番外編 | ナノ
桜吹雪のない空 (11/13)

 
   



擬人化とは、
誰かをそのポケモンが信頼したとき、人形をとることが可能になる不思議な現象のこと。
主に、信頼が寄せられ、擬人化が成功するのはトレーナーが相手な時が多いそうで、一見、信頼とは無縁そうな者も擬人化を取れたりするようで……、


「まだ全てが解明されたワケじゃなくてさ、
俺の知り合いは、条件は信頼とか言ってたけど……なぁアイ君?」
「知るか振るなくたばれ」
「───ってな具合に、全く条件に沿ってないやつもいるんだわ。
だから、俺は他に条件もあんじゃねーとか思ってる」

「へ、ぇ……」


擬人化の定義などをざっくり説明を受けたサクラは、曖昧に頷きながらレオと隣の、アイ君と呼ばれた青年と見比べていた。
……あれが、相棒、とレオが話していた者だろうか…………見えないけど。

相棒であるポケモンが、相棒である主を蹴るなど、聞いたことがない。サクラとその仲間(であろう)者達は困惑したり、青年に冷たい視線を送るなど、それぞれの反応を見せていたが、レオの手持ち達はしらーとした顔で慣れているようだ。
……これも、世界の違いの差だろうか。それとも、この者達がおかしいのだろうか。


擬人化の認識の差は、明らかに世界の違いによるものであった。

サクラからポケモン達の入ったボールを預かったピカチュウは、このリビングでポケモン達を解放した。それはいつも通りだった。が、違ったのはその後、ボールから放たれた瞬間、仲間達が目映い光に包まれたのだ。
それは何度か目にした事のある、進化の時放たれる力の波動と似ていたが、またそれとはどこか違う。それよりは、柔らかいもので、不思議な感覚……。
そして、同時にピカチュウにもその光は囲って行き──────次に目を開けた時に感じたのは違和感。
体が以前より重くなったもの、軽くなったもの、小さくなったもの、大きくなったもの……様々だったが、変化していたのだ。
恐る恐ると自分の姿と、周りの仲間達の姿を確認。して、皆は一斉に叫んだ。悲鳴や奇声や疑問の声、それも様々で、部屋で待機していたレオの相棒と呼ばれる碧眼の青年はあまりの煩さに耐え兼ね、エナジーボールを放ったようだ。そして、それを叱咤する同じくレオの手持ちである青髪の少年から発しられた、冷凍ビーム。巻き添えを食らったピチューの悲鳴、無表情な少年がノリで放った砂嵐…………その場はとてもカオスだったようだが、つまり彼らもポケモンだという事が判明したのだ。

「……って、おいこら。
おめーらどんだけ部屋荒してんだよ。ジョーイさんに怒られんの俺だかんな!?」
「はっ、ざまぁ」
『はーい僕なにもやってないでーす!』
「よしユウくん偉い! 他は有罪! アイクはいっぺん死のう! はい片付け!」
「す、すまないレオ……私がいながら……」
「……ナミさん、いなかった方…穏便…だったんじゃ……」
「それをお前が言うかサヨリ片付けしろや」

「待って! 待ってレオ!」
「ん?」
「ごめんみんな濃いキャラ爆発させてるとこ悪いんだけど、紹介頼んでいいか?」
「……あ、そうだな」

サクラのごもっとな意見に、ぽんっと手を叩いたレオは肩越しに後ろを見た。……緑髪、茶髪の青年少年は面倒くさそうに、ノロノロと掃除をしていた。それを指差して笑みを引き攣らした。

「……あのやる気なさげなヤツらは、アイクとサヨリ。
緑髪碧眼眉間の皺が特徴的のアイツが、アイ君ね」
「アイ君言うな能無し」

「…毒舌だな」
「あれでも一応相棒だから驚きだよなー」
「お前が驚いてるのか」
「うん。意外だわぁ。因みにジュプトルなアイツ」
「…………」

えぇ、とサクラの隣に居た赤髪の青年の眼が据わった。にこやかに説明する彼女を見るが、レオはなにも気にせず続ける。

「その意外性ナンバーワンのアイ君の隣にいる、ぼさぼさ茶髪の眠そうな眼のあいつがサヨリな」
「……ユウ…手伝い……馬鹿鼠…尻尾噛む……』
『もう噛んでるよサヨちゃん尻尾千切れるぅぅううううぅううううう』

「ナックラーなサヨちゃんに尻尾噛まれてるのは、見ての通りピチューのユウくんね」
「……止めなくていいのかしら、あれ」
「あぁ、俺がなんもしなくても多分大丈夫ー多分ー」
「多分!?」

適当ね! 声を上げた、茶髪に黄色、橙とメッシュが入った女性に、ただ頷くだけだったレオ。が、突然動いた。その女性の腕を掴むと勢いよく引いた。いきなりの事で驚いた女性がバランスを崩し、短く悲鳴を上げて抗議しようとしたその時だった。
彼女がバランスを崩し、低くなったその頭上、そこに一本の冷気の塊が通過する。……それは悪意なく放たれた冷凍ビームだ。

