空契 | ナノ
26.選ぶべき道 (5/6)

   



アイクを見失いそうになりながら、その背を追っていたら、眩しい光が人間達を突然大量に包んでいった、その最中だった。
びっくりして、二人が口を開けて固まる。
それもその筈。レオとモミは、木々が生い茂っていたあの息苦しい地形から、抜け出してしまったのだ。太陽の光が、木の抵抗なしに直接降りかかってきて、眼を細めた。
開けた空間が、続く道。その先には湖に掛かった橋などが見え、釣り人らしき姿も確認できる。
つまり、レオ達は──────やっとハクタイの森を抜け出せたのだ。

「「…………や、
ったぁーっ!!」」

顔を付き合わせて、ぱんと手を叩いてレオとモミが喜びを爆発させた。
綺麗な空を見てみれば、太陽はもう西方向に傾きかけていた。レオとモミが出会い、行動を共にし始めたのは朝方だと言うのに…………もう午後になってしまった。
疲労にみまわれているのだが、達成感が半端なく、二人がお互いを抱きしめ合い、飛び跳ねる程嬉しいのだ。
やったー! やったー! やっと抜けた! ぴょんぴょん跳ね、回りながら満面の笑顔の二人の和み空気を横目に、アイクは溜め息をつく。うるせぇと。
真っ先に出口を見付けた彼曰く「森育ち舐めんな」との事。そう言えば彼はトウカの森が生まれだと言っていたか。
そして「お前ら、なんもねぇ所歩いてて馬鹿みてぇだった」と鼻で笑われた。きっとこれはキレていいやつだろうが、彼のお陰で結果的に、あの迷路のように入り組んでいた森を抜け出せたのだ。とりあえずスルーを決め込み、二人、メリーゴーランドのように回る彼女らは幸せそうである。
背景にお花畑が見え、ナミと後から遅れてやってきたラッキーが微笑ましそうに見ていた。アイクとサヨリは相変わらずの表情で、興味もなさそうに二人の会話を眺めていた。

「モミさん……俺らついに抜けれたっすね……!」
「あたし一人だったら絶対無理だったわ……!」
「いえいえ! モミさんはアイク達の傷とか治してくれたし、ありがたかった!」
「私にはそれぐらいしかできないから……」
「いや! そんなこともできるんすよ!
これでお友だちにもゲンさんにも自慢できますね!」
「そうね!
……これもレオさんと相棒さんのお陰よ…!
ありがとう!」

「───ってさ、アイ君!」
「アイ君言うな」

そして何でに振った。にっこりと、よかったねーと笑っているレオにエナジーボールを投げ付ける。そんなアイクに、モミが歩み寄っていた。
意を決したように握られた拳は、微かに震えている。それにアイクが気付かない訳はなかった。

「……あ?」
「っ……!」

剣呑に細められた碧眼に、低い声。モミの肩がびくりと跳ねる……。……後ろで、レオとサヨリが「もっと優しく!」というカンペを掲げていた。どこから出したんだというアイクの呟きはごもっとであるが、あのふたりのカンペの言葉もそうだ。
彼は常に険しい顔付きの上に、今回は機嫌が悪いそうで、通常以上に彼の顔付きは厳しい。それでもレオ達は動じたりするレベルではないものの、モミは別である。
どくどくと心臓が鳴り響き、足も膝も笑うように揺れる。きゅっと、服を握り、どうにか言葉を絞り出した。

「あ、あの……その……さっきは………ごめんなさい」
「……何の事だ」
「さっ、さっき、失礼な眼であなたを────、」
「…………知るか、んな事。
うせろ」


と、ここでカンペにもっと先程より大きな時で、しかも赤ペンで「や さ し く!」と書かれた。
レオのキラキラ輝く笑顔を背に、うるうると眼に涙を浮かべるモミ。うっとアイクが言葉を詰まらせ、眼を泳がせる。

