空契 | ナノ
27.キミが歩む道 (4/4)

  
    


彼はそうした。
だから、自分はそれを見届けるだけ。

あれでいいのか。アイクとナミの問い掛け。
気付いてるでしょ。サヨリの問い掛け。
───思い返して、自身に問い掛け直した今でも、レオは思う。これでよかったのだと。全て気付いていたけど、これで、よかったのだと。


「……キミが俺に無理矢理にもついてきた理由は、暇潰しで楽をするため」
『……そうだよ』

「俺に嘘の告白をした理由は、俺に気に入られるため」
『…うん』

「人間の物について詳しかった理由は、トレーナーの手持ちになったことが多数あったから。」
『…………うん』

「進化もしなくて擬人化もしなかった理由は、
俺が嫌いだったから」
『っ……そう、だね』


否定の言葉はなく、ただ彼は頷いた。
微笑んで。

だけど、次の言葉でその笑みが崩れる。


「キミが弱い理由は、
キミが俺を信頼しないから」
『な……っ』


優しさなど欠片もない言葉は彼の言葉を詰まらせた。
じりと、片足を震わせた彼の様子に、レオはほらなと勝手な優越感に浸るのみである。ほら、俺は気付いている。

「キミは、まだ自分は弱くない……って、思ってる?」

迷いのない言葉に、どくり、心臓が震撼する。

「そんなの、嘘だ」

どくり、どくり、どくり、
剣のような言葉に、一々悲鳴が上がる、心臓。

「だから、キミは負けたんだろ」

どくり、どくり、どくり、どくり、どくり、
吐き出しそうに感情が渦巻く。あの壊れやすい仮面の笑みにヒビが入る。
嘲笑、嘲笑、嘲笑嘲笑嘲笑。目の前で三日月のように描く口元。愉快そうなその顔。
彼女の全てに掻き乱される──────『うるさいっっ!!』
不愉快不気味気味が悪い吐き気がする。自分の全てに気付かれているような口振り。そんなと世界がぐらついた。黙れ黙れと泣き叫びたかった。だって、だって、だって、

『僕はっ!
僕はっ、強いんだよ……!』


勝てる、はずだったのに!

「……確かに、あのラルトスはキミより弱かったなぁ」

インタビュアーが出したラルトス。あの子が放った技を見る限り、レベルは彼より低いだろう。
そもそも、彼よりレベルが高く、強いならば回りくどい方法は使わなかった筈だ。
ラルトスは、ユウより弱い。
でも、ラルトスが勝った。

「ラルトスは自分のトレーナーを、作戦を、
信じて戦ったんだ」

なのに、ピチューはレオを信じようとはせず自分勝手に戦いを始めた。
自身の甘いバトル考察と自分の力を過信した結果だ。あれは。

「……それを、まだわかんねーわけ?」
『ぅ…るさい……うるさい!
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!』


「黙るのはキミだろ?」

わめくなよ。うるさい。
子供すぎると呆れてポケモンセンターの壁に背を預ける。
何故、認めない? 自分の弱さを、間違いを。

「……くだんねー…」

本当に、彼は弱いんだなと溜め息をつくと大きく彼の肩が跳ねて、こちらに背を向けた。その一瞬、絶望したような顔が垣間見えた。小さな黄色の背中。
くだらない。くだらない。どうでもいい。そう、思いつつ、レオはへらりと笑いながら手を振った。彼の、悔しそうに揺れる目がこちらを向かないと分かりつつも。
ざわりと、流れる風。雲。姿を表し静かに発光する満月
それら全てから、決別、を、感じていた。





──────動かないで────っ!!
必死な、幼い声。
──人間さん!
僕の言葉、分かるんでしょぅ?

こちらを見上げる顔。
──、どぉいたしまーして!
人間さん!

にこりと嬉しそうに笑った姿。
──えっと……、
僕、が………結?

ゆらゆら揺れていた大きな瞳。
──え? やだなぁレオー違うよーぅ。
僕って、ほら、天使様でしょぅ?

悪戯な微笑み。
──ごめん…ごめんね……ごめん…ごめんっ…。
ぼく………ぼくの、ぼくが悪…い……ぼくの、せい…っ…!

泣きそうに歪んだ口。
──レオを助けれるでしょ!
嬉しそうに胸を張って微笑んだ彼の、嘘。





思い浮かんでは沈む記憶、旅の全てが、
どうでも良かったのだ。


「───じゃーな、ピチュー」


堪えきれず、地面を蹴ったその小さな足。走り出した、その遠ざかる小さな背。この旅で、それは何度見ただろうか。
ぼんやり見詰めて、やがて草むらに消えたその姿。
あっけなく、消えた、存在。
気配。
声。
──────全てに、落胆した。

「もう、会わなければいいな……」

心の底からぽつりと呟いて、レオは穏やかな微笑みを上へと向けた。寒くて丸まった自分の背中。
これが、望んだ道、だった。
満月の下。
一人になった場所で、冷たい風を聞きながら打たれつつ、しばらく立ちすくむ。夜空を、満月を無感動で見詰める空色の眼はただ、空虚。
そして、ふと、疑問に思うのだ。
──────この、落胆は、なんの感情だろうと。
なにに対しての? なんの為の感情?
知らない。
どうでもいい。
深く考える事を、無意識に拒否してしまう。それでもいいじゃないかと笑いかける。


だって、これは、歪んだ運命。


無理矢理、結ばれた縁が、解かれた。


ただ、それだけなのだから。







キミ





ふたりは別れ、それぞれ望んだ道を歩く。
満月の、下。
20130930


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