番外編 | ナノ
桜吹雪のない空 (12/13)

   
  




荒れた部屋から、空を眺めていた。

キラキラと輝き、儚い光をこの世界まで届かせる星たち。
それを眺めていた。レオは。右眼を、ただつまらなそうに夜空に向けながら。


「……レオ…?」


そんな、声がかかり、レオはふと笑みが張り付いたままの顔を後ろに向ける。
───レオが膝を乗せ、後ろ向きに座って中腰で空を見上げてるソファー。それがある寝室のベットがもぞりと動き、サクラが身を起こしていた。彼女は眠りについてから、20分ほどしか経過しておらずまた起きてしまい、眠そうに瞳を潤ませていた。寝ぼけた頭で壁掛け時計を見る。……まだ夜中の2時である。

サクラが就寝したのは20分ほど前だ。こんな時間まで、何をしていたのかと言うと…………宴会だ。
レオ側とサクラ側の自己紹介が修了し、カオス状態になった、あの後、レオと桃真が突然手を広げると「「宴会やろう」」とにっこにこの笑顔で切り出した。因みに、周りは乗り気ではなかった。特にレオの手持ち。唯一賛成したのはナミである。
サクラ側は、宴会自体は嫌ではなかったが……レオと桃真のコンビネーションの高さ。それにどこかの警鐘が鳴ってしまったのだ。どうやらふたりは不思議な友情が芽生えてしまったらしい。

こうして、レオと桃真はなかば強引に話を進め、料理を皆に押し付け、てきぱきと準備をすると始まってしまった宴会。
最初は乗り気ではなかった皆だが……何名かは酒が回った所で盛り上がっていった。
彼らは、おつまみや料理を傍らに、自分と気が合う相手と話し込んでいたりと楽しそうではあった。…………一部例外がいるとしたら、それはアイクである。アイクはレオと取っ組み合いをしたりする。それをリザードンが宥めていた。

レオとサクラは未成年の為、酒は遠慮してジュースを乾杯し、お互い旅の事について語り合った。そして、こんな時間になってしまったのだ。

レオ面子、サクラ面子の男組はリビングで雑魚寝をしてもらい、レオとサクラ、そしてピカチュウ、ピジョット、ラプラス、エーフィの女子組は、この部屋で一晩過ごすことにしたのだ。
サクラとレオはベットで、他は床に布団をひいて寝ていたのだが…………ふと、サクラが目を覚ますと、隣にいる筈のレオがいなかった。一瞬焦ったが、視線を巡らすとすぐにその姿を確認できた。

彼女は、窓から空を眺めていたのだ。

「あ、ごめん。起こしたか?」
「いや、そんな訳じゃないけど……」

サクラはベットから足を降ろして、少し視線を下に落とした。……すやすやと、気持ち良さそうに眠っている仲間たちが、そこにいる。

「……あ、あのさ……!」
「ん?」
「…………あの、さ……、
……ごめん……帰して、やれなくて」
「………………」

罪悪感で、サクラは消えてしまいそうな小さな声で俯いた。シーツを世話しなく握る手。すくんだ首。
年相応の反応ぽくて、レオはくすりと笑う。首を横に振った。

「いいぞー、謝んなくて、さ」
「でも、」

明らかに、自分は彼女を落胆させてしまった。

「いや、
そもそもキミが俺を帰さなきゃいけない、なんて義務じゃないんだしさー」

確かに、そう、だったが、
義務なんかではなかったが、

「帰し、たかったんだ……っ」
「サクラ……」

ひとりの人間として、友として、
彼女を元の世界に帰してあげたかった。
彼女を、レオを、救いたかった。
だけど、あれから何度試しても、レオが扱う秘伝の鍵は何故かうまく作用しなかった。レオの手持ち達の目を掻い潜って何度も、試してみた。だが、扉は開くもののその先は先程訪れた公園や、このポケモンセンターのロビーや、部屋のトイレ、浴槽、などに何故か繋がってしまう……。
試しに、サクラも自身の世界を繋げてみたが、それは何も不備もなく成功したのだが。原因は、不明である。
その不服すぎる結果は、サクラの心にどうしようもない焦りと、罪悪感をもたらせた。

「……レオは、全て…話してくれたのに……」

自分は何もできない。
レオを助けられない。
願いを叶えてあげられない。
約束を、果たせてあげられない。

自分は無力だ……。握り締めた拳を震わせて、シーツに突き付けて皴をつくる。
俯いた顔は、暗い部屋に紛れてレオからは見えなかったが、夜目に慣れてきた彼女は少し……震えていた。

優しい人だな、と笑った。そして、やはり不思議な人だ。
サクラはレオを変人だと言った。
だが、レオからしたら、サクラの方が不思議で言ってしまえば、変、だ。
俺なんかの為に、こうまでも言ってくれる。どうにかしようとしてくれる。
嬉しいとか、そういう感情よりも─────有り難迷惑、そんな思いに近いものがあった。近いだけだ。別に、嫌だとは思ってはいない。
ただ………………むず痒い。決まりが悪くて戸惑うように、頬をかくと視線を逸らした。暗い所にいるサクラなのに、眩しい。真っ直ぐな感情から逃げた視線は、自然と窓の外へと向かう。───夜空を眺めて、感情は落ち着く。

