頭の中で、ノイズが五月蝿い五月蝿いうるさい。
ザァザァと、クロガネシティでのと、似たような音が、世界が、痛みが、蝕む。それはまるで、血が滲むようで──────、

「……いや、」

一瞬、一瞬、ぶれた世界に、笑いかけて、俺は見ないふりをする。
思考回路にかする、紅や、緑─────黄色を、さも、存在しない風に視て、モノクロの世界のように誤魔化す。

「ただ、なんか甘いものが食いたいなぁ、って」

思っただけだぜー、と。自分自信がなにを誤魔化しているなんて、それすらも分からないまま、大きく伸びをした。

「あ、アロエヨーグルト食べたい」
「……んだよ、それ」
「アロエ、知らね?」
「ヨーグルトも知るか」
「…………、……、
あの、ついでに聞くけどさ」
「あぁ?」
「……ナポリタン、知ってた?」
「知るか」
「マジかよ」

そこからか。
アイクの世間の狭さにはつくづく脱力してしまう。アロエヨーグルトも、ナポリタンも知らないとか人生損して…………、人生じゃねぇや、ポケモン生。いや、やっぱ、どうでもいい。
野生のポケモンってこんなもんなのか、とサヨリに聞けば答えはNoだった。……本当に英語でそう返事が来たんだぞ、サヨリから。あいつはマジでなにキャラ?
そして、なんでアイクは人間食についてこんなにも疎いの? 多分、他の人間の事は分かっているはずなのだが……アイクの前に座って、向き合う形になるとじと眼で見詰める。万年不機嫌そうな顔、眼が心底迷惑そうにこちらを睨み付けた。なに?近いって?
にやにや。頬がまた緩くなって茶化しに入ろうとしたとき、彼もそれを悟ったらしい。まず彼は俺を逃がさないようにすることから始めたようで、俺の胸ぐらを掴んだ。
あ、やばい。どうにかしてこの状況から回避しなければ、今握られた反対の手が俺の頬を殴りにくるのは容易に想像できた。フルボッコだどん! いやいやいやいや、そんなの嫌だ断固して認めんそんなオチ。
とりあえず鳩尾にパンチを相手より早く決めてやると一瞬で決意し、実行に移すまで、1秒前。
────だが、その1秒に達する間に、状況は一変した。いや、アイクの拳は握られたまま、という形は変わらない。変わらないが、それがおかしい。
それと、ぐっと歪んだ口と眉に、くわっと見開かれた碧眼。そんな化石のようになった彼は、ぎょっとして俺の顔より、少し下を見ていた。
なにごと? それ以上の攻撃もして来ない、だからと言って胸ぐらを掴む手は離れる気配がない。そのままの体制で凍り付いていたアイクの目の前で手を振ってみると、徐々に彼はどこかに飛ばしていた意識を取り戻していった。少しずつ少しずつ、その頬を朱色に染めるのと同じスピードで。

「……っ……、っ……!?!?」
「…!?」

珍しく不機嫌な表情を変化させたアイクは、何故か顔を朱に染めて口をパクパクさせた。怒りと、なにかが混ざった顔である。……羞恥? それか…えーと…うん、ワカンネ!

「ちょ、アイクさーん……」
「…………、……、
てめぇ…………っ」

「え?」
「………首……っっっ……」
「は?」

首、と凄みが効いた声で唸った言葉を、ひっくり返したり深く読んでみたり、謎解きのように当てはめたりしてみたが、どうにも分からん。
聞き返したら、何秒かの沈黙がびしりと走り、再び赤面させた。なんだこの可愛い生物。眉間のシワと目付きが残念すぎるけど、まぁ、珍しい表情だ。
そう思ったものの、いや、と止まる。そう言えばこんなこと、前にもあった。確かあれは……ミオシティ。初めてポケモンセンターを使ったあの日も、なんか顔赤くして…………あれ、つまり、これは、

「思春期?」
「っ………。
…サヨリ……ッッッ」


「……あぶな……」
「なっ!?
お、おい、アイク! 折角直した壁を……!」

「っ文句ならそこの変態に言え」

「……なんで……俺……」
「あいつにあんな事やんのはてめぇの他に誰が居やがるんだクソがムッツリ死ねッ」
「…チッ……もう少し観察…したかった…………つまんない…蜥蜴……」
「知るか死ね」
「お前が死ね」

「……えー、ちょ、
アイクーサヨリー頼むよー壊すなよー…」



突然サヨリに攻撃を仕掛けたアイクの殺気を流していると、先程のナミとサヨリの大乱闘よりも凄まじい音がした。それを受け流しながら、洗面台の鏡の前に立って指摘された首を見てみた。
よく、わからなかったが、これだろうかという変化は…………この白い肌に咲いた、赤い華のような痕。これだ。
内出血のように見えるが……虫に刺されたようにも見えるそれは、首の下元についていた。寝ていたら襟に隠れて見えなさそうだが、普通に立っていたりしたら見えてしまう。そんな位置だ。
──────あ、そういえば、朝首にチクッとした痛みで眼を覚ました気がする。
なるほど、虫か。


……あれ、じゃあなんでアイク、サヨリにあんなにキレてんの?

ガッシャーンと響いた音と、アイクの怒声に、まだまだ子供な俺は首を傾げるのみだった。



   

   


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