空契 | ナノ
26.選ぶべき道 (6/6)

   


やばいと思ってからは早かった。


ユウがナミのベストから飛び出すと、地面に降り立ちモミの目の前に立つと、目を尖らせ小さなその体を震わせる。そして爆発したように叫んだ。

『ざけんなよッッ!! あんたに何が分かんだよ何を知ってんだよッ!!
何!? 何なの!? あんたら揃いも揃って、ふざけてんなよッ!! 僕の、何を知って、なんでっ』


「っ、ストップ!」

一瞬困惑に動きを止めたものの、咄嗟にレオはユウのボールをバックから取り出した。それは本当に無自覚で、でもこれしか方法を見付けられないレオは迷わずボールをユウに向けた。
ピリピリと電気を纏った彼は、どこ構わず10万ボルトを放つ気配でモミを睨んでいた。彼女に、なにも知らない分からない彼女に危害を与える訳にはいかず、レオはピチューを睨んで強い口調で言う。

「戻れ」

その一言で、ユウは凍り付いたように動きを止めた。
こちらは見ず、否、見ようとするよりピチューをボールへと戻す方が早かった。
異論など認めない威圧感で、レオは鋭い笑みを浮かべながら彼を追放するようにボールに入れたのだ。
そのボールは、ことりとも揺れずにこの手の中にあった。───少女は、空色の右眼をそれに向けると、息を弧を描いたままの唇から溢してモミの方を向いた。この場で、ユウの言葉が唯一、届かなかった人間のモミを。

「え? え? ……今、ユウくんはなんて?」
「…」

やはり、ユウの言葉は届いていない。“それは便利だ”。
“羨ましい”と笑ってなんでもないと首を振った。

「いやー? ただ、なんか彼も焦ってるみたいでさー。
“分かってるよ! 僕もすぐ進化するもん!”……てさ」
「あら……そうなの?」

嘘だ。
モミが微笑ましそうに納得した言葉は、当然、全て嘘である。
モミ以外の皆は、それを分かっていた。
───それでも、
ナミは瞳を閉じて、
サヨリは顔を背けて、
ラッキーは俯く。
それぞれ、理由を話す事を放棄して、レオもそれを承知して嘘を吐く。子供だよねー、と言いながら、がたん、がたんと揺れ出した彼のボールを無視して自分のバックに入れた。まるで気付かないように。
そればかりは、とても白々しく感じられた。

結局、モミはそれでも最後まで気付かず、嬉しそうな顔で「安らぎの鈴……安いけど売ってもいいし、アクセサリーとして使ってもいいからね!」と言い、レオと握手を交わした。

「あ、因みにその紙は私のポケギアの番号ね」
「お、マジ?」
「うん、だから暇だったら電話してね!」

そう言って、彼女は仲間だというフワライドを出すと空を飛び、あっという間に飛んでいってしまった。
握っていた手を離して、レオは微妙に振り回された事を思い返しながら手を振った。彼女も微笑みながら手を振り返してくれて、そのままお互いの姿が見えなくなるまで、降り続けていた。

……そして、レオは無言でガッツポーズをし、出会いが形として残ったその紙をバックの鞄のポケットにしまいこんだ。

「よっしゃ、美女の番号ゲット!」

「……なんというか……」
「………レオ、だな」
「んー?」

なんか言ったかー?といつも通りな笑顔に、言葉。それにナミとサヨリは顔を見合わせて肩を落とすと、首を振った。

「いや……なんでもない」
「…ん……」

ナミのみが少し、悲しそうに笑いながら。サヨリは、少しだけあの白いバックに視線をやってから、興味もなさそうにすぐにレオに意識を向けて抱き付いた。
ナミも似たようにしながら、少女の手を握りながら歩き出した。

「……行こうか、レオ」

しだいに わすれられつつある れきしの
おもかげが かすかに のこる まち
──────ハクタイシティへと。






その町は、落ち着いた色と雰囲気の町だった。今までレオが訪れたどんな街、町とも違う雰囲気だ。コトブキシティよりは静かで、マサゴタウンよりは活気があって、クロガネシティよりは穏やか。そんな町だ。
整備された道路もあるけど土面や木々が所々に見掛ける。都会という訳でもないが、マンションが少しあったりする。あとは民家ばかりだった。
そんな所に辿り着けたのは、夕方頃だった。

「うへぇ…、
ハクタイの森で無駄に時間潰しちまったなぁー」

ハクタイの森や、森の洋館でのタイムロスは大きかった。とため息をつきながらもレオはポケモンセンターに入りながら笑う。
ダイゴがホウエン地方にいると知った今、ポケモンセンターを使わない手はない。トレーナーらしくポケセンに泊まることを選んだレオは、真っ先にこちらを寄った。そんな少女の頭をナミが撫でて、ふっと大人びた笑みを浮かべる。