『こら、そこ喧嘩をするな』

「今、冷凍ビームした青髪に黄色のメッシュがふたつ入った男の子が、ナミさん。
真面目で偉い子なんだけど……どうも天然でさ。たまにすっぱ抜けて今みたいに冷凍ビーム飛んできたりするから気を付けろよー。種族はポッタイシ」
「………………」
「ケガねぇか、おねーさん?」
「え、えぇ……ありがとう………えーと……、」

「あ、うん。最後に、」

彼女をお姫さまのように優しい手付きで支えると、レオは一歩下がると胸に片手を当てて頭を下げた。王子様のような態度に、女性を初めとしたサクラの仲間はぽかーんと目を丸くした。……サクラと、レオの手持ち達は白けた眼をしていたが。
そして、再び慣れたように名乗る。

「俺はレオ。
あいつら、トラブルメーカー共のトレーナーをしてる」
「てめぇに言われたくねぇんだよこの女好き」『ただの変態だよぅ』「レオ、嘘はいけないぞ」「……胡散臭……」

「…………で、キミたちは?」

手持ちから上がる散々な批評には、笑顔でスルーという素晴らしいスキルを発動させたレオは、女性の手を取ると微笑む。「お名前をお伺いしても? お姉さん」……どこのナンパ男だ。溜め息をついたサクラが、女性の手を取り返すように掴んで無理矢理レオから離した。
…仲間をあいつの空気で汚染させたくない…、とサクラもサクラでかなり酷い事を思いつつ、焦ったように待ったをかける。

「ちょっと待ってくれ。
まだ、あたしもこいつらが誰が誰だか認識しきれてないんだけど……」

ちらり、自身が握っている、綺麗な細い指先の持ち主の女性を見上げると、彼女はにこりと柔らかく微笑んだ。レオのあの笑顔とは質が全く違う、全てを包み込むような日溜まりのそれの、持ち主は……、

「……ピジョット?」

そう言われた茶色のワンピースを着た女性は、嬉しそうに瞳を細めた。

「ええ……そうよ、サクラ」

「…と、したら……」

次、ダークブラウンの瞳は、先程から隣で静かに佇んていてたまに突っ込みをしていた、赤髪の青年を写した。「リザードン……」先程も呟いた言葉を再び確かめるように言うと、彼は、リザードンは頷く。
紫髪の魅力的な大人な雰囲気な女性と、先程から言い争っていた黄髪に黒メッシュの少女。

「…エーフィ。それと、ピカチュウ…」

泣きぼくろの女性、エーフィは満足げに頷くと紅く光る宝石のペンダントが揺れる。ピカチュウも、ピョコピョコと先が黒っぽい髪と、スカートを揺らして嬉しそうだ。
残りは水色の髪、冷静な光を瞳に宿した、おっおりとした空気を醸し出す女性。

「ラプラス」

そして、桃色の髪に、不思議な光を輝かす水晶の瞳の少年……。
……彼を見た瞬間、サクラは何故か少し息を吐いて肩を落とした。

「……あんたはそのままなんだね……桃真…」
「もちろん! だって僕だもん!」
「ごめん、意味分かんないや」

名前を呼ばれた瞬間、誰よりも喜びをあらわにさせた彼、桃真はきゅーっと勢いよくサクラに抱き付いた。いつも、ならばサクラは彼をひらりと避けるなり対策はしっかりあるのだが…………、
そう、つまりサクラは彼、桃真と呼ばれた少年の姿を以前から知っていたのだ。
矛盾……それにいち早く気付いたのは、目敏いユウとレオである。

『え? ……サクラさん、擬人化知らなかったのに、そのひとのことは分かってたのぉ?
ポケモンだよね、そいつぅ……』

「そいつじゃない! 桃真だー!」
「あーはいはいとーまとーま。
……桃真は、元々メタモンでね…こいつだけ人間の姿に変身はできたんだけど………、」

創作人間とか、そう呼んでたし……他のポケモンにはそんな真似はできなかった。
……そして、桃真以外のメタモンも、きっと。
その言葉と、レオの「その場所場所の空気の流れ、独特の地脈とかで擬人化ってできないらしいよー」という嘘とでたらめ800%の言葉で、ユウ達、レオの手持ち達はなんとなく納得したようだ。確かにその地域のみでしか進化できないというポケモンも存在するし、何より彼らは元々擬人化に詳しくないのだ。納得するしかなかったのである。
しかしサクラ達は嘘だと理解しており、ナチュラルな嘘をさらっと言えたなぁ……と僅かばかり感心しながら、桃真がレオを見た。……見て、そのまま固まった。

「……あれ、?」
「?」

見詰め合う形となったふたつの、空色の眼。両者、きょとんとしていて、ほぼ同時に首を捻る。お互い、若干微笑みながら。
そんな奇妙な時間がしばし流れたとき、桃真は口をへの字にして唸り声をあげた。

