空契 | ナノ
25.永劫の闇で、 −後編− (4/7)

 




ミステリー小説を読んでいるかのような感覚。いや、そんなものではなんだか生温い。
そんな興奮する材料なんてない。背筋に、得体のしれない冷たさを感じる。
この日記から、文章から、なんだよくない感覚を記憶する。……くるくると頭が回るような感じ。なにかが渦巻いてる。そんな感覚が伝わってくる…。これはなんて名前の感情だろうと考える。
────後に、これが狂気というものだと知るが、今まで感じたことのない感情だったのだ、それは。

じんわり冷えて震える指で、俺は文字をなぞり続ける。
あの文章から2ページ捲ったそこに、また文が連なっていた。

「“きっと、あの人形が私達を恨んでいるのだ。
当たり前だろうか。友人と引き離されたのだから”」

なんの話だ?
なんだ? 人形って?

「“毎日のように紅眼に見られ続けて、私は狂ってしまった。
愚かな私…だが、仕方ないのだ”」

なにかを代弁しているような口調で、続いた言葉に俺は知らず知らずの内に息を止めた。


“私は、あの紅い眼が恐ろしい”


「…っ…あかい、眼?」
『レオ…?』


“眼だけで、私は化け物を連想してしまう、そんな鋭い眼光で、
血を妄想させられる、そんな色で、

あんな眼を見ていると、自然と体が震える。

そして、意識は混濁の闇に消えるのだ”


俺らはまた戦慄する。

「…“これを読んでいる誰かに伝えたい”……?」


“私はもう、生きていられないれない”

“だが、そのまえに、どうか石を、あのいしの怨みを”


『“これは、呪いだ”
“あなたも気をつけろ”
“紅がみている”…』



“紅の呪い…化け物の呪い 藁人形の呪い 生命 紅 みたま 紅が 紅、 あ あか 紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅
紅紅紅紅紅紅紅あか紅紅あかあかあかあかあかあかあかあかあか”


───────以下は、解読不能の文字が、ただ、ただ、びっしりと1ページに詰まっていた。
堪らず本を閉じる。力みすぎたか、バタンと大きな音と共に埃が舞う。ユウが『ぴっ!?』と小さく叫んだのみで、それからは冷たい空気が広がり沈黙が響くだけだった。

「…………」
『…………』

なんとも言えぬ空気の中で、背筋が凍り付いて動けなかった。それこそ本当に氷が張っているかのようだ。
肩にいるユウも同様に固まって動かない。ちらりと一瞥すると彼は顔を真っ白にして本を凝視していた。

「……………なんか…」
『ぅ、ん…』

「……すっげーもん見ちまったなぁ…」
『…………』

そんな軽いもんで済ましていいのか…。そんなげんなりした顔でこちらを見上げた彼に、肩を竦める。だって、かなり衝撃的だったから、なんか後ろや隙間に誰かがいそうで、そわそわしてしまう。故に単純な、そんなバカみたいな言葉しか浮かばないが、本音だ。
茫然としたそれをユウに悟ってもらいたかったのだが、彼は何故か動きを止めていた。俺を見上げたまま、虚をつかれたように眼を見開く彼に首を傾げる。
────さっきから、なんだかユウは変だ。いや、その言い方だと、この洋館のせいみたいに聞こえるが少し違うように思える。確かに、洋館のせいでビビってはいるが…………恐怖と同時に、気まずさ、も抱いているようだ。
こんな風に、なにかに迷うようになったのはいつ以来なのだろう。また、いつからだろう。
ほら、今だって、思案する俺に声をかけることすら躊躇している。
…変なヤツだな、と笑いながら口を開いた、その時だった。
─────ガッシャンッ、となにかが割れる音と、鈍い音。そして、ノイズが耳と脳をつんざいた。

「うぇっ!?」 『ひぇえっ!?』

お互いに情けない声で叫びながら、ビクリと跳ねる体と心臓に息が止まった。突然の騒音に死ぬほど心臓が暴れだしたのは仕方ないとして、無意識に息を潜めた自分を笑いたくなった。

「…っ……?」
『……なに…?』

ざあざあと煩いノイズに頭を悩ませる俺と、露骨にびくびくしてるユウが顔をそちらに向けた。
音がしたのは扉がある方の正反対。確か、あっちは変な石があったと思うけど……………それを視界に入れて、俺は絶句。ユウは絶叫。

ガラスケースに入っていた筈の、変な石が、床に転がっていたのだ。しかもガラスケースは…跡形もない。粉々に割れていて、辺りに飛び散っていたのだ。まるで内側から弾き割れたようなガラスの飛び散り方に疑問と、言い知れぬ不安が浮かぶ。

「………いつの間に…」
『え、ちょっ、レオ!』

閉じた本とユウを棚に置いて、石に近付く俺に制止の声がかかる。

『近付いちゃ危ない!』
「大丈夫だいじょーぶ、
ガラスは気をつけるし」

またビビリが発動したのか、と適当にあしらいながら石の前にしゃがんだ。
ノイズはやはりこの石からする。どんな仕組みなのか手を伸ばした時『そうじゃなくて!!』と叫ぶ声が後ろから聞こえた。

『その石…っ…なんか…まずいってば…!!』
「へ?」

やけに切羽詰まったような声に、なにかを感じて振り返ろうとした。
しかし、手は─────触れてしまったのだ。
指先だけ、少し、石に、


「………………え…っ?」


触れたら、誰かに手を引かれて闇に紛れた。
機械が奏でる不協和音が、響く深い闇に。

ノイズはぶつんとゴムが切れたように鳴り止んだと同時に、時まで止まった。ような錯覚。
音の無い世界が訪れたのは、一瞬だけで、塞き止められていたダムが決壊してしまったように音の波が俺を包んだ。
脳に膨大な映像が映し出され、、、、て、
ノイズが、紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅、、、紛れた、笑顔、紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅ノイズに隠れた、優しい、紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅、声、涙、悲しみ、愛、あい、アイ、藍、哀、愛、消えた世界、染まる紅、紅紅、紅、紅紅、紅、紅、、紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅───────血…!!



頭にノイズと共に雪崩れ込んで来た光景に、キャパオーバーした脳は意識を止めた。
ぐらりと揺らいだ景色の中、最後に、視えたのは消えそうな色の金が…ゆらりと浮かんだ笑顔、だった。
 

  


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