「……サクラちゃん」

少女の声。無条件にサクラは体を強ばらした。しかし、それはサクラが恐れたサクラを責めるようなものでるなく、優しい、そして明るいいつも通りのレオの声。

「こっち来いよ!
星きれーだぞ」

アルトの、子供っぽいレオの声に、顔を上げるとソファーで胡座をかいている彼女が、手招きしていた。
──────目元を擦り、サクラは足を床へ降ろす。「ほらっ」こちらに手を伸ばす少女は、外からの月明かり、それと電灯の光にやんわりと包まれ、彼女の髪や右眼が輝いていた。綺麗だ。その暗い光に引き寄せられるように、だけど足元で眠っている仲間たちを起こさないように、慎重に歩いていった。

「……、ぅわぁ…」
「なっ、凄いだろ!」

窓の近くまで行き、空を見上げたサクラは重苦しい雨雲が一気に晴れていくように、表情をはっと明るくさせた。それは、物理的にも、感情的にも。
───建物が肩を並べる都会の頭の上、隠れそうになっていた空には、夜空一面にばらまかれた星々が、鮮やかに、柔らかく、時折、鋭く……冷えた空気で頼りなさそうに輝きを解放していた。
都会の空とは思えぬ星のきらめきは、サクラの心を震わした。

「…すごい……」
「だろ。
やっぱり、北海ど……いや、シンオウ地方は北の方だからか空がキレイだなぁ」

星の欠片が、人際キラキラと瞬きながら集合しているあれは、もしかして天の川だろうか。美しい。ほぅと息をついたサクラの手を掴んで、レオはサクラを自分の隣に座らせた。満足げに微笑む彼女の視線が再び空を眺めた。

「…………あたしの故郷と同じくらい、綺麗な空だ……」
「へぇ! サクラちゃんの故郷って?」
「カントーのマサラタウンって所……」
「え、あの真っさらさらタウン!?」
「あ、あぁ……有名なのか?」
「まぁ、そりゃ…………」

おそらく、マサラタウンはピカチュウくらい有名なのではないだろうか。元の世界の事を浮かべて、遠い眼。いつかあの町に行ってみたいな、そう僅かな願望を冗談みたい口調で口にした。

「……な、サクラちゃん」

レオは体を反転させ、窓の外に向けると頬杖をついて言う。その横顔は、うっとりと夢を見ているかのように和んだ眼が緩やかに一点、星を見詰めていた。

「キミは悪くないよ」

はっとした。

「だってさー……、
あの鍵が使えなかったのは俺のせいじゃん」
「そんなこと………だって、あんなこと、普通はないし……っ」
「ああ、つまりあれは予想外のデキゴトだったんだ」

夜空を指差すように、ぴっと立てられた人指し指。反論は許さないと言うように、にやりとしていた。「俺が変なせいかね」だから、こんなおかしな事になってしまったのか。
そう飄々とした顔で笑うレオは、扉が失敗した時とは一変して、穏やかな表情だ。
無理して笑っている? 嘘の笑顔? ───そうには見えない。彼女は、自然に笑っている。自然すぎて、それが不自然に思って疑ってしまうのは仕方ないことだ。
レオは、あんなにも帰りを願っているのに。

「別に、全くガッカリしてない、
ワケではねーよ?」
「え……」

サクラは自分の心が見透かされたかとギクリとしたが、少女は「顔に書いてあったぞー、不思議だ、って」
と視線のみを少し向けると、息をつくと「ぶっちゃけ、困惑したし、焦ってるし」とばつが悪そうに言った。
でもね、

「どうしようもないからさ」

そんな自分をみっともないと思った少女。照れたようだが、理不尽な誰にも向けれない怒り、焦燥、落胆、様々な感情が混じって絵の具みたいに黒く汚れてしまう。それをいつまでも抱えているのは、弱くて非力な自分には無理だから、

「忘れることにした」

忘れて、以前と変わらぬ旅を続ける。不確かで、終わりがあるようで、なくえ、近いようで、遠い旅を。そう、肩をひょいと上げて、微笑むのだ。眉をきゅと八の字にして。
サクラは何も語ってはいない、その静かな昼空のような色をした眼を見詰めて、でも何も言えなかった。いや、言わなかった。

「だから、安心してくれ」

どうか、俺なんかの為に悲しまないで。

「笑っててくれよ。
俺はそんなサクラちゃんに惚れたんだぜ!」
「……ははは……っ……。
…嘘ばっか」

仕方なしに、でも心から、サクラは微笑んだ。優しく、光で輝く、美しいそれ。
その笑顔が、嬉しかった。満足げに、子供みたいに胸を張って笑うレオ。だけど、あれ、解せぬ。