「……いや、別に……知らねぇ……いや、微塵も、気にして、ねぇ……」

しどろもどろだ。

「っ、は、はい……すみません……。
本当に、不快な想いをさせてしまったでしょうし……」
「うじうじうぜ……」

「やさしくしねーと私刑」と書かれたカンペがすかさず上がる。死刑、ならアイクは盛大な返り討ちをするものの、私刑。きっと、彼女の死刑は暴力的なものでもなく、遠回しの嫌がらせだろう。
──────加えて、サヨリとユウのじと眼で、極めつけは、ナミの腕を組んで仁王立ちをしている姿だ。

「……き、キニシテネェ…」
「そ、う?」
「…………ああ……だからもうどうでもいいっつの……」
「え、あ、はい」

「おお……珍しくアイクが初対面の相手に折れた!」
「……顔、うぜぇって書いてあるけど……」
『……純粋が苦手なのかな……』
「ふむ、女性に優しいのは良いことだ」

「てめぇら……後でぶっ殺す」

悪気などないナミ以外。
険しかった顔は今じゃ、げんなりと力なく萎れた青い顔のアイクは、鋭い言葉を残してレオの鞄に手を突っ込むと、モンスターボールを取りだした。逃走を図ろうとしたのだ。が、その時「あ」声をモミが上げた。
「あぁッ?」と反射的に彼女を睨み上げると、一辺にいくつかのジト目がアイクを突き刺した。イラッとしてしまったのは仕方なく、

「そういえば、ダイゴがどこにいるか、その質問にお応えしてなかったわね」

モミがそれに気付かずに爆弾を投下してしたのも、

「彼、つい最近ホウエン地方に帰ってしまったわよ?」

レオ、アイク、ユウ、ナミが眼を点にしたのも、
天気のよい青空に向かって、レオが悲鳴を上げてしまい、釣り人達の獲物を逃がしてしまっていたのも、仕方ないことだろう。

「……それ…先、言う……」

悲鳴の直後静まり返って、顎を落とし言葉を消失させた数名の中で、はてなマークを頭に浮かべながら天然オーラを振り撒くモミに突っ込みを入れれたのはサヨリのみだった。ほそりと小さな淡々とした声だったものの、ひゅぅと木枯らしが過ぎていく、なんだか急に肌寒くなったこの場では良く響いていた。
──────曰く、ダイゴは、一週間前近くにホウエン地方に戻って行ったらしい。一週間。その時に、レオは腕を組んで頭を傾けた。一週間、というと、自分はなにをしていただろう。と考えて、あっさり思い出せた自分に心底驚いた。────以前までは、全く思い出せない自分が、居たのだけど。
今では、思い出せるあの騒動。それほどにインパクトが大きかったプテラ騒動──────あれは一週間前の話だ。
ダイゴが、このシンオウ地方を去って、故郷へと帰って行ったのは、その騒動直後だろうか。

──────だとしたら、

「あれ、俺とんだ無駄足してね?」
………………

ぽつりと溢れた呟きは、先程よりもっと重い沈黙をもたらせた。サヨリとモミとラッキーを除く彼等は悟ってしまったのである。
レオはたちは、ダイゴとの鉢合わせを想定して、ソノオタウンではポケモンセンターを使わなかった。その代わりになる宿を探した結果、彼女達はサヨリと出会い、マーズとも出会ってしまったのだ。
その結果、タイムロスをしてしまい、レオからしたらとんでもなく無駄な関係を作ってしまったのである。
これを無駄足と言わず、なんと言う。
沈黙に項垂れるレオに、ナミが「…いや、人助けは良いことだぞ、レオ」と肩を叩きフォロワーに回ったが、うんと首を縦に素直に振れないレオである。
あの少女を助けた事を、後悔している訳ではないが……複雑な心境になりながらもレオは、キョトンと首を傾げるモミに苦笑し、願い出た。「ダイゴがもし俺を探してても、俺らのことは黙っててくんね?」と。もしかして、彼からしたら自分のことなど眼中にないのかもしれない。いや、そうであってほしい。だが、少なくとも……アイクに対しては違うだろう。
アイクとあいつには、何かある。それもあって、これからなるべく奴との接触を無しにしたい。それがレオの考えだが、そんな事には気付くことはないモミは快く頷いて了解してくれた。「ええ、いいわよ。ダイゴにレオちゃん教えたら取られそうだし…」と頬を膨らませて。レオはそんな彼女に咄嗟に抱き付いた。可愛いと奇声を発する彼女、の後頭部をアイクが殴ると、舌打ちのみを残しボールの中へと入ってしまった。……逃げた。とレオ、サヨリの、思考がシンクロする。
ユウもせこいとアイクをからかうように笑っているが、やはり少しぎこちない。───ふと、笑い疲れたように、溜め息をついて、ナミのベストから顔を出しながらぼんやりレオとモミを見詰める。
一方、アイクという邪魔者がいなくなった所で、またレオがモミの手を握り、うっとりとした顔、からの、キラキラ笑顔で言った。