「仕方ない。あの森は思った以上に深かったのだから無理もないだろう」
「ナミさん……お前は癒しだ俺の」

「……」
「……なにさ、サヨちゃん」
「……別に……」
「なにさ。文句あんのかこら」
「……いや……ただ、レオってショタコン、なのか…って引いてた…だけ……」
「断定すんな勝手に引くな!
そしてナミのどこがショタ? どう見ても青年じゃんか!」

「……雰囲気……ショタ……」
「……よく分からんが、これは私が子供のようだと言われているのだろうか……」
「落ち込むなナミ! いや、それでも可愛いから正義だけど!」

つまりの所、可愛ければレオはなんでもいいのである。レオの勝手な持論にサヨリはじと眼で見たとき、さんにんはロビーに居てジョーイさんがいる受付の元に向かっていた。
とりあえずしたいことは、部屋を借りる手続きだ。回復はいいかなと、会話をしながら歩いていくレオ達を追う視線。その量は以前とはなんら変わらない。ただ、違うのは、その視線を投げ付けていた人影二人がそちらに寄っていった事である。

「ねぇ、そこのブルーガール!」
「ん?」

ブルー…ガール……? 思わず足を止めて、レオは左右を確認した。その声は、明らかにこちらに向けられたものだが、左右にはブルーガール……青い少女に該当する者がいなかった。右には手を繋いでいるナミ。左には抱きついてくるサヨリ。……ナミがブルーだがガールではない。
なら、ブルーガールとやらは自分か。一、二秒の時を有してその答えに辿り着いたレオが振り返ると、そこには二人の男女がいた。
一人はマイクを持った若い女で、もう一人は長方形に大きく、黒い──────そして重そうな、カメラを持った男がいた。マイクらしきものが付いているそのカメラは、どうやらテレビ局の撮影用カメラのようだった。
という事は、

「こんにちは!
わたし、コトブキテレビ局、インタビュアーのユミと申します!」
「(やっぱりテレビ局ぅーーーーっ!)
あ……どーも。旅のトレーナーです」

「ああ! やっぱりトレーナーなんですね!
もしかして、ハクタイジムの為にこちらに?」
「はい。まぁ、一応、そのつもりで」

気分は乗らないが、ナミの為である。そんな私情を飲み込んで、営業スマイルでインタビュアーの女性から飛ばされる質問に答えていく。
手に持っているそのマイクは、まだこちらに向けられる事はなく、そしてタクと後から名乗ったカメラマンらしき男性も、その重そうなカメラを手に持ったままな所を見ると、どうやらまだ撮影は行われていないらしい。だが、それでも集まっている視線……。
それから、この流れ的に、

「あの、わたしたちトレーナーを取材しているのですが!
是非取材させていただいてもよろしいでしょうか?」

────勿論、ポケモンバトルで!

「(……ですよねー)」

流れ的にこうなるんだろうな、とは思っていたのだけど、溜め息を溢さないようにするのが大変である。とりあえず、ゼロ円スマイルのまま唸って、ナミとサヨリを見た。自分はどちらでもいいのだけど。
すると、サヨリは無言で唇を尖らせた。ナミも肩を竦める。ふたりはこのバトルに否定的だ。……そうだろう。彼らは、ずっと森を歩いてきたのだ。レオと共に。
レオも本音を言えば疲れたし、ナミも彼女を休ませたいのだ。サヨリはただ単に面倒なだけではあるが……、
ならいいかなと思い、ポケモンバトルを断ろうと口を開いた。その時だ。
肩掛けの、自分の白いバックが少しだけ、揺れた。

「……っ(あ…)」

一瞬、アイクかと思い、バックに手を入れた瞬間、ビシッと手に痛みが走ったことでレオはそれがなんだか理解した。───手が、僅に痺れる。これは……軽い麻痺。
その手で、弱いものの電撃を放つボール、それを掴んでバックから出した。
──────その、ガタガタと揺れて何かを無言で訴えるボールを見据えて、レオは少しだけ沈黙した。そして、妥協する。
レオはやれやれと肩を上げると、女性に微笑みかけた。

「……いいっすよ。
バトルのお相手、よろしければ俺の手持ちがします」
「ほんと!? 良かったわぁ……!」

「ただし!」

ビシッと人差し指を差して、にっこりと笑い言い放った。これは大切な事である。


「きちんとギャラはいただきますからね?」


不敵に笑んだ右眼と唇。空気が張りつめ、ロビーにいた数人のギャラリーから低く響くどよめき。インタビュアーの人達の、こくりと喉を鳴らす音。
それら全てがレオの心を躍らせていくのだ。

はりバトルが好きであると感じながら笑うレオは、思いもしなかった。

このバトルで───────────彼が、決意してしまう、なんて。


あんな、
馬鹿な事をしてしまう、なんて。










(まだ、)(分からない)

    
    

 *←   →#
6/6

back   top