「あれぇ……お姉さん…名前なんだっけ?」
「は? ……レオだけど…」

「……僕ら、どっかで会ったことない?」

「…………は?」

──────傾げた首を、更に傾けてみた。それくらい意味が分からない質問で、レオは今日一日で一番困惑する。話の意図が掴めないからである。
だって、サクラの仲間達は皆、ピカチュウに指示を受けて状況を把握している筈だ。此処は異世界で、レオ達は異世界の住民だと。
異世界の住民。異世界の者同上、交流するなど今回のような事は稀であり、普通はない。
────サクラとレオは初対面だ。だとしたら、サクラの手持ちである桃真も、初対面ではない筈がない。
分かりきっているのに、何故、彼はそう訪ねてくるのか。

「いや……俺はあんたのコトは知らんけど……」
「…うん、僕も君を見た事はないなぁ…」
「…んー?」

あれ、ダメだワカンネ。話が噛み合わないと、あの瞳から眼を逸らすと、サクラに助けを求めるように見た。今日初めて見せた、レオのギブアップである。
サクラ自信も困惑しながらも、なんとか桃真をレオから遠ざけた。これでは埒があかない。


それでも未だに感じる視線に、少し眉を寄せたレオにアイクが少し寄って眼をすがめた。……レオが、いつもより真剣そうな眼をしていたのだ。それは、先程から薄々感じていた違和感であったが……、


「……おい、レオ」
「……うん?」
「………本当に、あのピンク野郎と知り合いじゃねぇのかよ」
「…………」
「……んだよ」
「……いや……嫉妬してる彼氏に見えたから…」
「……」
「いだぁあっ!? 冗談だよボケ!!
んなに全力でどつくなよ! アホ蜥蜴!」

「…………で」

「……いや……、
マジで面識はない。0。

……だけど……なんか……、」



「「どっかで感じたことがある、
気配がするんだ」」



「─────はぁ?
おい、桃真……さっきからお前変だぞ?」
「そうかなぁ……」
「……グレンタウンのポケモン屋敷にいたとき、いや、あたしと出会う前にでも……レオのそっくりな人間と会った事あるとか…じゃないのか?
少なくとも、あたしは今回が初対面だし、あいつのそっくりな人間も……いてたまるか、だし」

「見たら、覚えてる筈なんだ」
「え?」

「…………あんなひとと会ったことも、見たこともない……けど、
どっかで……覚えのある気配なんだよ……。

どこでだろ……。

…もしかして………────でも、どう見てもあれは……なんだろ……うーん……」

「あーもー桃真! あたしにも分かりやすく説明しろ!」
「え、なんで怒ってるのサクラ?
……ハッ! 僕が構ってあげられなかったから怒ってるの!? 嫉妬!? 嫉妬なの!?」
「お前もレオみたいな事言うな!」

「……俺って端から見たらあんなに変態なのかなぁ」
「……少し、自重……」
「しろってか。無理だろ!
さっくらちゃーん! 俺も混ぜてー!」
「ぎゃぁぁあああぁああぁぁ」

「あなた! わたくしのサクラに何の権利あって抱きついて……!!」
『あーレオにそれを言っても、無駄だよぅエーフィさーん』
「……だったら、ユウくん……だっけ……キミが止めなよあれ……僕には無理だ……。それと! サクラは僕のだから!」
『止めるには実力行使だよぅ』

「……随分とぶっそうな事を仰るお方なのですね、ユウさんは」
「安心してくれ、ラプラスさん。あれが我々にとって日常だからな」
「…あれ、それは大丈夫なのかしら……?」
『うん、大丈夫だよぅピジョットさん』

「いや、アウトだろ……」
「…………」
「……アイク、だったか?」
「…あ?」
「…………一応、聞くが、
エナジーボールを構えて何する気だ…」
「……あの単細胞とピンク野郎のテンションがうぜぇ……コロス」

「………赤蜥蜴……」
「リザードンだ、リザードン」
「……」
『あー、巻き込まれるから逃げときなよーぅ?』
「は?」

「いっだあぁぁあぁあああああ!?
おまっちょ、オイゴラ蜥蜴は蜥蜴でも赤じゃない緑の蜥蜴! なんで今エナボー打った!? なんで打った!?」
「まっ、えっ、僕まで巻き込まれたのはなんで!?」

「……馬鹿組……」
「「なんだと!?」」

「……レオも桃真も落ち着こうか」

「…………っ……もういいもん!
緑の蜥蜴より赤の蜥蜴の方が優しいもん! 兄貴だもん! 可愛いもん!」
「もんとかキメェ……おぇ……」

「なぁ、サクラちゃん。
キミん家の兄貴こと赤蜥蜴ことリザードンに大文字を放つように頼んでくんね? もちろん、あの緑蜥蜴に向かって」
「「落ち着け」」




   
      

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