「モミさん……このまま一緒にハクタイシティで俺とお茶しね?」
「……変態…死ねばいいのに……」
「さ、よ、ちゃん?」

サヨリの頭を鷲掴みして首を傾げる。なにこいつなにこいつ、さらっとなんか言ったぞこいつ。
満面の笑みでサヨちゃん黒いぞ?と迫っても、彼は小さな声で「ん」と頷くのみで意味が分からん。その「ん」は肯定なのか否定なのかどっちなんだ…。

「……アイ君、の…代弁……」
「しなくていーわ」

無表情で言う台詞に、溜め息をついたレオ。モミはその光景にクスクスと花を咲かすような笑みを溢しながら、困ったように眉を八の字にして軽くお辞儀した。

「ごめんなさいね……私、これから直ぐに行く場所あるから…」
「えぇっ!?」
「そんなにガッカリした顔しないの。
また、会えるわよ。だから、」

モミはスカートについているポケットに手を入れると、何かを取り出した。
それは一枚の薄い緑色の紙と──────揺れる度に、ちりん、と優しい音を響き渡せるそれに、がっかりと肩を落としていたレオは顔を上げる。これは……、

「──────鈴?」
「安らぎの鈴……それは礼の気持ちよ」
「え?」

ちりん、ちりん、と赤いリボンが付いた鈴が心地よい、不思議な音色を奏でながら空気を揺らす。良い音がするでしょ?と微笑んだモミは、それと紙を手渡した。

「これはね、持っているポケモンの心を沈めてくれるの。
それでトレーナーに懐きやすくなるのよ」

ちりん、鳴らせたそれは確かに良い音を鳴らし、レオもいつの間にかほっと息を吐いていた程の効果を発揮させた。
だがしかし、懐き、その言葉にびくりと肩を震わせた者も、確かにいた。
それを感じつつ、貰っていいのかと尋ねると、モミはお礼だし、お古だからと笑った。

「ラッキーにね、今まで持たせてたの。
だけど、そろそろ彼女も進化しそうだから、もういいのよそれ」
「効果はありますよー」
「へ、へぇ……」

のんびりと微笑むラッキーは、曖昧に頷いたレオの次に、ピチューを一瞥した。彼は─────未だナミのブレザーに隠れるようにいる。その姿に、眼を細めてラッキーは笑みの質を変える。

「……ユウさん、でしたっけー」
『っ』
「…彼にお使いになったらよろしいのではー…?」

愛想笑い。それに近いもので、ラッキーは言うのだ。
ユウを見下ろすような形で。
────その様子と、縮み目を背けるユウを見て、レオは眉を上げて髪を掻いた。ラッキーは、薄らと何かに気付いたようだ。そう、ユウの何かに。それとは正反対に、モミは気付かない。どこまでも空気を読めず、ぱんと手を叩いた。

「そうね!
ユウくんはまだピチューだから…、」

ただし、これは、こればかりは、

「ピカチュウに進化すれば、戦力は上がるわよね!」

苦笑で返せる、ものではなかった。


『っ……ふ、ざけんなよ…』


幼い、ユウが、
それをできる筈もなくて、





   
    


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