空契 | ナノ
25.永劫の闇で、 −後編− (6/7)

 
  


動機付けのように聞こえる、自分の中のそれに内心苦笑しながら、とりあえず俺は思考を絶ちきった。
単純に興味がなくなったのと、これとは違う違和感を確認したからである。

「ユウくん、
俺が倒れてからどれくらい経った?」
『えぇ? …5分ちょいかなぁ?』
「そんなもんか……」

その間に生まれたらしい。この違和感は。俺が眠っている間になにがあったのだろうか、と独り思いを巡らす。当然、望ましい答えなんてなくて、ただの憶測にすぎないそれは、ただ無意味だった。それでも、意味もなく、むなしく彼を、考える。自分でも何故、こんなにも考えているのかは、よく分からなかった。難しい話には興味がないのだ。。

ああでもない、こうでもないと交差する思考を笑顔に隠していながら、俺はダイゴさんに貰ったポケギアで、時間を確認する。そろそろなんだかんだで1時間半はすぎている。そろそろ頃合いか。
戻ろうか。にこりと笑って、俺はふと気になり足元を転がる石に触れる。もう、ノイズは聞こえない。……ラジオみたいだな。だが、先ほどみた“夢”を思い出した。あれは、一体……。
結局謎が解けるわけはなく、でも忘れていいものとは何故か思えなくて、俺はその石をバックに詰め込んだ。びびりなユウには必死に止められたが、害はなさそうなので、とりあえずこれは所持しておくことにした。

こうして俺達は時間を気にしながらアイクが待っているであろう部屋へと、足を進めていた。

『…………』
「………」

歩みを進める度、古い床がたてるギシギシという音しかきこえない。行きとは全く違う、静かな同行者に笑みを傾けながらも進む。
興味もない。一瞬、気にはしたけど、わざわざ自分から突っ込むこともないし、今更な話ではないか。そう思い直しながら、進む俺に、ユウは少し不思議そうに、眉をひそめていた。

『…まだ、笑ってる』
「え?」

『……いや…、
あの…………レオって、いつも笑ってるよね……って』


その言葉に、素直に驚いた。右眼を見開き、少しだけの時間頭の中から言葉が消えた。
何故、今更? そんな思いが強くて、思わず歩みを止めた。それでも、浮かんだまま消えやしないのが、その笑顔。歩くと言うこと、呼吸をすると言うことよりも、遥かに楽で勝手に浮かぶそれから、ユウは目を背けると避けるように俺の肩から飛び降りた。一気に軽くなった肩になんか、興味もない。
俺の前にしばらく無言で、彼は歩く。それから数秒。彼が嫌いそうなギシギシという音が止む。

『……………』

『…色々、
聞いてみたかったんだ…』


彼の背を、俺は無言で見詰める。長い廊下、この道で立ち止まってしまった彼は、その小さな背中を、震わせて振り絞るように言う。

『………レオは、
なんで、僕を旅に加えてくれたの?』


………なんでだろう、なんて、考える間でもなく。それはとても簡単すぎた。

「ポケモンという力を利用するため、
だけど、なに?」

だからなんだと、迷うことなんてなく、素直に言う。俺はその答えが間違っているなんて微塵も思わない。
ユウがどう思ったなんて、知らないけどさ。

『…っ…それは、前から変わらない…?』
「まぁ、それ以上もそれ以下も俺の中にはないからな。
キミはただの手持ちだよ」

息を飲む声が、雨音に霞む。ああ、意味が分からないなぁ。
急に、急に彼がおかしくなった、と思ったら、
急に、泣きそうな目をしたと思ったら、なにを当たり前なことを。

「…そんなの今更じゃん」

自分の口から発しられたそれは、抑揚がすくなく思ったよりも、冷たい言葉と、なっていた。
それくらいつまらない質問に、否、こちらを振り向かない小さな背に、苛立つ自分。どろどろととぐろを巻いた感情────に、気付かず俺は、微動だにしないそれに背を嘲笑うのだ。

「キミは、それを良しとして俺についてきたんじゃねぇの?」

──────出会ったときに、出した条件。
自分は自己中心的だとも言った。
自己中心的だから他人より、自分を優先させるとも言った。
それを受け入れたのはキミだろ?


「受け入れて、
でも、
俺を利用しようとしたのは────キミだろ?」


『っ───なんで…!』


びくりと震えて跳ねた彼が振り替えった。焦ったような、先程あの部屋に入ったときのような顔だ。
しかし、俺の眼と、あの子の目が乾いた空気中で交わった瞬間、はっと息を飲んだ彼の顔色がサッと引き……強ばった。
怯えたような、信じられないものを見てしまったよう顔に最初こそ疑問だった。ただ、自分は“笑っているだけ”だ。今まで通りに。いつも通りに。笑みを浮かべている。ただ、それだけだ。

────その自然すぎる笑顔と、纏っている空気と、細く冷たいこの右眼が、相反しているから奇妙だったのだと気付いたのは、彼が俺から足を一歩引いた時だった。

気付いたと同時に、俺の中のなにかがガラガラと崩壊していく。どろどろととぐろを巻いた感情。それをぶつけるように、穏やかに、冷たく聞こえるかもしれない口調で言う。

「キミがなにを考え、望んでんのかなんて、全く知らない。
俺は俺を利用しようとしたものを、利用しただけだ」

それは間違っているのだろうか。知らない。
少なくとも、それを決めるのはコイツじゃない。

「俺になにかを求めるなんて、無駄すぎることするぐれぇなら、キミが行動に移してみれば?
自分が変わるなり、俺の目の前から消えるなり、自分にしろよ。

この半端野郎」


言いたいことだけ言った、勝手な言い分。いつかのアイクと、今の俺の態度はきっと瓜二つだろう。
しかし、彼は動かない。反発しない。反論しない。否定しない。ただ、俯いて、口を震わせて、そこにいた。

はぁ、ため息を苛立ち気に吐いて、笑みなんてとっくに消え去ったピチューの 顔を一瞥した。ああ、もう、興味もないな。
歩き出した俺は立ちすくむ小さな彼の隣をすり抜けていきながら、にっこりと笑みを深めた。

「やるんならさ、もっと分かりにくくやれよ」

その分かりやすい、作り笑いも、嘘も、
どっかの御曹司よりも、遥かに下手すぎるよ。
分かりやすすぎて、嫌になるんだよ。見てるこっちはさ。


廊下に再び響き出したギシギシという古くさい音。雨音も、それも、どうしようもないくらい煩く感じた俺の中の感情は、混沌としていた。その内のいくつかは理解しきれないもので、でも、分かるのはあった。

俺が、彼に─────ユウに、
確かに感じていたこれは…………、


紛れもない、
落胆、だった。






………なんでだろうな。

 
 
  


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