空契 | ナノ
25.永劫の闇で、 −後編− (3/7)

 



もしかしたら、客人の忘れ物を保管しとくためにこの資料室(仮)に置いておいたのかもしれないが、どちらにせよ、ここの事が書かれているだろう。
森の洋館と呼ばれた、この建物の事が。
誰が、こんな洋館に住んでいるのだろう。そして、なにがあって、どうして、こんなにも荒れ果ててしまったのか。それが知りたいという好奇心から、俺らは本を開いた。
内容は、ありきたりなものから始まった。

「…“●月●日…………今日も庭のポケモン達は元気”……うん、普通に日記だな」
『読みにくいところもあるけど、普通に日記だねぇ…』

“今日は晩餐で高級食材を食べた”“今日は親戚を呼んだ”“珍しいポケモンを貰った”“孫と遊んだ”……など、なんだか予想通りな日常を送っていると読みながら悟る。いいご身分なんだなぁ。
こんな日常しかないのだと思い、読むスピードを上げた。しかし、そんな俺らの眼に、気になる文章が写る。

「…“また、あの眼だ”…?」
『え? なになに?』

興味をだんだんと失っていったユウが、がはりと再び覗きこんだ。「いや…」俺は軽く首を振り、指先で一番下の行をなぞる。ほこりがついた。

「“また、あの眼だ”……、
この言葉と…似たような言葉が何ページが前にも書いてあったんだよ…」
『眼?
………あ、ほんとだ』


ユウが捲った3ページ前の紙の、やはり片隅を俺はなぞる。ざらざとした紙の上に乗る黒いインクは、眼という単語を刻む。

『“紅い眼を見た”……か…。
…………なんかぁ…やなカンジぃ…』

「ホラーキタぁ」
『…………』

けたけたと笑う俺に、顔を青ざめたユウが無言でページを捲る。さっき見たページを過ぎて、何ページか目でまた見付けるあの単語。

『“紅い眼が、見えた”…』

そして、また何ページか後でも、

「“眼だ。また、あの眼が”…」

『“やはり気のせいではない。
また、見えた”』


日記の内容は、ほぼ日常の話で埋まっていた。しかし、片隅。最後の一行程に…思い出してしまったように、この日記の主はこう記す。“あの眼”と。
それは3、4日かに1回だったり、1週間に1回だったりする。期限は一定ではないよう。でも、日常の影に潜む“眼”……それに怯えて毎日過ごす、日記の主を想像したらぞっとした。
なんだ、これは。

『またあった…、
“紅眼が鏡に映った”………この紅眼ってなんのことだろ…?』

「……さぁ?」

『あ、また。
“紅い眼…また私を見ている”』


「ん? ここにも。
“夜中に目が覚めると、窓に紅い眼があった。妻に言っても、信じてもらえない”…、」
『うわぁ…怖…、
“否、信じたくないだけなのだろう”…?
なんかこの人…確信づいてるね…』

「誰かに怨まれてる家族なんじゃね?」
『………そんなにあっさりと…』

核心に近そうな事を。とジト目を向けられたが、まぁ、あれだ。こういうのはホラーゲームの王道じゃないか。
なんかの儀式して失敗したとか、贄にされた人が怒ったとか、ありがちじゃん。と言えば、『ゲームのしすぎだよレオ』と青ざめた顔で返される。
他になにがあるというのだ。ユウは言葉を詰まらせて、悩んだようだが残念ながら俺が挙げた例以外浮かばなかったようだ。想像力のないヤツめ。

「それにポケモンがふつーに存在するんだから、
ポケモンの呪いって可能性もないわけねーよな」
『どっちにしろ最悪だぁ…』

個人的には人間の怨みや妬みの方がイヤだけどなぁ。軽くぼやくも、まぁ今はそれは置いておいて、ページを進める。
嫌に眼につくのは相も変わらず、あの単語。

「…またか…。
“子供たちが、紅眼を見たと騒ぐ。
以前した【紅目の怪物と藁人形と御霊の昔話】を未だに覚えているようだ”…なんのこっちゃ」
『童話?
全く聞いたことないけど』


「凄く読んでみたいなオイ」
『…レオってホラゲー好きでしょ?』
「え、今更?」

『……………………』

『……えぇーとぉ…、あ、まただぁ。
“また、見てしまった。紅い眼が、私を、わたしたちを”……』


わざわざ低くし、死にそうな枯れた声でユウが読み上げたもんだから、かなり気温が下がった気がする。ゆーくん、迫真の演技すぎ。
「“私達が悪いのだろうか。私が何をしたというのだ。何もしていないというのに、紅い眼はわたしを、”……」

ページを1枚捲る。
ユウが呟く。また…?と。

『…“紅い眼が、紅が”…。
………レオ、なんか…おかしい』

「ああ…」

眉を潜めて、1行しか書かれていないこのページを見詰めた。
そう。一行しか、書かれていないのだ。あれ程、幸せそうに綴られていた、あの日常が1文字たりとも…この黄ばんだページには浮かんではいない。
更にページを捲る。あのページから3ページは全て空欄。4ページ目から、また、彼の毎日が綴られていた。
内容は以前の日常に近いようなもの。ただ、近いだけ。日常に皹が入った、歪んだような毎日が脳裏に浮かぶ。
それは、紅眼を見たという記述がはじめて書かれた日から、約2年弱経った頃。ぎこちない字で、文章で綴られていた。

例えば、庭に薔薇が咲いただとか、娘とポケモンバトルをしただとか、中庭のポケモン達が可愛いだとか、他愛もない話。
そして、必死に日常へと直そうとするような。自然へと取り繕おうとするような文章に、眼を細める。
なんだか、凄く…気分が悪い。違和感を感じる。そんな文章は、8ページ続いた。
────9ページ目には、明確な異変が記されていたのだ。

  “妻が倒れた”

『え…』

  “鬱状態が続き、身体も心ももう駄目だ”

「………」

びくりと震えて固まるユウと似たように、俺もぞっと悪寒を感じるも手は止めない。
ページを捲る手が早まる。

 “×月8日
  使用人の1人が突然死んだ”
 “血塗れで、刺し傷がいたる所にあり、胸にはナイフが刺さっていた”


 “×月9日
  朝、また使用人が死んでいた”
 “他の使用人も逃げ出した。…この屋敷の歪みに、気付いたのだろうか”


 “×月23日
  朝、娘が二階の部屋で死んでいた”
 “他の皆と、同じように真っ紅に染まっていた”


『え…!?
ちょっ、待って…っ』

「………ほかのみな…とおなじ、ね」


 “×月24日
  妻が死んだ”
 “首に絞殺の痕がある”


ぐしゃぐしゃに歪んだそのページの最後の行には、更にこう書かれていた。


 “私は一人になった”


────こくり、と唾を飲む音が、静かな部屋に響いた。




 


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