「いや、本当だかんな! 女の子は天使! 癒し! 正義!」
「あーはいはい…」
「おいおい、信じてねぇなー?」
「そりゃぁ…………だって、桃真みたいな事言うし……」
「桃真……あ。あのピンクさん……。
あのひと、結局なんだったんだ?」
「いや、多分……勘違いだろ……」
「ならいーんだけど……いやよくねーし!
あれと同類なのか俺!? 不服!」
「いやいやいや、そっくりだよお前ら! 兄妹かなにかか!」
「え、マジ? そんなに似てるかい?」
「そっっくり。すぐ抱き付いてくるところとか、お世辞ばっっかり口にするところとかさ!」
「えぇ………お世辞……?」
「……なに、その“ないわー”みたいな眼は」
「…………そうか…鈍感美女か…萌えるなそれは…そして若干感じるツンデレ…これは俺への褒美か……?」
「は?」



忘却を続ける事が正しいのか、間違っているのか、もう分からなくなっていたのだ。
最初こそは、なんていい加減なやつなんだとか、思っていたけれど、彼女はそれだけではない理由があるんだ。
レオの話を聞いて、思った。

だから、サクラは、言えなかった。

───言わずに、レオが作り出した温和しやかな空気に、まるで依存するように酔いしれる。
この穏やかなこの空気が、心地好かったし、楽しかった。
これでいいのだろうか。そう頭の片隅で考えても、道は見えず、そして、サクラの罪悪感を拭いきれることはない。
だけど、レオの不器用で、分かりづらくて、おかしな、その優しさが、気遣いが嬉しくて、否定する訳にはいかずサクラは受け入れたのだ。レオという存在と共に。

ありがとう。静かに呟かれた言葉に、レオは照れ笑いを溢し、寝たふりをしつつ耳をすましていた仲間たちは嬉しそうに顔をこっそりと合わせる。
優しい、時間だった。
そして、夜もふけていく。
今夜限りかもしれない、時間がゆっくりとゆっくりと、過ぎていく。
こうして彼女らが眠りについたのは、これから数分後の事だった。







翌朝の街は、あたたかく照らす太陽で白く輝いている。


早朝のポケモンセンターの裏で会った、人影が少ないそこで、ふたりは対峙する。
時空、世界、異世界、その旅人。
対するは、時空をさ迷う、迷い子。

ふたりは昨夜のまま、変わらぬ笑顔を浮かべる。

「……それじゃ、」
「ああ」

それ以上の言葉は交わさず、少女たちはお互いの掌を握って軽く相手の肩を叩いた。言葉ではない、激励である。
おもむろに離された手。その手でサクラは出現させていた秘伝の扉を開く。
中から差し込む光が朝日のように眩しくって、目をすがめるレオに、一度は背を向けたサクラ。

「………なぁ、レオ」

扉を掴む手と、進む足が止まった事にレオは不思議に思いながら、どうしたかと聞くと、サクラは小さな声で呟くように言った。

「…お前はさ、
………あたしの事もすぐ忘れちゃうのか?」

「…可愛いなぁ、サクラちゃんは」
「なっ、茶化すなよ!」
「あははっ」

こっちは真面目に聞いたのにと、唇を尖らせ振り返り抗議したサクラをクスクスと微笑むそれこそ可愛らしい。
子供みたいな笑顔を振り撒く。その笑顔は、全てを忘れた非情な人間には見えぬほど、柔らかいものだった。
そして、少女は──────真っ白な光に、既に包まれているサクラをしっかりと見詰めると、首を横に振ってと断言する。

───大丈夫だよ───と。


───確かに、
俺はキミを忘れてしまうかもしれない───


───けど、安心して───


──────恐れないで──────



「記憶を忘れても、
零に消えるワケじゃあないんだから」



もっと気楽に、肩の荷を下ろして、人生を謳歌しろって。
その方が、サクラはもっと綺麗だよ。


─────相変わらず、
いい加減な奴だとサクラは苦笑して、手を振る。



「またね」

「ああ、また」


「レオ」「サクラ」



(image)



また、どこかで、縁が結ばれていたら、
笑い合いましょう。


時空の旅人よ。

世界の旅人よ。

異世界の旅人よ。

対するは、
時空をさ迷う、迷い子よ。

異世界の迷い子よ。



ふたりが紡ぐ偶然創られた世界は、お互いの記憶に刻まれた。



それに、悔いはなかったんだと、思うんだ。







少女は、誰もいなくなったその場所で静かに背伸びをすると、笑みを深くした。
再会が待ちきれないと、子供のように。






 




(ただいまー)

(おかえりーレオー)(ねねっ、サクラさんはー?)(あーもう帰っちまったよー)

(─────って)(あー、やっぱり原型に戻ってるな、リザードンたち…)(ガァウ……)(ピィカ……)(……まぁ、仕方ないか)
→あとがき


 *←   →#

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