25.永劫の闇で、 −後編− (5/7)
薄明かるい空間で影がいて、
嘘だろ、と彼は泣きそうな声で呟いた。
ゆらり、ゆらりと影が揺らめく。
闇色がゆれ、それは見下ろしながら問いかける。お前は何をしたい。何を望む。
2度、問いかけられて彼は、知らない、わからない、と吐き捨てるように呟いた。
ただ、
自分は、
ただ、
いつまでも─────、
─このままで、いたかった─
それは誰かの嘆きとリンクして、深い闇に響いたんだ。
そんな、夢を見た。
『あ、レオ』「ぅ…ん…?」
忘れていたように、やっと瞼を持ち上げるとやんわりと温かい光が目に入ってきた。それと、同時にあうっすら見えたのは、にこりと笑うピチュー。
「…ゆう…?」
『そうだよぅ。
大丈夫? レオ』深い眠りに入っていたのだろうか。やけに舌足らずで、ユウの安否を気にしてくれる声すら遠くに聞こえる。
霞む意識。休日の朝のようなのんびりとした気分で、俺は口を開く。
「んー…おはよぅ…?」
『…本当に大丈夫?』いつもの調子で笑ってみると、知らず知らずのうちにへにゃんとした、気の抜けたものになってしまう。ユウはえぇ…と呆れたように、笑う。それに、俺はおや、と瞬きをするもそれに突っ込む程、まだ情報把握できてない。
大丈夫ってなにが? 頭か? 頭のことなのか? なんて、こんな調子である。何故思考が頭に向かう。我ながらどんだけ心配なんだよと後々思う。それは、ユウも同じなようで、首を傾げて俺の顔を見詰めた。
『うーん…、
倒れたときに、頭でも打って、記憶でもぶっ飛んだのかなぁ…』「……たおれたぁ…?」
なんのこっちゃ。相変わらずの舌足らずで呟きながら身を起こす。腹筋と両手に力を入れて、そのとき俺は動きを少し止めた。
自身の左手が、なにかを握っていた。意味が分からず、しげしげと眺める。指と指の隙間から覗く、ガツガツと固そう岩肌…。─────“あの”石だ。
それを視界へと入れた瞬間、脳裏にフラッシュするい映像の数々。思い出して、ゾッと身を震わせた。
「っ…!」
咄嗟に浮かべた笑みが凍り付いた。指先から脊髄へと駆け抜けた感覚。石を離そうと指先に伝達するも、その左手は小刻みに揺れるばかりだ。右手でこじ開けるように指ひとつひとつを掴み、やっとあの石は俺の手から離れて、床にごろりと転がった。それでも全身の緊張は解れない。
だが、
「…あ、れ?」
なんか、変だ。怪訝に思って石を拾い直す。今度はユウも止めることもなく……あのノイズの音も、聞こえることもなかった。
「…?
なんか…」
『雰囲気変わったよね…』……うん、
『紫のモヤモヤも、変な匂いもなくなったしねー』なんて言われても、分からないんだけど。
ただ、なにも感じないのだ。この石からは。ただの石、とまではいかないが、先程までとはなにかが違う。心なしか、部屋自体の空気も軽くなった気がする。
『なんかね、
レオが倒れた瞬間に……モヤモヤも、消えたんだよぅ』「…ごめん……まったく、話がわかんねーんだけど…」
『……本当に覚えてないの?』「だからなにが」
うろんげな半眼を向け、話が見えないともう一度訴えると逆に、半眼を向けられた。ついでにため息をついたユウの言葉に、俺は目を見開く。
『レオ、
その石に触った瞬間、急に倒れたんだよ?』「…………は?」
なんじゃそりゃ。相変わらず話は見えないじゃないかと呟きながら、首を傾げる。倒れた? 何故? 俺は何故倒れた?
倒れた理由が分からない。ここに自分がいる理由が分からない。
頭に靄が広がっていて、意識がふわついていた。まるで長い、眠りについていたのかと錯覚してしまうが、ユウいわく、倒れてから5分しか経っていないらしい。……どういうことだってば?
確かに記憶があるのは、石に触れた所だ。あのとき、内側を侵食し、蝕んでいくような感覚が、忘れられない。
──────忘れ、たくない。
『……本当に大丈夫?』「…………」
『レオ、うなされてたよ?
……………夢でも、見てたの?』「………うん。
………みた」
夢にしては、
やけに苦しくて、
痛々しくて、
生々しくて、
悲しくて、
何故か、懐かしいと一瞬だけ思えた、
夢を、みた。
『もぉ、本当にびっくりしたんだからね!
石に触った瞬間、石からいーっぱい黒い影みたいな手?にレオが掴まれて……、
そしたら急に、レオ倒れるし、部屋とかの雰囲気はよくなったし…』「本当にびっくりだよオイ」
お前がそんなハイスペックだったなんてさ。
……という本音は飲み込み愛想笑いを浮かべながら、立ち上がると腑に落ちない何かがあった。
くらりと頭を揺らす毎度お馴染みの、貧血から来る気持ち悪さは、今更気にはならない。慣れとは恐ろしい。だから、これではない……………違和感。
室内を見渡すと、少しだけ先に向けた視線。床に散らばっていたガラスの破片が見えた。────あれ、おかしいなと首を傾げる。
「…………ユウくん、
キミ、もしかして力持ち?」
『へ?
…なんで?』「だって………、」
ユウは、俺は石に触れて意識を失って倒れたと言った。
それは間違いではないだろう。確かに俺には、石に触れてしまってからどうしただのの、記憶がない。夢を、みていた。
それは違いないが、それが正しいから間違ってしまうことが現れる。
ガラスケースの破片の上に落ちていた石に触れ、倒れたのだ。ならば、自分は─────前のめりで触れたと体制的に、俺はガラスの上へとダイブしていなくちゃおかしい。きっと大怪我をしていたはずだ。が、俺は無傷。新たな傷はなかった。
だから、
「ユウくんが受け止めてくれたのかなぁ、
って」
『あー………』「まさか俺が自分で避けたわけじゃないだろうし……」
『いや、そうなんだけど………』「……………ん?」
ナミさんに引き続き、またもや意外な怪力くんが発掘されたか………なんて冗談半分で思って笑っていたら、少し黙っていた彼が困ったように呟いた。ビシッと動きを止める。
え、 マジで?とまじまじと幼く、か弱そうなピチューの顔を眺めると、彼はにっこりと笑う。そして
『倒れる直前、レオが体捻ってが避けたんだよ? 自分で』なんて、さらりと言ったのだ。そんなバカなと笑うと、対抗するように小馬鹿にするように笑われる。いつかと、全く違う笑み。
『また忘れちゃたっのぉ?』「………またって?」
忘れっぽいのは確かだけど。
『プテラの時もそうだったじゃん。
直前のことは覚えてなかったでしょぉ?』「……うん、まぁ」
曖昧に頷く。納得できない、腑に落ちないなにかが胸の中にあったが、そんな意味不明な 理由でも俺なら通るのだろうか。
自分のことは一番自分理解しているつもりだ。だが、記憶に残っていないことは仕方ないと思う。分からなくても、覚えてなくても。それが俺なのだから。
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