空契 | ナノ
26.選ぶべき道 (3/6)


     



どこまでも鈍感なモミは「あの人が兄弟でなければ、何故ゲンの元に?」とキラキラとした笑顔で問うので、レオ達は深く息を吐き、今まで口出しをしなかったラッキーが「モミさま、彼女のお名前がレオと言うのですよ」とやんわりとした微笑みと共に出した助け船。それでやっとモミはとある事を思い出したのだ。

「あ! ゲンの恋人だ!!」
「やめろ」

誰だそれは。じとっと湿った眼が非難していた。心外だと。

「え、違うの?
ゲンがあまりのも嬉しそうにレオちゃんのこと語るから、私てっきり………………そっか!! 隠し子! レオちゃん隠し子なのね!?」
やめろ
そもそも誰との子供っすかモミさん……」

「え……だ、ダイゴとか?」
やめろ

リアルで想像してしまって、吐き気を催した謎のCPにレオとアイクの精神力が白旗を上げた。誰得だとふたりが呟くと、今度はラッキーが、シロナさん得ですかねぇ、とほんわかした顔で言った。
そこで聞いてしまった、ディンフェクタなどと言う者とは正反対なレギュラーの名前に、ぴしりとレオが固まった。今日はやたら嫌な事を聞く。そして、まさかシロナさん、あなた…腐、いやなんでもない。

「……って、
モミさんゲンさんだけでなく、ダイゴさんとも仲よしなんすね」

ゲンも確かダイゴと面識があるようだが、相変わらず彼の友好関係は謎だ。
しかも、シロナ……彼女はこのシンオウ地方のチャンピオンである。そんな大物とも面識があるなんて、凄…………いや、思い返してみれば、レオも御曹司でチャンピオンな人との関わりがあるわけだが、これとそれとは話が別である。
シロナと友人ならば、癒されるのにと自分本位で思っている頭がお花畑なレオとは、これまた正反対の苦い顔を浮かべるモミ。
そう、言うならばこの関係は、

「……朽ちれ縁よ」
「え、なにそれ」
「腐って朽ちればいいな、な縁よ」
「え、なにそれ」

どんだけ嫌なんだ……いや、嫌なんだな……。美人が残念な風に歪んでカエルみたいになったモミの顔で悟る。とにかく、嫌らしい。
確かに、あのゲンとダイゴと腐れ縁とかは嫌だなと同情しつつも、レオはふと彼らの事を脳内で浮かべてみた。

──────ゲン、ダイゴ、モミ、シロナ──────その四人は、不思議な縁で繋がれているのだろう。
シロナとはまだ出会ったこともないし、出会いたくはないレオだが、自然とその4人が集まる風景が浮かぶ。なんで、こうも簡単に思い浮かぶのだろうか。

そして、懐かしさを覚えるのは何故だろうか。

しかし分からない事は分からず、でも深く考えれば分かる筈なのにレオは忘却を選ぶ。迷わず。選んで、彼女は笑顔でモミと談話を交わしながら、深い森をさ迷い歩き続けていた。
目的はお互い、この森の突破。目指すはハクタイシティだから、行動を共にしていた。

「あ、ミミロルにミミロップ。
珍しいなー」
「そうね。親子かしら」
『きゃぁぁああぁぁあぁ人間よぉおおおおおぉお』
『いやぁあぁああぁああぁああぁああ食われるぅううううぅううぅぅぅ』

何だか色々意外な親子だ。

「食わんよ。なんか不味そうだし」
『え。ほんと?』『ウソつき! 人間ウソつき!』
「はいはい大丈夫だから、不味そうなのも本当だから」
『ひどいいいいぃ』『あたしは肉も柔らかいわよ! ミミロップの肉なんて高級食材よ! 多分!』
「ほぉ、どれどれ……」
『『いやぁああぁああぁああ』』
「じょーだんじょーだん」

「レオちゃんて本当にポケモンの言葉分かるのね……」
「それもゲンさんからかい?」
「ええ」

『え、人間あたし達の言葉分かるの!?』
「おう、分かるけど……食わねーからな?
ゲットもしねーからこことーして、な?」
『『なんもしないでねー』』
「はいよーサンキュー」

以前、クロガネシティで出会った野生ポケモンといい、何故こんなにも個性的な子が多いのかなと笑いながら、素直に通してくれたミミロップ親子に手を振る。ピョコピョコと耳を動かし、尻尾を振りながら手を振り替えしてくれた可愛らしい親子が『変な人間ねー』『ねー』とおかしそうにしていた事はレオとモミは知らないものである。逆に言えば、他の者達には聞こえていた訳だが……黙って頷くだけに止まる。

「…凄いわね」
「ん? なにが?」

知らぬが仏。バトルを避けれたと得した気分で前を向いたレオに、モミが感心したように口を開いた。

「ポケモンの言葉が分かる。
…その能力があるから、今の場面でもバトルは起きないのね」

普通、ポケモンが威嚇しながら草むらから飛び出してきたという今の場面では、バトルは避けられないものである。
しかし、レオのような能力があれば意思の疎通ができ、バトルを避けれるのである。モミは、このようなバトルを、無駄な争い、としてあまり好んでいない。何故とレオに問われて「私はバトル向きなポケモンが仲間には少ないから苦手なの」と話す。ラッキーが良い例だろう。それと性格面から言っても、そもそも合っていないのである。
レオはトレーナーも全員が全員、バトル好きなワケではないんだなと某アニメの主人公を思い浮かべる。あの主人公は、バトル狂……というのは言い過ぎか。
でも、そんなモミでも野生ポケモンとのバトルを強いられる事はある。こう旅をしていれば当たり前の事であるから、あまり深く考えた事もなかった。少なくとも、レオがここの縄張りだったらしいミミロップ親子と交渉した姿を見るまでは。
あんな能力が、自分にもあるならば……避けられたバトルもあったのだろう。それを考えてしまったら、レオを羨ましいと思ってしまうのだ。
だが、レオはそれを否定する。確かに、便利ではあるけれど、

「……便利すぎるんだよなぁ」
「え?」

──…………俺に、この能力は必要だったのかね?
誰に問う訳でなく口の中のみで呟いた言葉は、モミの耳にも誰の耳にも届かなかった。都合よく、風で鳴いた木立の音に紛れたらしかった。
何て言ったの?と耳を傾けようとしたモミに適当に言い訳をしながら笑って誤魔化す。そう、と彼女は少し怪訝そうにこちらを見ていたが、あまり深く考えなかったようで直ぐに注意は逸れる。
残りは、レオの手持ちである彼等のものである。息を静かに吐いてから、肩越しに彼等を見ると案の定、いくつかの眼がこちらを見詰めていた。どうやら、便利すぎる、という言葉に宿った「迷惑極まりない」なんて感情を感じ取ってしまったらしい。
苦笑して、なんでもないよとヒラヒラ手を揺らす。
だが、それでも尚、強く突き刺さる目……ピチューに、笑いかけた。なんの意味もなく。すると、彼はその目を伏せながらすっと顔を背けてしまった。その様子をモミはしっかり見ていたのだが、やはり理由までは掴めないのである。

ふたりは、レオというあの少女と、そのピチューはどんな関係なのかな。
それを考えて、モミに理解でき納得できたのなら人生もポケモン生も苦労はないのである。





本当は、必要ないのではないだろうか。と、レオはよく思う。
自分にこの能力がなければ、アイク、ユウ、ナミ、サヨリとの出会いはなかった。
──────それが楽な道である。
そして、そうすれば自分はポケモントレーナーにはならず、ポケモンジムは寄らず、おかしな組織とは接触せず、ダイゴとも会わなかった。自分のペースで、旅を続けていられたのだ。
もしポケモンが飛び出してきて、襲われたとしてもひたすら逃げれば良い。もし、囲まれたとしても逃げれる体力を、レオは持っているのだ。モミならきついのかもしれないが。

「(……そしたら、もう俺は帰れていたりして)」

元の、世界に。
振り返って見てみれば、自分はかなりタイムロスをしている。この能力がなければ、マサゴタウンに寄る理由もそもそもなかったのだ。……クロガネシティの崖は意外だったが。
自分には理由ができてしまったのだ。ならば、断ってしまえばいいのに……それができない自分はどうかしてる。

「(……断れないのは、
日本人、だからというより……)」

──────情がわいてしまったのかな。額を抑えて、くつりと嘲笑った。なんだ、自分はこんなにもくだらない。
あの時、ナミが強くなりたいと決意し、ジム戦を望んだあの時も、自分は受け入れたいと思ってしまったのだ。
ナミの、強くなりたいという気持ちがレオには十二分に理解できたからだ。レオ自身にも、ああ願って、がむしゃらに突き進もうともがいた時期があったからである。──────ただ、本人はそれを忘れてしまっているのだが。
あぁ、だからそもそも、この能力がなければ、彼らの感情なんて、声なんて、なにも伝わって来なかったんだ。
高い高い、覆い被さるように伸びている木々の葉達を、レオは両手の関節と背筋を伸ばしながら、見上げたレオ。その右眼に、昨晩の嵐のような雨など知ったことかと輝く、眩しい太陽の光が射込んできて舌打ちを心の中で溢して嘲笑。
くそったれ、と自分が歩んでいる運命に理不尽だと訴えながら眼を閉じた。


昨日から、この胸の奥深くで燻っている、この感情。

これも、この能力がなかったら存在しなかったんだな、と考えたらやはり自分などよりも、モミが所持していた方が良いのでは?なんて誰かに持ち掛けてみるも、今ではきっとどうしようもない事なのだろう。
抱くように、コートの胸元を掴んで、とりあえずいつも通りに笑うしかなかった。

に、モミが手をぽんっと叩いて指差した。
突然の閃きに、足を止めて声を上げる。

「──────あ!」

「え、なに?」
「レオちゃん!」
「あ、はい、レオっす」
「レオちゃんってあのレオちゃんね!」
「どのレオちゃん!?」

「ダイゴが“見かけたら教えてね”って言ってたレオちゃん!!!」
「!!!」

マジかよ!?
レオ一行はぴしりと固まると、顔を真っ青に染めた。
思わぬ伏兵に、開いた口が塞がらない状態である。かなりアホ面な一行だと気付いているのは、ラッキーのみだが彼女はただ「今更ですね、モミさま」とどこまでも疎くテンポが一歩遅い主をあたたかい目で見詰めるのみだった。
ある意味彼女も質が悪いのだけど。


    


     


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